投稿

成功体験という罠(不可能を可能にしようじゃないか)

イメージ
  みんながやっていることは、みんなに任せよう。 私たちは、不可能を可能にすることに全力を注いでいます。 「先入観は可能を不可能にする」 「私はこうやって上手くいったのだから、私の言うことを聞きなさい」 「これで素晴らしい成果を上げたから、全員にこの方法を適用します」 「うちの学校は最高です」 こんなことが今でもよく語られます。 それを一つ一つ検証することはしませんが、仮にある人にとって、あるタイミングで、何かがとてもうまくいったとしても、 それは再現性があるのでしょうか。 ーーー 私は、一人一人を観察するところから始めます。 今のこの子が、どういう状態なのか。何を考え、何を考えていないのか。 学校ではどんなことがあったのか、家ではどうか。 今までどんな経験をしてきたのか。何を正解だと思い、失敗だと思っているのか。 ここで学んだことと、外で言われることのギャップをどのように埋めているのか。 ーーー 勉強を教えているというと、勉強に詳しいのだと思われます。 全学年、社会人、全教科(小学一年生の漢字や足し算から、MBA等大学院入試の範囲まで)を扱っているというと、とんでもなく頭がいいのかと勘違いされます。 そんなことはありません。 成果を出せるのは、私が世界について詳しいからではなく、 一人一人が世界をどのように捉えているか。 それと、出題者や著者の見ている世界とのギャップを埋めているからです。 ーーー 塾が儲かればいいのではない、学校の知名度が上がればいいのではない、「国力」が上がればいいのではない。 そんな人の集団に名前をつけただけのもののための方策を考えるよりも、 一人一人の目から世界がどう見えているのか。 みんなと合意したほうがいいところと、自分らしさとして大事にした方がいいところ。 私がいなくなった後々までも、幸せに生きていってくれるための最小限の関与。 あくまでほんの小さな存在であることを考えながら、 誰もやったことのない、できるかどうかもわからない、 だけど、自分にできる限りのことを誰よりもやっています。

細かすぎる・地味すぎることは大変だけど、不可能を可能にする(魔法以外で)

イメージ
 「基礎が大事」とはよく言われることです。 ただ、そこで言われている「基礎」とは何を指しているのでしょうか。 ーーー 私自身、中学校くらいまでは基礎なんてまったくバカにしていました。 正確に言うと、バカにするという意識もないほど、態度としてバカにしていたと、今振り返ればわかります。 (そして同じような子は、今もたくさんいます) 高校生になって、いよいよ学校の授業で話されていることが、バラバラに感じて、その時その時はたとえ少しわかったつもりになっていても、問題を解けと言われると解けない。何をどうしていいのか、まったくのノーアイデア。 さて困ったなと(さすがのバカの私も気がついて)友だちに教えてもらいました。 「何をどう勉強したらいいの?」 その時教えてもらったのは、 「教科書の例題を毎日1、2問解いたらいいよ」 友だちに言われたことはすぐに信じるタイプなので、まあやってみた・・・というところから、私の勉強に対する考え方などが変わりはじめました。そしていつも思っていたことは、「基礎って何だろう?」 たまたま最初のきっかけは、教科書の例題を解くことでしたが、 ただ簡単な問題を解くことでもなさそうだ、と思うようになり、 難しい応用問題を解いているときに、基礎が固められているように感じたり、 一度「わかった!」と思ったことが、その後何度も「上書き」されたり、 友だちがいろいろとおもしろい考え方をしていることに気づくようになり、 そうなってくると、別に問題を解かなくても、 「一つのアイデアが、どれだけの応用範囲を持っているのか」 なんてことを考えていると、ごく少ないアイデアでいろいろなことができるようになり、 これがもしかしたら「基礎」と呼ばれるものなのかな。 それから少しずつ、いろいろなことができるようになってきて、 大学進学後も、仕事をするようになってからも、 ずっと新しいことを勉強していますが、 「最初が一番難しい」 といつも感じます。 すみません。私自身のことはあくまで一つの例に過ぎず、 大事なことではありません。 今の仕事をするようになって、いろいろな子を直に観察できるようになって、 改めて「基礎」について考えることが多くなっています。 □ いわゆる「基本問題」を解くことは、基礎を固めるのだろうか。 □ 英語の基礎って、単語なのだろうか。 □ そもそも「基礎」...

