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(FOI-File7) 大学入学前に、Justice!

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 【以前の記事はこちら(あらすじなど)】 (FOI) 「正義」について(Michael Sandel 「Justice」) (FOI-File1) 中学生と、Justice! (FOI-File2) 中学生と、Justice! (FOI-File3) 小学生と、Justice! (FOI-File4) 高校生と、Justice! (FOI-File5) 東大生と、Justice! (FOI-File6) ぼくと、Justice! 大学入試もいよいよ佳境ですね。 みなさん、がんばってください。 一方では、推薦入学の方や、センター入試で志望校に合格した方は、  すでに大学に向けての準備期間。 というか、実質特にすることもなく、、、というのが実際ではないでしょうか。 (友達はまだ受験でしょうから) もったいない! 悲しいことに、ぼくも人のことは言えませんが、 今勉強に目覚めた人も、 日本の大学に進学すると、大抵はその意欲を失ってしまいます。。。 (それはなぜ。。。) もったいない! 勉強が楽しいな、そう思っている今、 一緒に、Justiceを聞きながら、「頭を動かし続け」ませんか? 詳細は、青山プレップスクールまで。 school@yukasi.net お問い合わせください。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^  20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 【以前の記事はこちら(あらすじなど)】 (FOI) 「正義」について(Michael Sandel 「Justice」) (FOI-File1) 中学生と、Justice! (FOI-File2) 中学生と、Justice! (FOI-File3) 小学生と、Justice! (FOI-File4) 高校生と、Justice! (FOI-File5) 東大生と、Justice! さてでは、ぼくの回答(解答じゃないですよ!) ★1-1: 直進して5人を轢くか、曲がって1人だけ犠牲になってもらうか? ぼくならば、直進すると思います。 気取った言い方をすれば、「命の重さは、∞」...

(FOI-File6) ぼくと、Justice!

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 【以前の記事はこちら(あらすじなど)】 (FOI) 「正義」について(Michael Sandel 「Justice」) (FOI-File1) 中学生と、Justice! (FOI-File2) 中学生と、Justice! (FOI-File3) 小学生と、Justice! (FOI-File4) 高校生と、Justice! (FOI-File5) 東大生と、Justice! さてでは、ぼくの回答(解答じゃないですよ!) ★1-1: 直進して5人を轢くか、曲がって1人だけ犠牲になってもらうか? ぼくならば、直進すると思います。 気取った言い方をすれば、「命の重さは、∞」 1人の命も無限大ならば、5人の命も無限大です。 どちらが大きいかは、ぼくには判断つきません。 いくら5人を救うためとはいえ、 本来サイド・トラックにいた時点で、 ぼくが何もしなければ、事故に会うはずもなく、 今回の事故とは無関係なはず。 その人を、「わざわざ」巻きこんで、殺してしまう必然性は ぼくには考えにくいです。 一方、亡くなってしまう5人は、本当に気の毒だと思います。 しかし、だからと言って他の人の命を奪って、 その命の犠牲を払っても良いとは、ならないのではなかと。 別の見方をすれば、 助かった5人が、亡くなった1人の命の重さを一生背負っていき、 必要に応じては、その遺族に報いるようなことをするならば、 1人が5人を背負うよりも、負担が軽くて済むだろう、とも見ることはできます。 しかしこの場合、助かる人にも(そして助からない人にも)、 この事故に対する責任を負わせることは酷であり、 したがって、それはすべきでないと思います。 人は所詮は、いつか必ず死ぬわけですが、 その人の命を、誰か他人が判断して、「こいつは死んでも仕方ないだろう」と 処置することは、いかなる場合においても、 あってはならないと、(この授業で言う、categorically wrong だと) ぼくは考えます。 ★1-2: 隣の太った人を、押す? したがって、押しません。 ★2-1: 重篤な1人を救うか、比較的軽症の5人を救うか これも、大変厳しい判断を要求さ...

(FOI-File5) 東大生と、Justice!

