悩みについて

四十而不惑
もうすぐぼくもそうなるのですが、惑いっぱなしではあります。
まして、中学生、高校生のころは、今考えれば「何で?」と思うようなことでも、悩みの対象になったものです。
今から振り返れば、どうでもいいようなことを悩み、
悩むべきだったことをちっとも悩んでいなかったなあと。
さて、とはいえ、おそらく相対的には、ぼくは悩みは少ない方かなとも思うのです。
いつ頃からかな? おそらく高校3年くらいかな。
「悩んで物事が解決するわけじゃない。
考えても仕方ないことは、考えないようにしよう」
できるだけシンプルに、頭の中をすっきりさせておく方が、よっぽど良いと
心底思えるようになったのです。
おそらく、誰もがそうであることは分かっていると思うのですが。。。
ぼくが、そう確信できるようになった、最終的なものは、次の言葉でした。
「所詮、自分の今のレベルに合った問題しか起こらない」
いまいち、語呂も悪く伝わりにくいのですが、
たとえば、
「おねしょしないようにするにはどうしたらいいのだろう?」
というのは、今のぼくには(幸い)、悩みにはなり得ないのです。
同様に、
「次の大臣は、誰にしようか?」
「環境と経済を両立させるには、どうしたらよいのだろうか?」
などは、今のぼくには(悲しいかな)、切実な悩みとはやはりなり得ないのです。
ということは、ちょうどぼくレベルが、出会うべくしてであった、
身の丈に合った、そのレベルの問題であるということです。
ということは、もうワンランク上の自分からすれば、大した問題ではなく、
必ず解決できるはず!!
そのために為すべきことは、自分のレベルを上げること。
そのためには、結局目の前のできることを、着実に積み上げること。
所詮そんなもんだと思えば、少しは気が楽になりませんか?
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画像は、「hectorxlinさんの写真ページ」さんからお借りしました。
どうもありがとうございました。