2021年6月16日水曜日

手を動かしながら考えることは、自由であり、楽しいこと、そして切り開かれる未来

天然知能 友の会
新・碧山Fプレップスクールです。

昨日の、野辺山宇宙電波観測所の立松さんの話でもありますが、考えることが楽しいと思えるかどうか、
幼少期にそのような経験をたくさんしているか、
ということがひたすら大事だとぼくも思っています。

しかしいまだに、
目先のテストの点数であーだこーだとなってしまう現状もあり、本当に時代が変わっていくのには時間が掛かるものですね。

ガリレオ・ガリレイが切り開いた?、科学的アプローチ。誰か偉い人が言ったことを覚える、昔の偉い人の本を読みこんで覚えるのではなく、実際にやってみて、実験と観察によって思考を深めていく、ことが基礎教養として身についているかどうか。

小さな事実を、少しずつ積み重ねて、だんだん視界が開けてくる。
急に、「あれと似てるな?」とひらめくときもある。
関係ないもののあいだに共通点を見いだして、結び付けること。
自分がわかるところとわからないところのギリギリのラインを見つけること。
最初は到底無理だと思ったことが、いつの間にかできてしまうこと。

いまだとスマートフォンで検索すればすぐに答えがわかってしまう時代ですが、
だからこそ、あえて答えを調べずに、あーでもないこーでもない・・・
そんな時間の使い方ができること、それを楽しめる。
特にいい学校はそういう子を求めているので、結果としては受験もクリアするし、
いえそれ以上に、見ていて、話していて、
こちらが楽しく、頼もしくなってきます。
そんな若い子?たちとたくさん知り合えたことは、本当に幸せだと思います。

2021年6月15日火曜日

野辺山宇宙電波観測所立松健一所長

通勤のお供の podcast のなかから、

毎回楽しく拝聴しています。
今回は野辺山宇宙電波観測所の立松所長のインタビュー。

科学技術、教育、に興味のある人はもちろん、
そしてできれば、あまり興味のない人にも、
聞いてほしい内容でした。

未来を想像し、投資(お金だけでなく、人材も、時間も、労力も、情熱も)できることが
人間の人間らしさではないか、と。



2021年4月28日水曜日

死ねという人には近づかない方がいい

人の状況を理解しようともせずに、

ただ一方的に自分の主張だけを押しつけて、

少しでも自分の思い通りにならないと罵詈雑言を浴びせる。

もちろん、人それぞれ苦労はあるとしても

他者に対する敬意がない人とは

たとえどんなに偉そうな人であっても近づかない方がいい。

そんな人が身内だったら大変ですが、

なるべく波風立てずに距離をとる。


なるべくなるべく関わらない。


2021年4月16日金曜日

「教える塾」「教え育てる塾」

 「教え育てる塾」を試みに始めています。


==

世の中には「教えない塾」というのがあるそうで、

他人のことはどうでもよいのですが、

それが本質ではないだろうと、思っています。

少なくとも、アルバイトの子たちは勘違いしてしまうと思います。

==


まあ良いとして、

「教え育てる塾」というのは、

教え方、育て方を教える塾という意味です。


対象は、子どもたちです。


大事なことをすべて、学校で教わるとは限らない。

お金のこと、法律のこと、性のこと、どうやって私が社会で生きるということ、などなど、などなど。

その中の一つに、子育てもあると思います。

ほとんどの人は、子育てについて素人でしょう。

そして、教えるということについても。


子どものうちから、人に教えること、人を育てることについて、

理論を学び、実践を経験しておくことが必要ではないでしょうか。

セミプロレベルになれるよう、プロフェッショナルと話ができるよう、そして変なのに騙されないように。



写真は、世田谷の松陰神社です。

2021年4月10日土曜日

数の感覚(その3: 1億のデザイン)

子どもだけでなく、大人たちも、もちろん私自身も、

本当に数の感覚を持っているのでしょうか。


今、書棚を整理しています。

遅々として進みませんが、最終的に蔵書は8千冊を超えそうです。

8千冊ってイメージできるでしょうか?

1年で200冊読むとして、40年かかります。

大きめの本棚にぎっしり詰めても、数百冊しか入りません。

段ボールに詰めると何箱になるんでしょう。


===


今、学生や子どもたちにお願いして一緒に考えていることがあります。

『1億をデザインしてみよう!』

というものです。

日本の人口は1億2千万人ほど。まあざっくり1億。

この島国に約1億人が住んでいることを、わたしたちは本当に感覚として理解しているでしょうか。さまざまな社会問題、政治の問題、この国の未来をどのように考えたらよいのか。それがなかなかうまくいかないのは、わたしたちが1億人のことをありありと想像できないからではないでしょうか。結局、身のまわりの人たちが、「みんな」だと思っているのは、小学生と一緒です。


===


たとえば、、、直径1cmの球を用意して、

1億個直線で並べると。。。1億cm=100万m=1000km

東京からだと、直線距離で鹿児島や根室あたり。

そこまでずっと、1cmの球が並んでいる。

ちっとも直感的ではありません。


では、平面で並べると、

1億cm^2 は、1万cmx1万cm=100mx100m=10000平米=1ha(ヘクタール)

野球場のグランドいっぱいに、1cmの球がびっしり並んでいる。

一応見渡せるけれど、見渡した時には1つ1つは見えない。


では、立方体を作ると、

1億cm^3 は、500cm立方くらい=5m立方くらい(それより少し小さくて良い)

20畳ほどの部屋いっぱいに、1cmの球がびっしり詰まっている。

どれもピンとこないなーと思っています。

もっと良いアイディアはないでしょうか!!


