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5月, 2013の投稿を表示しています

(家庭学習習慣より、思考習慣) 暗記の練習

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。 毎日机に座って30分、算数や国語の勉強をすることが、無駄とは言いませんが、 子どもたちの学力の決定要因にはならない、というのがぼくの考え。 では、何が決定要因になるかというと、 普段、何気ない日常の中で、何をどう考えているか、といった思考習慣。 今回は、記憶のお話です。 たしかに、上手に覚えられる子と、 すーぐ忘れちゃう子がいるのは、現実。 でも、それって「頭の良さ」や「遺伝的なもの」と関係があるの? ========= 遺伝的なもの、脳の障害などの影響が、まったくないとは言いません。 でも、ほとんどの、ほとんどの子にとっては、 ☆ 関心領域が、ちょっと異なっている ☆ 「覚える」、「思い出す」ということの練習不足 ☆ もうちょっと機械的なこと だと、思います。 ★ 「意欲の問題」とは、敢えていいません。    「モチベーション」って何だ? 「関心領域」の話で説明できると思います。 ========= ☆ 関心領域について    ◆ 人は、既に知っていることの周辺事項しか、関心がない。    以前、出典は忘れてしまいましたが、    ”人は、同じニュースばかりを見ている” という調査結果がありました。    インターネットは、閲覧者の履歴を取ることができますので、    あるニュースを見た人が、次に何のニュースを見ているか、、、、調べることができます。    その結果わかったことは、”人は、同じニュースを繰り返し見ている”。    気になる話題があったら、ほとんど内容が異ならないことを知りながら、    何度でも、関連ニュースを見ているとのことです。    ニュースを見る (本来の?) 目的からすれば、幅広く、最新情報を集めることのはずですが、    実際、ぼくにも、心当たりがあります。           ぼくは野球に興味がありますから、           たとえばダルビッシュ投手のニュースがあれば、           それを、スポーツ新聞のサイトで見、別のスポーツ新聞のサイトで見、           TVのスポーツニュースを見、チャンネルを変え

家庭学習習慣じゃなくて、思考習慣 (さがしものは何ですか?)

探し物は何ですか 見つけ難い物ですか  カバンの中も 机の中も 探したけれど 見つからないのに ( 『夢の中へ 』 井上陽水) 夢の話ではありません。現実のお話し。 子どもは、さがしものが苦手です。 ★ 適当に、ちょいちょいと探して ⇒ みつからない ★ 同じところを何度も探して ⇒ みつからない ★ 昔のおもちゃなどをみつけて ⇒ 遊び始める ★ 時間が掛かりすぎて ⇒ 何を探していたのか忘れちゃった ・・・ こっち(おとな)は、だんだんイライラして来て、 ちゃんと探しなさい! ほら!ここにあるじゃない!! (怒・怒・怒・・・) (笑) ============== しかし、この「ちゃんと探す」、「きちんと探す」 ということを、子どもたちは本当にわかっているでしょうか。 ● 「探し方」という方法に注意が払われているか ● 「部分」にわけて世界を認識できているか ● 「順番に」ということが当たり前になっているか ● 「もうそこには絶対にない!」と、確信できるまで、調べ尽くせているか ● 「部分」が思ったより大きかったら、さらに「細かい部分」に分割できるか ● 「前回使った時」などの、記憶を頼りに、「ありえそうな場所」を考えられるか ● 「ありえそうな場所」の優先順位をつけて探せているか ● 「ありえそうもない場所」まで探し始めた方がいいのは、どうなった時か ● 途中で「目的」を見失わない ● 普段から、ものの配置には気を配っておく このように、「さがしもの」とは実は、 かなり高度な知的活動だと、ぼくは思います。 ============== この「さがしもの」が、ある程度自分でできる子にとって、 算数の文章題は、さして難しいものではありません。 「さがしもの」をしているのと同じことが多いですから。 一方、「ものをさがす」ということが、どういうことなのか、 ぴらっとその辺をめくってみること だと思っている子は、文章題がだんだん苦手になってきます。 ============== 小学校6年生くらいになると、 うちはみんな個別で

