子育てを楽しむための、「1種のコミュニケーションとしての”勉強”」

「勉強」は、親子のコミュニケーションツールとして使える。


コロナ禍の広がりとともに、在宅時間が増え、

生活に対する考え方が変わった方も多いと思います。

子どもとの関わりにおいても「勉強は学校任せ、塾任せ」で

本当に良いのでしょうか。

◆ 時間がないし、せっかく時間があるときには「勉強」には使いたくない

◆ 内容が高度になって、教えるのが難しい

といった声は、しばしば耳にします。

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そんなのは「専門家」に任せた方が良く、

その費用を捻出するのが親の務めであり、

必要とあらば、より「優れた専門家」を見つけてくる。

という考え方もあるでしょう。

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しかし、コミュニケーションツールとして勉強をとらえることで、

親子の対話がより実り多いものになります。

(内容について本当に細かいところは、「専門家」の意見を聞けばいいですが、

  その「専門家」を見極めることも必要ですし、

  「専門家」と良質なコミュニケーションをとることが、

  その「専門家」を活かすことにもなります)

★ 大事なことは「管理者」にならないこと。

★ あくまで大事なことは、コミュニケーションです。


なんだかんだいっても、子どもたちの生活の一定割合は、

「勉強」が占めていて、それが数値化されることで、

何らかの評価が下される。そんな社会環境の中で、

自分の子どもが、何を考えていて、何に困っているのか。

親として、また人生の先輩として、

「現存在」としての目の前の子に、寄りそって、一緒に考えて、悩み、

希望を見いだしていくことができるでしょうか。

子どもにとっては、一番信頼できる人が、一番近くにいるという安心感、

親にとっては、子どもや自分について考える瞑想のような効果があります。


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実は、ぼくがふだんしている仕事の半分近くは、この「寄りそう」役割です。

一人一人を「自分の子ども」くらいに、半分くらいは思っていて、

一緒に悩みを共有する。(その結果として、いわゆる「結果」もついてきます)

ですが、所詮は週に1,2時間程度の時間ですし、

むしろ表面上は、「勉強」を教えなければならないので

限界も感じていました。

そんな中、(コロナのこともあって)

家でどのように勉強を指導したら良いかを、保護者の方に教えててほしい、

というお話をいただきました。

これはなかなかにおもしろい。こういうことが広がって欲しいと思います。

将来的に、その子が成長して自立したあとも、

その保護者の方は、身近な若い人たちと接点を持ちやすくなると思います。


「勉強」は、かなり広い範囲に、また長い期間にわたってできる

コミュニケーションツールにすることができます。


「専門家」だけの特殊なものにしない。

学ぶことは、人間にとって最も普遍的な、当たり前の活動だと思います。



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