===


「日本は」「日本の未来は」「日本人は」などの主語で

何かを語る人がいますが、

ここに今現在、または過去や未来にリアルに生きている

ひとりひとりのことを想像して語っているのかな?

自分の空想の中の「日本」(その空想は自分の身近な数百の事例からできている)

でもって全体を語ろうとしているんじゃないかな?


===


うちに通っている子たちのなかにはは将来、

社会で重要な役割を担うことになる人が、結構な割合で混じっているのだろうと思います。

だからこそ、自分の責任の重さを実感としてつかんでいてほしいなと思っているのです。

2021年4月8日木曜日

数の感覚、数の概念(その2:対策のあれこれ)

うちの子は、数の感覚がないんじゃないか、

そんなご相談を受けての話。


人間が自然状態としての数は、(一目で識別できる、直感的という意味)

1,2,3,たくさん (すごい人で、7,8)


それ以上は、抽象概念として、人工的に獲得するもので、

かなり高度で難しいことなのではないでしょうか。


ではどうすればよいのか。

(地味すぎる話で「映え」ません。

 Aができたら、Bができ、そしたらCができ、

 みるみる・・・みたいな話にはなりません。

 ならないところが、生物であり、そこが肝だと思っています)


□ 数えること

たくさんのものをまずか数えてみよう。

ぼくがやっている中で一番みんなが興味を持ってくれるのは、

「お金」(なんとなく涙)なので、

100円玉をたくさん用意しています。

(interest の意味を知って高校時代に愕然としました。それは別の話)

1000枚ほどあります。

これを好きに数えてもらっています。

みんないろいろな数え方をしていて、見ていて楽しいです。

□ 束にする、かたまりにする

まあこんなのも、小学校1年の算数の教科書に書いてあるのです。ただみんなやってないだけ。

□ 測る、計る、図る、諮る、謀る

定規でもいいし、巻き尺でもいい、長さを測ろう。

体重計でもキッチンスケールでもいいです。重さも計ろう。

計量カップ、バケツなんでもいいです。量も計ろう。

ストップウォッチ、時計、なんでもいいです。時間を計ろう。

□ カウントダウン

数え上げるのに慣れたら、カウントダウン。

100から1ずつ。

慣れたら、200から、5ずつ。

慣れたら、350から、7ずつ(ぴったり0になるかな?)

□ 好きなことのなかの数字

スポーツが好きだったら、練習中いつも数えていると思います。

絵を描くのが好きなら、細かいところを書き込む前に、大きなレイアウトを決めるところからやってみましょう。

本が好きだったら、今日何ページ読んだかな。何冊読んだかな。

積み上げると何cmになるかな。

お金が好きだったら、投資ゲームみたいなものでもよい。

ゲームのなかには数字がたくさん出てきていて、

だけどインフレしているものが多いから、具体的な感覚には結びつきにくいんだよな―――。

□ スパルタ(量をこなす)

こんなオールドスタイルな勉強も、時には取り入れる価値はあります。

どのくらいの量だったら、どのくらいの時間と労力で片付けられるかを実感するため。

前提としては、かなりの程度できるレベルになってからやると良いと思います。

計算祭り、100問ノック!

など。

気持ちを盛り上げてからやりましょう。

処理能力は確実につきます。



結局、こんな簡単なことを、

じゃあ、本当にやっているか、わかった気になってやっていないか、だけの違いです。しかしそれが、子どもたちの将来を結構左右してしまうと思うと悲しいなあ。

そこはぜひ、ご家庭でもうまく誘導していただきたいと思います。

何でもやれば楽しい、わかれば楽しい、楽しければ上達する。

さらに、これからの人類(NovumpteryX と命名しています)にとってはこれでは足りません。

◇ 複雑なことを複雑なまま処理できる頭脳

◇ 指数関数的な動きを察知できる頭脳

◇ 大きな数を直感として理解できる頭脳

これらの開発のため、チャレンジングな課題を1つ設定していますが、なかなか滞っています。

ご協力いただける方がいらっしゃるといいなと思い、

それはつづきで。

2021年4月7日水曜日

数の感覚、数字の概念

 数の感覚、数の概念(その1)


新しい子どもたちとの出会いもいただいて、新学期も始まり、

春ですね。


算数苦手、数学嫌い、という子に対して親御さんから

「数の感覚がわかってないんじゃないか」という

ご相談を受けることがしばしばあります。


数の感覚


これについては、常々考えていることがあります。

数の感覚って何でしょうね。

そもそも、では大人たちは数の感覚を持っているのでしょうか。

ぼくは、数の感覚を持っているのだろうか。


結論からいえば、人間の脳が感覚として自然に認識できる数は、


1,2,3,たくさん


ではないかと考えています。

それ以上の数は既に、抽象概念、人工物だろうと。


いやいや、4,5もわかるよ。

10だって、1,234,567,890だってわかるよ。

うん、それもわかるのです。

だけど、本当に感覚としてわかっているのかな?