懐疑と予感の由良の門を。

由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ  ゆくへも知らぬ 恋の道かな 恋の話ではありません。 「自ら考えて行動できる人間になろう」、「考える力をつけよう」、「思考力が大事です」・・・ 耳触りのいいこの言葉は、今や巷にあふれています。 どの学校、どの塾の理念をのぞいても、そんなことが書いてあるでしょう。 どの会社の人材募集をみても、そんなことが書いてあるでしょう。 かくいうぼくも、いつも子どもたちに、 「覚えて出来てもダメなんだよ」、「知らなくたって考えればできる」、 「知識そのものは、その場その場の使い捨てだけど、  考え方はいつでもどこでも、使い回しが効く」、 「考えることが、人間を人間らしくして、他の生物や機械とは異なる存在にしている。  考えることが、君を君らしくする」 ということを、静かに語りかけています。 ===懐疑編=== 子どもたちには、そうは言っていますが、 一方では、「本当にそうなの?」という確認作業もせずにはいられません。 「じゃあ、おとなは本当に考えてるの?」、「ぼくは本当に考えてるの?」 日常のさまざまな場面で、 人は、単に「ルールに従っているだけ」なのではないでしょうか。 決められた時間に会社に行き、決められた範囲内の仕事をして、 いつものルートで家に帰って、家に帰ったらほぼ決まった行動をして。 給料が入ったら、ちょっといいものを食べて、 有給が貯まったら、海外旅行に行って、 車を買い、家を買い、結婚して、子どもを育てて、、、、 大きな差異は気にしないが、細かな差異が非常に気になる。 何か嫌なことがあれば愚痴を言い、 言えば、それなりにすっきりして、 新聞やテレビ、インターネットで知った情報について話し、 誰かから聞いたことを話し、 いいことがあれば、Facebookに投稿する。 株価が上がれば喜んで、 「ただちに健康に害はない」は、「最悪の毒」か、「もう済んだこと」 賢そうに見せたければ、ちょっと批判的なものの言い方をする。 幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である もっと詳しく一場面、一場面を観察してみても、 ほとんどの人は、ぼくも含めて、 その場その場で、既に知っ

「あなたの宝ものは何ですか?」_(授業風景_中学生_自由英作文)_自分で考える型

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20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。 「あなたの宝ものは何ですか?」 ある中学校の課題(自由英作文)です。 ============== 中: 宝ものなんてないんですけど。。。      ぼ: あれ、それは困ったね。 中: 普通なくないですか? 中学生で。      ぼ: うーん、何が普通かってのは、なかなか難しい問題だよ。         自分が、自分の周りが、普通とは限らないからね。         まあ、それは今度また考えることにして、         本当にないなら、「ありません」 って答えでもいいと思うよ。         『ぼくには宝ものはありません』 それで書けるでしょ!         それで行くか。具体的に、話の流れを考えてみよう。 *問題意識を共有して、今の思いつきレベルのものでも、具体的にする。 *具体的に考えれば、道は見えてくる。 **<ただ、残念ながら今回はそのようには進みませんでしたが> 中: いや、何か書かないといけないと思う。      ぼ: そうか~。 マジメだね。いいよ。         じゃあ、何か探してみよう。         ところで、「宝もの」って何? *いつもいつも、「問い」が大切だよ。 *困ったら、「問い」に戻って問いの意味を問う。 中: え! 宝って、宝じゃないですか。      ぼ: うん、だからその「宝」ってのが何なのかわかってなくて、答えられる? 中: え~! だって、宝は宝だし・・・。      ぼ: じゃあ、具体的に考えてみよう。         一般的に、みんなが宝ものとしてイメージするものは、どんなもの? *わからなかったら、少し具体的に考えてみよう。常套手段。 *具体例は、普通の一般的な、みんなが考えそうなものでいいよ。 中: 宝石とか、金貨とか、、、思い出とか、友達とか。。。      ぼ: そうだね!         ところで、今挙げたものたちに共通するもの/性質って何だろう? *具体例を挙げて終わりにしないよ。 必ず、抽象化する。 *具体と抽象を、行ったり来たりするよ

青山プレップスクール(ゆかしネットワークスLLC)の全貌

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。 5月18日は、ゆかしの日。 なんのことやらですが、6年前のこの日、 ゆかしネットワークスLLCがこの世に誕生しました。 節目の6年を迎えたこのタイミングで、 一度、整理しておきましょう (自分のために)   【壮大なミッション】   「知」にまつわる、人、もの、お金、情報の流れを再編する    情報化社会、知識集約社会における「知」のあり方を再定義し、    現代および近未来における最適配置を形づくる    ★ 主題の変化: 何を知るべきで、 何を知るべきではないか    ★ 方法の変化: どのように知るべきか   【柔らかな世界観】   技術主導ではなく、    『ひとに自然な』    『ひとに根ざした』    『ひとを進化させる』 知の再定義を行う。 ★ 主題よりも、背景 ★ 目に見えるものよりも、目に見えないもの ★ ビジネスより、ハピネス   【合言葉】   ゆかいに かろやかに しなやかに ゆかしい気持ちを、You can see! に繋げる会社。   【理論研究テーマ】   ・ 「わかる」メカニズムをモデル化 ・ 「できる」メカニズムをモデル化 ・ 「かしこさ」の源泉を探る ・ 「粒子の半径とスケール差、その階層構造が生み出す、予測もつかない世界」 ・ 「(生物の)生涯移動範囲、移動距離」について など   【開発可能な!ツール】   ・ 「集中状態」を喚起するプログラム ・ 「(半強制的に)暗記」させるプログラム ・ 「世界観(背景)を刷り込む」学習用ノート ・ 「スマートドア」(スマど) (≒どこでもドア) ・ 「思考幹力」を鍛えるバランスドリルなど などなど   【サービスとして提供】   ・ 個別指導学習塾 ・ お父さんお母さんのためのプレップスクール ・ おとなだけどプレップスクール     ↑ 「理解の文法」、「創造の化学」、「成長の力学」、「習熟の技術