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 【以前の記事はこちら(あらすじなど)】 (FOI) 「正義」について(Michael Sandel 「Justice」) (FOI-File1) 中学生と、Justice! (FOI-File2) 中学生と、Justice! (FOI-File3) 小学生と、Justice! (FOI-File4) 高校生と、Justice! さて、今度は東大生とやってみました。 さすが、東大生!と思える点が、随所に。 ★1-1: 直進して5人を轢くか、曲がって1人だけ犠牲になってもらうか? Yさん:「私は、曲がります」 Sさん:「うーん、どうしようかな~、どうするかな~、曲がるってことは、その1人を殺しにいくのと同じですよね、うーん、うーん」 ↑ 今まで聞いた中で、最初の質問で一番悩んでいました。 理系の学生ですが、よく状況を整理して、かつ表面上の合理性だけでない 何かを感じようとしている、自分の頭でちゃんと考えよう、 そんな姿勢が強く表れました。 ぼく: 「何故?」 Yさん:「うーん、はっきり言ってしまえば、『数』です」 ↑ おおお、なんとシンプルかつ、こちらの意図(本質)を捉えた回答。 さすがです。 ★1-2: 隣の太った人を、押す? Yさん:「それは、さすがに私でも。。。(笑)」 Sさん:「押せませんね」 ぼく: 「なんで?さっきは、5人救うためなら、1人の犠牲は仕方ないって言ったじゃない!」 Yさん:「それはさすがに殺人じゃないですか~」 ぼく: 「罪だから、罰せられるから、ダメなの?5人を実質的に救うんだよ」 Yさん:「さっきの場合は、5人殺してしまうのも、ある意味自分が手を下すということだったけど、 このケースでは、5人死ぬ時には、自分は部外者でいられるから」 ぼく: 「Yさんが、部外者でいられるなら、何人死んでも、それは『正しい』ことなの?」 Yさん:「人はいつか死ぬものであり、究極的にはそういうことになります」 ↑ 開き直った素晴らしい回答。 ★2-1: 重篤な1人を救うか、比較的軽症の5人を救うか Mさん途中参加。 Sさん:「5人を助けるでしょうね~」 Mさん:「私もやはり」 Yさん:「これっ...

(FOI-File4) 高校生と、Justice!

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 【以前の記事はこちら(あらすじなど)】 (FOI) 「正義」について(Michael Sandel 「Justice」) (FOI-File1) 中学生と、Justice! (FOI-File2) 中学生と、Justice! (FOI-File3) 小学生と、Justice! さて、今度は高校生とやってみました。 ★1-1: 直進して5人を轢くか、曲がって1人だけ犠牲になってもらうか? Yさん:「そりゃあ、しょうがないけど、曲がります」 T君: 「1人の方に行きます」 Rさん:「うーん、仕方ないですね~、曲がります」 ぼく: 「何故?」 Yさん:「5人殺すなら、曲がるしかない」 T君: 「5人死ぬより、1人死ぬ方が、被害が小さいから」 Rさん:「犠牲になる人が少ない方が良いから」 ぼく: 「人数の問題ってこと?」 Yさん:「はい」 T君: 「うーん、はい」 Rさん:「はい」 ★1-2: 隣の太った人を、押す? Yさん:「押すんですか?押さないです」 T君: 「さっきの法則からすると、押すんですかね~」 Rさん:「押せってことですか!えー、押しません、ってか多分、押せません」 ぼく: 「なんで?さっきは、5人救うためなら、1人の犠牲は仕方ないって言ったじゃない!」 Yさん:「だって、それって殺人ですよね」 T君: 「全然関係ない人を、殺してしまうのは良くない」 Rさん:「だってー、ダメに決まってるじゃないですか~、怖いじゃないですか~」 ★2-1: 重篤な1人を救うか、比較的軽症の5人を救うか Yさん:「5人を助けます」 T君: 「5人の方を救います」 Rさん:「その1人はかわいそうだけど。。。」 ぼく: 「何故?」 Yさん:「5人助かったの方が、喜ぶ人が多いから」 T君: 「やっぱり、犠牲は少ない方が良いから」 Rさん:「5人も死んじゃったら、大変じゃないですか~」 ★2-2: 健康な1人を犠牲にする? Yさん:「(笑)そんなのひどいじゃないですか~」 T君: 「やっぱり、その人は関係ないから、関係ない人を殺すのはよくない」 Rさん:「しません。無理です」 ぼく: 「何故?」 Yさん...