たとえば机の上に、17個の豆が乱雑に転がっているとして、

一目見て、直観的に、17個だとわかるでしょうか。

(2個や3個なら、できると思います)


子どもたちにクイズを出します。

「1億の次は?」

多くの子は、「2億!」って答えます。

うん、それが自然だと思います。

(1億を束として考えている、ということですよね)



感覚として数を理解するのってかなり難しい。



考えるきっかけになったのは、漢字です。

一、二、三、、、、ここまではとても直感的です。

四、これは、、、ギリギリ

五、これは既にかなり難しい、まあ何とか

六、これってもう、○○○○○○ではないだろう。

七、四より簡単に見える

八、もっと簡単になった

九、五より多いと思えない。

十、以下同様・・・


漢字がそうなだけなんじゃない?

写真を添付しましたが、やはり4くらいからすでに難しくなりそうです。


「手で数えるよ!」という子はかしこいですね。

手だと、5までは直感的にわかりますね。




ぼくは小学生の頃、授業中にひまで「1億まで数えよう!」と

思ったことがありました。ところが、授業が終わるころでも数百レベル。

次の授業もしっかり使って数えましたが、まだ数百レベル。

え、これっていつまでやらなきゃならないの?


計算しました。(我ながらかしこいな)

1秒に1つ数えるとして、(実際にはノートに書いていたので、大きな数を1秒で書くこと自体無理)

100000000秒÷60⇒1666666分(切り捨て)

1666666分÷60⇒27777時間(切り捨て)

27777時間÷24⇒1157日   (切り捨て)

1157日÷365⇒3.16年    (切り捨て)


寝ないつもり?

それでも、3年以上。

今、小6だから、数え終わるのは中3。

やめました。 (よかった。よくやめた)


それ以来、友達が「俺のほうが1億倍すごいぜ!」みたいなことを言ったら、「1億なめんな!」と。


国家予算が、100兆円?

世界の人口が、70億人?

日本の人口が、1億2千万人? (国民の声を聴くってどうやって?)

人間の細胞は、数十兆?

マンボウは、3億個の卵を産む?(すごすぎる)



では、大人たちはどうして、できているように思っているのか?

どのタイミングで、数の感覚を習得していくのでしょう。


* 実際には、今回のコロナ騒動を見ても、

* 400人だー、1000人だーと騒いでいるのを見ても、

* わかっていないように見えるのですが、それは別の話で。



日常生活や学校生活の中で経験できる数があり、

みんなそれなりに「わかった気」になって暮らしています。


これからの子どもたちは、それでは足りないと思うのですが、

少なくともそのレベルの感覚を身につけるためには

どうしたらよいか。


それを次回書いていきたいと思っています。



2021年4月1日木曜日

あべこべの日


今年もこの日がやってまいりました。


USO800 反転デー

今日の授業は嘘だらけ。

頭使い過ぎで、夜には朦朧となっているでしょう。






元写真はこれ。



2021年3月20日土曜日

オンライン学習が爆発的に開かれた


やった。修了証書来た。

東北大学大学院理学研究科 『銀河考古学入門』


2月に、仕事の合間に聴講した講義。オンライン学習万歳。


今は、edX.org の、とりあえずは、

Justice (Michael Sandel @ Harvard) を毎日少しずつ聴講。

https://www.edx.org/course/justice-2?index=product...


大学生や高校生にも薦めていますが、なかなかやらないですね。もったいない。

一緒に進める仲間やコミュニティがあるといいかな。



2021年3月19日金曜日

NHK全国短歌会


 NHK全国短歌会入選作品集(やっと開封した)

子どもたちを差し置いて、入選しちゃいました。

昨年、コロナ休校中に歌人の寺井龍哉さんにご協力いただいて

子どもたちと言葉で遊んでいました。


題詠: 生


ライバルは アンドレア・フリードリッヒ AIの

歌聖と呼ばれる 人工生命


私が、「ここまで遊んでもいいよ」と示した極端な例。

□ 「生」という感覚からは遠い人工生命

□ カタカナ、アルファベット、ひらがな、漢字、混在(数字はないけど)

□ アンドレア・フリードリッヒって何? 誰? 何人? 苗字?名前?

□ 字余り過ぎる

□ 歌聖? 意味が分からん

□ もはや人類はライバルでないかのような誇大妄想感・・・

AIと人工生命というところが、意味が被っていて、

それは心残りですが、こんな型破りなものまで選んでいただいて、度量の大きさを感じました。


子どもたちのも出してあげたんだけど今回は選ばれず。

でもまた今年もやってみようね、と。

2021年3月13日土曜日

女生徒にお勧めしている

 女子率が高い。それがずっと課題。

ぼくが何か言うよりは、本を読んでもらおう。













「はじめに」を一緒に読んだら、後はおまかせ。

最近読んだ(読んでいる)本は、

『Educated』

『ラボ・ガール』

『世界を変えた100人の女の子の物語』

『パワー』

『自分で始めた女たち』

『AUDREY』

『西行』(白洲正子)