【極論】集中して、頭が働いていれば、それでいい (ただし、過集中だけは気にしてね)

イメージ
【極論】集中して、頭が働いていれば、それでいい (ただし、過集中だけは気にしてね) 机に何時間座っているとか、 問題を何回解くかとか、 「体験格差」とか、 よりも、もっと大切なこと。 「今、頭が働いているか」 一人一人を比べてみれば、それぞれの個性はあるのですが、 いつもその子を観ていれば、 その子が、集中している時の様子や、いろいろと自分で考えている時の様子は、 割とパターン化できると思います。 大雑把には、 □ 目は、「決まった」ように、瞬きは減りますし、 □ あれがダメならこれ、と次々に切り替えていますし、 □ ぶつぶつ話しながら考える子も多いです。 □ たいてい、指先を動かしているでしょう。 □ 少しの雑音は気にしません。 ーーーー 私がいつも工夫しているのは、 どうやったら、その子が、その集中状態に入っていけるのか。 そして、ある程度大きな子であれば、自分でその状態に入っていく練習をすることです。 一人一人に、それぞれの成長のタイミングがあり、 年齢に関係なく、自分がハマれることがあるものです。 ぐっと集中している対象が、 その子にとっての、成長の部位であり、タイミングなのだろうと思います。 ーーー ほとんどの子は、数学者や文学者になるわけではありません。 学校の勉強を通じて、もっと抽象的で汎用的なことを身につけていて、 社会に出てから役に立つのは、そんな能力です。 (* 学校の勉強を通じても、たくさんのことを学ぶことができます。私がやっているのは、学校の勉強を使って、一人一人の能力を伸ばすこと。ついでに、狭い意味の「学力」もつけば、周囲からも評価されやすく、「おいしい」です) ーーー 逆に言えば、 どんな素晴らしい教材を使おうが、 どんな素晴らしい体験をしようが、 心が疲れきっていたり、 またははしゃぎ過ぎている状態では、 得られる果実は、多くはない。 そこがまた、おもしろいところです。 ーーー また同時に、 集中しすぎないことも大切です。 そのあとで、疲れて、 他のことができなくなってしまいます。 適度な集中と、休息を交互に行うことで、 学習効率は、今までの常識とは別次元に高められます。 人間の脳や、 もっと広く言えば生き物って、 とても不思議で、驚異的で、 興味が尽きないものですね。  

チキチキ夏祭りを完走しました。子どもたちの成長と笑顔に感謝です。

イメージ
 「チキチキ勉強し放題、夏祭り」 400時間を超えるのは、だんだん体力的に厳しいですが (去年は入院していたので開催できなかった) 子どもたちの笑顔に癒され、成長に勇気づけられ、 なんとか完走しましたー。 って、そんなきれいな話では済まない大変さはあるのですが それもこれも、未来の平和で暮らしやすい世界のためと思うと、 この仕事ができて本当にラッキーで幸せだと思います。

夏休み特別授業【英語の本を読む、映画やドラマを観る】『オデッセイ(火星の人)』『星の王子さま(Le petit prinnce)』『ONI~神々山のおなり』

イメージ
 夏休みに、英語の勉強をがんばった子もいます。 覚える勉強ではなくて、英語を英語のまま感じて理解する練習。 『オデッセイ(The Martian)』 『星の王子さま(Le petit prince)』 『ONI~神々山のおなり』 など #オデッセイ #神々山のおなり #星の王子さま #英語の本を読む

夏休み特別授業(AIと哲学対話篇) 『谷川俊太郎の33の質問』を一緒に遊ぼう

イメージ
  哲学対話(AIと哲学することはできるか) この夏、一人の中学生と取り組んでいたテーマです。 【問い】 今の生成AIは、 「早く、それらしい回答を、もっともらしく答える」 という方向に進化しているのではないか。 この道具を、人の思考を深めるために利用できないだろうか。 【対話1】 『谷川俊太郎の33の質問』という本から質問を選んで、 ChatGPT, Claude, Gemini, Copilot, Genspark, Perplexity, Manus などのチャット形式の生成AIに投げかけてみました。  結果は・・・ ぜひ試してみてください。 私たちがやったかぎりでは、おそろしいほどつまらない回答ばかりで、 そこから対話を続けるかどうか、悩んでしまうようなものでした(笑)。 【実験1】   生成AIの種類や、その中でのモードの変更によって違いはあるのか? 【実験2】   話の進め方を工夫することに、「対話相手」として成立させられないか。 【実験3】   自分に関する情報を渡しておくことは、有効か?  

『フェイクニュースの免疫学』を読みながら、「フェイクニュース対抗策」と、おまけとして「認知バイアスを利用した効果的な学習法」を学ぶ、【夏休み特別講座】

イメージ