(FOI-File3) 小学生と、Justice!

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 【以前の記事はこちら(あらすじなど)】 (FOI) 「正義」について(Michael Sandel 「Justice」) (FOI-File1) 中学生と、Justice! (FOI-File2) 中学生と、Justice! さて、今度は小学生と実際にやってみました。 ★1-1: 直進して5人を轢くか、曲がって1人だけ犠牲になってもらうか? R君: 「横道の方に行きます」 T君: 「1人の方に行きます」 ぼく: 「何故?」 R君: 「5人殺すなら、1人殺すのは仕方ないから」 T君: 「大勢の人を殺すのはよくないから」 ぼく: 「ハーバードの学生とあんまり変わらないね!」 ★1-2: 隣の太った人を、押す? R君: 「押さない、押さない」 T君: 「押しません」 ぼく: 「なんで?さっきは、5人救うためなら、1人の犠牲は仕方ないって言ったじゃない!」 R君: 「でも、押したら人殺しですよ」 ぼく: 「そうかもしれないけど、5人助かるんだよ」 R君: 「うーん、じゃあ僕が代わりに落ちます」 ぼく: 「ええ!死んじゃっても良いの?たまたま見てただけだよ」 R君: 「でも、誰かを殺すくらないら、自分が死んだ方がまし」 ★2-1: 重篤な1人を救うか、比較的軽症の5人を救うか T君: 「5人を助けます」 R君: 「5人を助けます」 ぼく: 「何故?」 T君: 「助かるかもしれない5人を殺すのは良くない」 R君: 「5人助かるなら、仕方ない」 ぼく: 「重篤な1人は、どう見ても辛そうで、うめいていて、、、見捨てるの?」 T君: 「5人助けるためだったら、仕方ないと思います」 R君: 「かわいそうだけど、仕方ないと思います」 ★2-2: 健康な1人を犠牲にする? R君: 「するわけない(笑)」 T君: 「しない」 ぼく: 「何故?」 R君: 「だって、その人は全然関係ない」 T君: 「人殺しになっちゃう」 ぼく: 「だって5人救えるんだよ」 R君: 「でもダメ」 T君: 「でもダメ」 ★ 結局ね ぼく: 「これは、何か意地悪なクイズを出して、性格判断しようっていうわけじゃない...

(FOI-File2) 中学生と、Justice!

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 【以前の記事はこちら(あらすじなど)】 (FOI) 「正義」について(Michael Sandel 「Justice」) (FOI-File1) 中学生と、Justice! さて、実際にやってみてどうだったか? ★1-1: 直進して5人を轢くか、曲がって1人だけ犠牲になってもらうか? Y君: 「うーん、でも曲がります」 B君: 「うー、曲がります」 ぼく: 「何故?」 B君: 「5人を殺しちゃうなら、仕方がないかな~」 Y君: 「5人殺しちゃまずいから」 ぼく: 「ハーバードの学生とあんまり変わらないね!」 ★1-2: 隣の太った人を、押す? Y君: 「うーん、押します」 B君: 「うーん、押すかな~、でもやっぱり押せません」 ぼく: 「なんで?押すといったY君は、さっきと同じ理由かな? 押さないといったB君は、さっきと話しが違うんじゃない?」 Y君: 「そうです。5人殺しちゃうくらいなら、、、あ~でも~、、、 やっぱり押せません。殺人になっちゃいますよね」 ぼく: 「そうかもしれないね。でも、5人助かるんだよ」 Y君: 「うーん、それでもやっぱり、自分の手で押すってのは~」 B君: 「僕もそれは殺人になっちゃうからダメだと思う」 ぼく: 「5人の命を救えるとしても?」 Y君: 「でもその5人は、僕が殺すわけじゃないから」 ぼく: 「じゃあ、自分がやるんじゃなければ、何人死んでもいいってこと?」 Y君: 「そうかもしれません」 ★2-1: 重篤な1人を救うか、比較的軽症の5人を救うか B君: 「5人を助けます」Y君: 「5人を助けます」 ぼく: 「何故?」 B君: 「その1人は、どうせかなり死んでしまっているから、5人救った方が良い」 Y君: 「医者としては、より多くの命を救うべき」 ぼく: 「重篤な1人は、どう見ても辛そうで、うめいていて、、、見捨てるの?」 Y君: 「仕方ないと思います」 B君: 「できるだけ見ないようにして」 ★2-2: 健康な1人を犠牲にする? B君: 「それはしない」 Y君: 「それは無理」 ぼく: 「何故?」 B君: 「その人は、関係ないから」...