『鬼滅の刃』

『憐れみをなす者』

少し前だけど敢えて書きたい。

『キリン解剖記』

~~~~

もちろん、性別で何かを語るのは括りが大きすぎる。

個人差・家庭差のほうが大きいのは間違いないが、

一方で、今まで自分に欠けていた視点や考え方に気づき、

ぼくとしても、いつも勉強になるなー、と。

男の子にも読んでもらいますが、

読むのが遅い・・・

2021年3月10日水曜日

彼女が第一志望にこだわった訳

 

「私、一番欲しいものは手に入れられないのかなと思ってました」

その後は言葉にならず、しばらく涙涙。

KやWの合格が出て、おうちなどでは祝賀ムード。

そんななか、むしろここからが天王山。最後まで粘ろう。

と一人水を差していたのは、そんな気がしてたから。


中学も高校も、実力はありながら第一志望には届かず。

だからちゃんと一回、欲しいものをゲットする経験をしてほしかった。


自分には無理、と思えることでも、

合理的に準備を進め、ポカに気づく修正力を身につけ

最後まで気を抜かずに、バチっと仕留める。

欲しいものを手に入れる準備と詰めを、自分の手でつかんだ実感が持てれば、これから自分の道を切り開いていく勇気の源になる。


偏差値とかウソだらけの数字で、ほんとどうでもいい。

受験なんてやめればいい。オンラインをどんどん増やして、全入でいい。(学びたいという気持ちを奪う権限は、誰にもないはず)というのが、コロナ以前からの私の持論ですが、

唯一、良いこともあるのはこういう経験もできること。



受験ですら、学びに変えられるわけだから、

日々の暮らしや遊びの中には、学びのタネがたくさんあるよね。


2021年3月3日水曜日

週1,2時間で結果を残す、当たり前 (つづき2)

 3.長期的な視点、流れのパターンを見ること

時間の話をするのは、とてもとても時間が掛かります。

だから個別に丁寧に、進めていくのが良いだろうと思います。


まずは自分のことから。

どうして、お父さん・お母さんは、この名前を付けたんだろうね。

この名前ってどんな意味なんだろうね。

小さい頃はどんな子だったんだろうね。

今はどんな子なんだろう。

将来はどんな人になっていくのかな。何を期待されているのかな。


学校についても。

友だちも変わっていくよね。昔はあんな子だったのに、今は違う。

この先どうなるんだろうね。


ぼくの話もします。

時間は流れていて、ちょっとしたことで大きく変わることもあって、

将来のことを考えるためにも、今を大切にすることが大切なんじゃない。


人間万事塞翁が馬


歴史の勉強はわかりやすいですね。

良い状態で浮かれていると沈む。

困難を乗り越えると rising。

昨日良かったことは、明日の悪いことになり、

今日最悪の出来事は、明日のチャンスにつながる。

だから、今が大事だよね。


2021年3月1日月曜日

週1,2時間で結果を残す、当たり前 (つづき)

2.バラバラにして、組み換えること

学校のカリキュラムや、受験塾で小学生に3年間(以上)も、

週に何時間も追加の勉強させていることの根本問題の1つは、

人間(の頭の中)が生物であることを忘れているからだろうと思います。

私自身の経験、教えている中での経験も、

決して、1段1段、理解が進むわけではない。

まったく進まないときもあれば(長い)、わかるときには一気にすべてがわかる。

受験算数では細かく、〇〇算、△△算・・・と分けていますが、

できる子は全部できるし、できない子は全部できない。

★ 線分の長さが、数の大きさを表している

★ 言い換えると、線分は小さな球がならんでいるのと同じ

ということが、心の底から分かっているかどうかが、

両者の分かれ目となっています。

できていない子には徹底して、

並べる、揃える、比べるということを、

いろいろな具体的なものを使って実験し、

それをだんだんと図という抽象的なものに置き換えて行っています。

それがあるときはっきりわかる。

ユレイカ! Aha!

そしたらもう、何もかもができる。

ーーーーー

小さな小さな、概念的な理解、論理的つながり、

別のものを同じとみなせること(アナロジー)、

注意を引きつつ、同じことを形を変えて繰り返し繰り返し・・・

地味すぎて、まったく「映え」ないです。

ブリコラージュ

(ありあわせのもので何とかする)

生命の進化はむしろブリコラージュ的に進んでいくように見えます。

頭のなかも同じように、既によく知っていることと関連付けられるか、

完全に自分の一部のように使いこなせる道具を持っているか、

ということが重要なのではないでしょうか。

*覚えさせたら、むしろ弊害が大きい

*大事な論理的思考力が育つ機会を奪ってしまうから

(つづく)

2021年2月27日土曜日

聖人君子ではない私たちが、明日も生きていくための歴史

 目に見えないものを想像する力。

『物理学者のすごい思考法』にも通じる話ですが、

専門家でない私たちが歴史を学ぶ意味、学んでよかったと思うことは、

自分の常識(生い立ち、日常生活から生まれている)から脱却できること。


自分とは異なる常識、価値観、世界を想像できること。

学校では、ひたすら名前を覚えることが歴史の勉強だと

思ってしまっている子が多いですが(そのように誘導されている)、