勉強の醍醐味_(マンツーマン小規模だからできること=つまり、おうちでもできること)

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20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。 勉強の醍醐味は、 浜辺で夢中になって貝殻集めをした、 そんな記憶を呼び覚ませてくれること。 自然の美しさ、人類の叡智、 広くて深い大きな海を感じながら、 足元の小さな貝殻を集める。 小さな貝殻が、大きな海の記憶と繋がって、遠い世界と繋がっている。 ================== 結果として、成績が上がりました、試験に合格しました、 もちろん、うれしいことではありますが、 貝殻集めコンテストで優勝することは、単なる数字上の結果。 * 大人が横から手伝って、 * 大きなショベルカーでガサーっと取れば、優勝できるでしょう。 * 優勝した嬉しさは、もちろんあるでしょう。 * * だけど、 * 自然や人類に対する敬虔な気持ちは、芽生えないでしょうね。 ================== ★ ぼくが一人一人をよく認識レベル以上には、拡大しない ★ 教科専任ではなく、その子専任の先生 親や兄弟が、ちょっと勉強の手伝いをしてあげている、 親戚のお兄さんお姉さんが、たまたま東大に入ったけど、 その人に教えてもらっている。 という状況と、さほど変わりはありません。      + そこに、ぼくがちょっといて、      + 方向を修正したり、緩急をつけたり、別の角度から光を当てたり、、、      + 日々の発明発見の成果を発表したり(!?)      + まあでも基本、根気よく、起伏なく、ずっと見ています。 ================== ◎ その子専任だから、できること    当たり前ですが、こちらはその子について、詳しくなります。    その子の好み、性格、考え方の癖、、、    特に、その子が何についてよく知っていて、どういう経験があるのか、    は、重要な情報です。    なぜなら、     人が新しい知識や考え方を学習する際 に、    新しく覚えるのではなく、 既知の事柄と結び付けながら、理解していくから です。    電車が好きなら、電車に関する知識は豊富にあ

小さきものに (マイクロソフト社とは関係のない、細かくて、柔らかくて、、、広大な世界)

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20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。 次の世代に、よい未来を引き渡したい。 それが、ぼくが今の仕事を始めた理由。 それはもちろん、 子どもたちのためになるかもしれませんが、 言ってしまえば、単に結果に過ぎず、 究極的に言ってしまえば、 ぼくが勝手に、 自分の興味のあることをしているだけ。 ということも、できます。 それがたまたま、 「人が賢くなってもらわないと困る!」 という仕事 であっただけです。 たくさんの生徒さん、保護者さま、先生(大学生)方、ご近所の方々、友人・知人、、、に ご支援、ご協力、ご指導、数々のヒントを頂戴して、 おかげさまで、6年が経とうとしています。 ========== それまでは、大きな世界の人でした。    ◆ 誰もが使いやすい仕組みの設計    ◆ 誰がやっても、ミスが生じない仕組みの構築    ◆ メンバーが働きやすいチーム運営    ◆ 知的活動を、どうやって工業化するか? そういうお仕事でした。 人並み以上に一生懸命、楽しく仕事をしてきたと思います。 今でも大切な仕事だと思いますし、 それを支えている以前の先輩方、同僚、後輩たちには、 本当に頭が下がります。 ========== しかし、最初から、そしてやればやるほど、 自分の中の違和感が、 解消されるどころか、むしろ大きくなっていったのです。 それは、端的に言ってしまえば、    『 いい仕組みを作れば、     いいサービスを提供すれば、     いい社会を実現すれば、     ひとは、いい人間になるの? より高度な人間になるの?     今よりも良い未来を、次の世代に引き渡せるの?』 ということ。 たしかに、 便利になるでしょう。苦痛は減るでしょう。 不平等は減るかもしれませんし、 もっと贅沢ができるようになるかもしれません。 どこに行っても、高層ビルと大きな道路、 均質なサービスを、統一料金で、 便利で安全で、清潔で快適で・・・・ そういうのって、あんまり好きになれないな、