(FOI-File1) 中学生と、Justice!

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 Free, Open and Interactive learning platform の授業です。 先日は、中学生と、 ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の「Justice」(正義について)を視聴し、 一緒に考えてみました。 とはいえ、特に帰国子女でもない中学生にとっては、 英語は速すぎるし、出てくる単語、そもそも日本語でも難しい概念が出てきたりもします。 でも、FOIでは、そういうのは、気にしない。 わからなくてもいいから、『本物に触れること!』 とにかく、見てみる、聞いてみる、 もちろん必要な個所はぼくがフォローして解説しますが、 自分なりにくらいついてみることが大切! (これも一つの、知的冒険です!) さて、一応ハーバード大学の説明とか、東大でも授業やったことあるよとか、 そして、「正義とは何だろう?って考える授業ね」くらいの軽い説明で、 すぐに視聴を始めました。 http://www.justiceharvard.org/index.php?option=com_content&view=category&layout=blog&id=9&Itemid=5 エピソード1の前半の、さらに前半です。 お話しは、もう有名だと思いますが、一応あらすじだけ。 Case1-1: あなたは、電車の運転手です。電車は、時速100kmで走っています。 今、ブレーキが故障してしまいました。 前方には、5人の作業員が、線路で作業をしていて、こちらの気配に気づきません。 このまま行けば、確実にその5人を引いてしまい、そうなれば確実に5人は死ぬでしょう。 ところが、1つ副線があることに気がつきました。 そちらに曲がれば、5人を引くことはありませんが、 そちらにも1人作業員はおり、その1人は確実に死んでしまいます。 さて、あなたはそのまま本線を進みますか? それとも副線へ逃れますか? Case1-2: 状況はほぼ同じですが、今度はあなたは電車を運転していません。 線路の上を渡っている、橋の上からこの状況を見ています。 ブレーキが壊れていること、このまま行けば5人死ぬことを、あなたは確信しています。 とこ...

(FOI) 「正義」について(Michael Sandel 「Justice」)

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 Free, Open and Interactive Leaning Platform 第一弾は何にしようかな、、、と思っていたのですが、 ハーバードのマイケル・サンデル教授の『白熱授業: 正義について』にすることにしました。 Justice  with Michael Sandel  (@Harvard) 公式サイトはこちら。 http://www.justiceharvard.org/ 最初をこれにしようかなと思った最大の理由は、 『流行ってるから』 です(笑)。 昨年の夏以降、TV(特にNHK)で何度か紹介され、 東京大学での授業もあり、 また、書籍も出版され、雑誌の特集記事も数を多く出てきます。 ただし、最初は正直懐疑的でした。 9・11やその後のアフガン、イラク侵攻、 エンロンなどの企業不祥事、 サブプライムローン問題から端を発した世界恐慌。。。 アメリカ人が、「正義」について、もう一度考えてみる そういう授業をエリート中のエリートが集まるハーバードでやる意味は、 ぼくなりに納得できます。 でもそれを、日本で有り難がってやる必要があるのかなと。 逆に言えば、日本は『正義について』よりも、 『自由について』や、『国際社会における日本の役割』 なんかを、真剣に議論した方が良いと思うのですが。。。 つまり逆に言うと、この手の話題(正義について)は、 高校生くらいの時に、国語(文学)や歴史の授業の中で、 また、学校に何人かいる「早熟な子」が、話題をもってきたりして、 大学生になる頃には、何度か経験しているはず。 大学生なら、もっと難しいところから始めても良いのでは。。。 と思って、もう一度よく考えてみると、 もしかして、、、 今の高校の、国語とか歴史の授業って、 テストで点取ることしか教えてないのかなあ。。。 予備校ならいざ知らず。。。(予備校であっても、どうかと思いますが)