そんな非知性的な態度が罷り通るほど未来は甘くない。


アメリカで起こっていることも、日本で起こっていることも、

非知性的なものに対するNO!です。


人類がどうして人類たりえたのか、

私たちは何者で、どこに向かっているのか。

神様や聖人君子でない人間が、困難な状況をどのように乗り越えたのか、

乗り越えられなかったのか、良い人が歴史を導くわけではない、


そもそも良い人も悪い人もいない。。。

そういう意味で、「歴史の学び直し」はブームだと思いますが、

面白小ネタ・雑学を集めることだけで終わってはもったいない。

さらにまったく足りていないのは、科学史とくに、20世紀以降の科学史。

科学技術の発展が、人類の思想を根本的に変えた部分が抜け落ちていると思っています。


相対性理論以降、量子力学以降、不完全性定理以降、

私たちを取り巻く世界が、まったく違って見え始めた(人もいる)。

完全に安心できる土台を失った人類がのたうち回っている。

それが、20世紀以降の科学史であり、現在私たちが直面している世界。

20世紀の科学史やりたいなあ。


#物理学者のすごい思考法

#COTEN RADIO


2021年2月26日金曜日

週1,2時間でも「結果」を残す、当たり前(その1)

 自分でも変なことをやっているなと思います。

私に与えられている時間は、多くの場合、週に1,2時間。
その中で全教科に対応しながら、「結果」を出しながら、だけどそれは目的ではない。
目的は、ひとりひとりが自分の才能と時代の流れのマッチングを考えて、自分の居場所を見つけ、変化に対応しながら自分の人生を目いっぱい
たのしんでもらうこと。

みんなに共通に必要なこと
1.阻害要因を取り除き、全体のバランスを考えること
2.バラバラにして、組み換えること
3.長期的な視点、流れのパターンを見ること
4.意味に注目する、意味を離れて形に注目する

短い時間の中で、目の前の「問題」の解法や
テストのための対策などを示しつつも、
本当に伝えたいことは、もっともっと小さなこと。

1.阻害要因を取り除き、全体のバランスを考えること
□ その問題が解けない原因となっているものは何か?(どういう情報が足りないか)
□ 予定通り進められない原因となっているものは何か?

ちょっとしたことで、全体のバランスは大きく変わります。
ショック療法的に強い手を打っても、そのバランスが悪ければ
結局元に戻るか、場合によってはより悪い事態を招く。
(解法を暗記するとか、ほとんど意味がない)

コントロールできる範囲で、少しだけ変えてみるよ。
そしてその結果がどのように表れてくるか。
微妙な違いに気づける観察力、センスを磨いていくと、バランスが良くなる。


バランスなんか気にしなくて
「好きなことをとことんやったらよい」
という意見もよくありまして、私もそのレベルでは大賛成です。
ここで私が言いたいのはもっと細かなこと。
好きなことをやっているときでも、そうでないときでも、
すこしの違いが、結果として大きな違いを生む、
ということを自然に感じとってもらいたい、ということです。

うまくいかないとき、
何か少しでも小さな変化を起こして、状況の成り行きを観察しましょう。


もちろん、大きな手を打つことも必要な場合もあります。
□ 問題を最初から考え直してみる
□ 志望校を変えてみる
□ 環境を変える


その場合でも、大きな手を打ったから安心なわけではなく、
その後の経過を注意深く観察すること。
しずかーに、観察する。
*小さい子がしずかーにしているときって、
*危険ですよね。何かにすごく集中して、良くないことをしている 笑
*でも、そのときの集中力を思い出してほしいのです。


2021年2月25日木曜日

カリキュラムが先か、人間が先か

うららかな日差しに誘われて、

今年も青山プレップスクールでも、たくさんの花が咲きました。受験が目的ではないからこそ、受験くらいは軽々と(?)クリアしていく頼もしい子どもたちです。


さて、

異論のある方もたくさんいらっしゃると思いますが、ぼくは、人間は工業製品とは異なると考えています。「設計図」があって、「工程表」があって、決まった手順を踏めば、「納期」通りに「完成品」ができあがる。人間(生物)ってそんなものではないのではないか。だからこそ、天然知能はおもしろいし、まだまだ可能性があるのだと思っています。


もちろん、工業的手法が当てはまった時代もありましたし、今でも局所的には効果を発揮するでしょう。しかし、扱っているのは1人の人間です。生き物なのです。1人1人が美しく成長するために、さまざまな手入れが必要にはなりますが、西洋庭園のようにはじめから「設計図」があって、それに合わせていじくりまわしていいのでしょうか。

そもそも何のために学ぶのか?


好みの問題なので、意見の異なる方を否定はしませんが、

ぼくはそのように考えてこれまでたくさんの子どもたちと信頼関係を築いてきましたし、これからもその根底は変わらないと思います。


 **追記

すこし言い方を変えると、机上の空論の見た目きれいな資料をつくったり、意味があるんだかないんだか、テストの結果をグラフにしたり、、、そういうことに労力を掛けずに、子どもたちの今に集中するから、短時間で結果を出せる。無駄なことをすればするほど、誰の得にもならない状況が生まれる。子どもたちも変な(意味不明な)プレッシャーや勝った負けた、頭が良い悪い、すごいすごくない、みたいなものから解放されて、自由に頭と心を働かせることが、特に今の子どもたちには必要なのではないかと思っています。


2021年2月22日月曜日

親戚でもないのに、高校生に奨めまくっているPodcast

本が読めなきゃ、Podcastを聴けばよい。

画面を見なくてよいし、2倍速などで聴けるのもよい。


おススメしていて一番反応が良いのは、

歴史キュレーションPodcast番組、「COTEN RADIO」

https://cotenradio.fm/

おすすめポイント

1.歴史をありありと感じられる

   テストのための暗記科目としての歴史ではない。

   未来を生きていくための歴史。

   自分とは違う価値観をインストールしよう

2.ちょいちょい混ざるスタートアップ用語、コンピュータ用語

   これが新しい。

   現在の私たちと地続きで歴史を体感。

3.そしてもちろん、パーソナリティの個性

   深井さん: めちゃ詳しい

   やんやんさん: いいフォロー

   樋口さん: なんも知らん

   特に高校生に聞いてほしいのは、

   深井さんの(知識だけじゃなくて)まとめ方、

   みんな大好きやんやんさん、

   そして、樋口さんの「聞き方」! (大体ぽわーっとなってるけど)

   一番マネしてほしいのは、樋口さんの聞きかたです。

   ちなみにぼくの推しは、深井さん。深井さんを守ろう。


おすすめエピソード(順番つけづらいですが)

1.三蔵法師

2.ガンディー

3.お金の歴史

4.アメリカ開拓史

永久欠番。高杉晋作


よろしければ、講読、サポータ登録もお願いいたします。

親戚じゃないけど。

#コテンラジオ


この Podcast (というか深井さん)が伝えたいのは、

明日も生きていくための歴史


目に見えないものを想像する力。

『物理学者のすごい思考法』にも通じる話ですが、

専門家でない私たちが歴史を学ぶ意味、学んでよかったと思うことは、

自分の常識(生い立ち、日常生活から生まれている)から脱却できること。

自分とは異なる常識、価値観、世界を想像できること。

学校では、ひたすら名前を覚えることが歴史の勉強だと

思ってしまっている子が多いですが(そのように誘導されている)、

そんな非知性的な態度が罷り通るほど未来は甘くない。

アメリカで起こっていることも、日本で起こっていることも、

非知性的なものに対するNO!です。

人類がどうして人類たりえたのか、

私たちは何者で、どこに向かっているのか。

神様や聖人君子でない人間が、困難な状況をどのように乗り越えたのか、

乗り越えられなかったのか、良い人が歴史を導くわけではない、

そもそも良い人も悪い人もいない。。。

そういう意味で、「歴史の学び直し」はブームだと思いますが、

面白小ネタ・雑学を集めることだけで終わってはもったいない。


さらにまったく足りていないのは、科学史とくに、20世紀以降の科学史。

科学技術の発展が、人類の思想を根本的に変えた部分が抜け落ちていると思っています。

相対性理論以降、量子力学以降、不完全性定理以降、

私たちを取り巻く世界が、まったく違って見え始めた(人もいる)。

完全に安心できる土台を失った人類がのたうち回っている。

それが、20世紀以降の科学史であり、現在私たちが直面している世界。

20世紀の科学史やりたいなあ。

#物理学者のすごい思考法

#COTEN RADIO


内と外を分けて、上と下を分けて、〇と×を分けて、

そういう「やり方」は確かにあるし、それがうまくいく場合もある。

しかし、隔たりを無くして、何もかも定まっていない、

その場の一期一会を大切にするという「やり方」もある。


同質の仲間が1つの目標に鎬を削ることで進化する場合もあるし、

異質な者たちが違和感を覚えつつも新しいものを創造していく場合もある。


正解はないけれど、煮詰まったら逆を試せばよいと思う。

ぼくは記憶違いも多いし、そもそも暗記苦手だし、計算も遅いし、まあまあ間違える。

だけど、「今ここ」で一緒に学んでいるという空気が一番大事だと思っているので、

それも演出だと言い張っている。

動画を撮ったり、プリントや書籍にして配布しようとは思わない。それは別物。

20歳も30歳も離れた友だちというのか何なのか、

まあ、子どもが600人いる。

こんなに子だくさんは今どき珍しいと思う。家斉もびっくりだ。

個人でもいいし、会社でもいいから、

うちの子よその子、隔てなく、もっと若い人を大切にしたら?と思う。

怖くない。怖くない。

その結果ぼくの相対的価値が下がるけれども、それはいい。

今の社会には、まったく足りていない成分ではないだろうか。

子どもたちにとってだけでなく、大人たちにとっても幸せな時間。

自由か秩序か、お金か命か、といった問題は、

誰かが正解を出す問題ではなく、

微妙なラインをずーっと考え、話し合っていかなくてはならない種類の問題。

同質が寄り集まって、そうだそうだと騒いだところで・・・


また最後、違う話になってしまいましたが、

それとは関係なく、
COTEN RADIO はぜひ聞いてみてください。


2021年2月19日金曜日

 他山の石: 小論文は総合格闘技であり、ごっこ遊びでもある

この引用(予備校時代、一番添削に困った「完璧な文体でナチスの政策を肯定した小論文」とヒトラーファンの女子高生の話)から、参考になったポイントは3点

1.縦割り教育の弊害

2.優秀な子にもちゃんとした先生を

3.推しは正義か?

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1.小論文の先生は、国語の先生?

文体や形式、論理的矛盾のなさだけが、小論文の評価基準なのか?

そんなはずはない。

大学の名前背負って社会的に問題のある言動をされたらと考えたら、いくら「優秀」でも、受け入れられないでしょう。

(人類が地球にとって害悪、という文章は、論理的に書けるけれども、だから何? 福澤諭吉をこき下ろす文章も論理矛盾なく書けるけれども・・・)

逆にもし、誤字脱字、形式のチェック、論理的整合性のチェックでいいなら、AIでいいのでは。

ついでに「ソーカル事件」。形式などはそれらしく、

ただ内容はまったくでたらめな論文が受理されたという事件。

愉快だけど悪意もあって、めっちゃ怒られた。

思想信条の自由(考えることは100%自由と言ってよい)と、

表現の自由(公共の福祉の制約を受ける)は、混ぜるな危険。

論理なんて、ひとつのよくできた「おもちゃ」(ただし、非常によくできている)。

真実は一つじゃない!

#ミステリーと言う勿れ



2.優秀な子が「とんでも」にはまる?

昔、オウム真理教というのもありましたが。

「私こんな文章も書けますよ」と持ってくる子はいます。

想像や論理の幅を広げて、逆説的な結論を見出す。

そういう遊びは、やったらいい。ぼくも一緒に遊ぶ。

今の私たちのもっている「常識」や「倫理観」なんて、

先入観だらけで、「真実」からは程遠い。

自分の常識を疑うために、いろいろなチャレンジをして

それを文章として表現するのは、楽しいし、幅広く物事を見られるようになる。

そうやって、仲間内でキャッキャッ楽しむのはいい。

しかしそれを、外で発表するとなると、、、

森さん(全国の森さん、ほんとすみません)のようには、なってほしくないな。

今どき、賢い子は自らいろんな情報ソースから情報を集めらえます。しかし中には、非常に偏った情報源も存在します。

そういう情報にばかり接していれば、偏った考えの持ち主は簡単につくることができます。

その場に自分が本当にいたとして、手を下せるのか?

何の罪もなく殺される人に、それでも自分は「正義」だと言い張るのか?

その「正義」に何の意味があるの?

絵空事で、論理だけで遊んでいても、それは真実ではないよ。

もし、それを本気で書きたいなら、

フィクションの衣をまとうと良いかな。

#本当の戦争の話をしよう

賢い子は、冷めた眼で世の中を見ている場合がある。

一つには、大人があまりにみっともないから。あまりにも。

大人も本気で、マジで、ガチでつき合わないと、

ますます舐められることになって、

同時にそれは、その子をそれ以上成長させないことにもなってしまう。

何が真実で何が嘘か?

コンフィデンスマンの世界へ、ようこそ。

#コンフィデンスマンJP



3.推しは正義か?

ヒトラーファンだから、ヒトラーを擁護する?

もし仮に擁護したいならば、許せないこともあるけれど、

そうであっても、良い面や個人に責任を問えない面もある。

むしろ、個人の責任にしてしまう方が害悪が大きいのではないか。

という論調になるのではないか。

「推ししか勝たん」

そうであるならば、ダメなところも、良い子は絶対に真似をしちゃいけないことも、

すべて認めて飲み込んで、それでも推すのではないだろうか。

良い面だけを取り上げて、「だから良い」と結論付けるのは、ファンと呼べるのだろうか。

ヤクルトスワローズは弱いけれども、

いや、弱いからこそ、ぼくは応援し続けています。

毎年、開幕前のこの時期が一番楽しい。

(弱い弱い書きましたが、

 実際見たら、めちゃめちゃすごい。

 それでも勝てないプロのレベルって本当に本当にすごい)

また違う話になった。

#推し、燃ゆ



2021年2月17日水曜日

物理学者のすごい思考法


  また、親戚でもないのに、読ませまわって、配りまわっています。

 『物理学者のすごい思考法』 https://amzn.to/3aa2yHl 

「はじめに」は、なんだかかっこよいことが書いてあるふうなのですが、

 なぜか(!?)、「使用上の注意」がついていて、 

用法・用量を守って、正しく服用しなければなりません。


 内容は、まじめなのか、ふざけているのか、 

いえ、まじめにふざけているのです。 

いや、ふざけてまじめにやっているのです。


 軽やかな、楽しい文体のなかに、

 うわ!!!!と思うことがしばしばで、 (特に私は、2次元小説に腰が抜けました)

 全高校生に読んでほしい。 と、ほそぼそと布教活動をしております。


 まじめに、ふざけて、軽やかに、深遠に。


 #物理学者のすごい思考法

2021年2月13日土曜日

「親子関係が史上最高に良好」

 先週、あるお母さまからいただいたパワーワードw

合格したとか、そういうタイミングでなく。


よく「なんで勉強しなきゃならないの?」という話題がありますが、むしろ「なんで勉強させてるの?」(私のような仕事をしている人間が言うのは大いに矛盾ですが、矛盾は大切で内包しなければならないと、矛盾だらけの私は思っています。それは別の話)

その子は中学生の男の子に散見されますが、とにかく面倒くさい。読むのも、書くのも、話すのも・・・そして、140字以上の読解力がとにかくない。

まあ、そんなもんですよ。

時間は掛かっていますが、このところ急激に、行間を読むこと、話の流れ・論理展開を読むことができるようになって、書く内容や話もしっかりしてきたなと思っていました。

自分のなかでちょっとだけ「なんだそんなことをやってたのか」とわかったことがあるそうです。知らなかったことでもないし、出来ないほど難しいことでもない、ただ、意識が向いていなかった。そういうことってたくさんあります。

それに気づいたことによって、世界が少し平和になったのなら、そしてみんなの心が少し軽くなるのなら、厳しいことを言ったこともあるけど、大丈夫だったのかなと。

大事なことは、小さな声で言う。

大事なことは、ふざけて言う。

大事なことは、魔法に包んで言う。


2021年2月11日木曜日

ロールモデルがないと困ってしまう?

 ロールモデルがないと嘆く、ロールモデル

直接この方を知っているわけではないので、あくまでロールモデルとして。

いわゆる「勉強」界隈にもよくあてはまる事例。

教わったことを忠実にこなして、世間からわかりやすい

「成功」(有名な学校に合格など)したけれど、

レベルが上がって、かつわかやすい「すごさ」でなくなったときに、見失ってしまう。

ーー引用ーー

・人を育てたら?…やれる範囲ではやってるけど最近気が乗らなくなってきた。「水飲み場に連れてくることはできても水を飲むかどうかはそいつ次第」というのを痛感してる。

ーー引用ここまでーー

ぼくもそれは日々痛感しています。

だけど、そこで思考停止でいいのかな?と。

これって、「自分は水を飲むやつだったけど、他人は相当は限らない」ということになるかと思うが、

本当に「たまたま」または「自分が単に優れていたので」、

ということなのだろうか。

見えない働きかけが、プラスにせよマイナスにせよ

複雑に絡み合って、水を飲むようになったのではないだろうか。

と、どんどん深みにはまっていくと、

暇で死ぬのを待ってるだけ、みたいな生き方にはならないし、

たとえ自分だけでは解決できない(カタルシスが得られない)としても、思想が残っていけばいつか誰かが、切り開いてくれる。

ぼくの場合は、「天然知能」の分野で画期的なブレークスルーが今後起こるものと信じて

(ライト兄弟が飛べると信じたように)

あーでもない、こーでもないと、もがきつつも、

今自分がわかっていることを伝えることも、今後はやっていかないと。(終活)


そうした意味で、実現しそうもないことに、

そんなの無理だとそもそも取り組まないか、

だからこそ、ワクワクするのか。

そういった意味で、ぼくが思い出すのは、

高校生の頃だったか。。。清原選手が初詣か何かで、

新年の抱負として述べていたのが、「世界平和」と。

ホームラン王とかじゃないんだ!とびっくりしたものです。



文化の段階として、典型的には中学で習った三大和歌集のように(そのように学校で習うだけで実際にはさまざまな見方があるだろうが)

1.素朴でいろんなものがある段階(万葉集)

2.洗練され、収斂されていく段階(古今和歌集)

3.知識や技巧が積み重なり、一方で難解になる段階(新古今和歌集)

難しくなりすぎると、1に戻る。

困ったら「原点回帰」って、ノムさんも言ってました。

もう何の話だったのか。。。


2021年1月16日土曜日

テストでさえも、心躍る瞬間

大学入試共通テストが始まりましたね。


今頃みんな、ヒリヒリする気持ちでテストに臨んでいることと思います。予想が当たって安心する気持ち、想定外の出題で焦る気持ち、手ごたえを感じている、絶望を感じている、がんばるぞ、逃げたいよお。もっと時間があれば・・・早く終わらないかなあ・・・

これまでも紆余曲折ありながらも今ここにいて、いろんな感情が渦巻く今この瞬間が、それだけが価値がある。


「結果」はね。はっきりいって、大した問題ではないのです。親や先生、大人たちが喜ぶような結果でなくても全然かまわない。

「今」の自分を燃焼させること。もっと言えば不完全燃焼でもかまわない。

全部全部、覚えておこう。


そして保護者を含むおとな世代の方々には、どうぞ自分の思い通りにならないことを受け入れていただきたいです。むしろ歓迎して欲しいです。そして体を張って、心の底から、彼らを応援して欲しいです。

若い人たちが意欲をもって前に進んでいくことでしか、未来は開けていきません。かつて自分たちがそうであったように。

勇気をもって全肯定して、ここからまた一歩、前へ進もう。


手を動かしながら考えることは、自由であり、楽しいこと、そして切り開かれる未来

天然知能 友の会 新・碧山Fプレップスクールです。 昨日の、野辺山宇宙電波観測所の立松さんの話でもありますが、考えることが楽しいと思えるかどうか、 幼少期にそのような経験をたくさんしているか、 ということがひたすら大事だとぼくも思っています。 しかしいまだに、 目先のテストの点数...