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【極論】集中して、頭が働いていれば、それでいい (ただし、過集中だけは気にしてね)

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【極論】集中して、頭が働いていれば、それでいい (ただし、過集中だけは気にしてね) 机に何時間座っているとか、 問題を何回解くかとか、 「体験格差」とか、 よりも、もっと大切なこと。 「今、頭が働いているか」 一人一人を比べてみれば、それぞれの個性はあるのですが、 いつもその子を観ていれば、 その子が、集中している時の様子や、いろいろと自分で考えている時の様子は、 割とパターン化できると思います。 大雑把には、 □ 目は、「決まった」ように、瞬きは減りますし、 □ あれがダメならこれ、と次々に切り替えていますし、 □ ぶつぶつ話しながら考える子も多いです。 □ たいてい、指先を動かしているでしょう。 □ 少しの雑音は気にしません。 ーーーー 私がいつも工夫しているのは、 どうやったら、その子が、その集中状態に入っていけるのか。 そして、ある程度大きな子であれば、自分でその状態に入っていく練習をすることです。 一人一人に、それぞれの成長のタイミングがあり、 年齢に関係なく、自分がハマれることがあるものです。 ぐっと集中している対象が、 その子にとっての、成長の部位であり、タイミングなのだろうと思います。 ーーー ほとんどの子は、数学者や文学者になるわけではありません。 学校の勉強を通じて、もっと抽象的で汎用的なことを身につけていて、 社会に出てから役に立つのは、そんな能力です。 (* 学校の勉強を通じても、たくさんのことを学ぶことができます。私がやっているのは、学校の勉強を使って、一人一人の能力を伸ばすこと。ついでに、狭い意味の「学力」もつけば、周囲からも評価されやすく、「おいしい」です) ーーー 逆に言えば、 どんな素晴らしい教材を使おうが、 どんな素晴らしい体験をしようが、 心が疲れきっていたり、 またははしゃぎ過ぎている状態では、 得られる果実は、多くはない。 そこがまた、おもしろいところです。 ーーー また同時に、 集中しすぎないことも大切です。 そのあとで、疲れて、 他のことができなくなってしまいます。 適度な集中と、休息を交互に行うことで、 学習効率は、今までの常識とは別次元に高められます。 人間の脳や、 もっと広く言えば生き物って、 とても不思議で、驚異的で、 興味が尽きないものですね。  

チキチキ夏祭りを完走しました。子どもたちの成長と笑顔に感謝です。

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 「チキチキ勉強し放題、夏祭り」 400時間を超えるのは、だんだん体力的に厳しいですが (去年は入院していたので開催できなかった) 子どもたちの笑顔に癒され、成長に勇気づけられ、 なんとか完走しましたー。 って、そんなきれいな話では済まない大変さはあるのですが それもこれも、未来の平和で暮らしやすい世界のためと思うと、 この仕事ができて本当にラッキーで幸せだと思います。

夏休み特別授業【英語の本を読む、映画やドラマを観る】『オデッセイ(火星の人)』『星の王子さま(Le petit prinnce)』『ONI~神々山のおなり』

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 夏休みに、英語の勉強をがんばった子もいます。 覚える勉強ではなくて、英語を英語のまま感じて理解する練習。 『オデッセイ(The Martian)』 『星の王子さま(Le petit prince)』 『ONI~神々山のおなり』 など #オデッセイ #神々山のおなり #星の王子さま #英語の本を読む

夏休み特別授業(AIと哲学対話篇) 『谷川俊太郎の33の質問』を一緒に遊ぼう

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  哲学対話(AIと哲学することはできるか) この夏、一人の中学生と取り組んでいたテーマです。 【問い】 今の生成AIは、 「早く、それらしい回答を、もっともらしく答える」 という方向に進化しているのではないか。 この道具を、人の思考を深めるために利用できないだろうか。 【対話1】 『谷川俊太郎の33の質問』という本から質問を選んで、 ChatGPT, Claude, Gemini, Copilot, Genspark, Perplexity, Manus などのチャット形式の生成AIに投げかけてみました。  結果は・・・ ぜひ試してみてください。 私たちがやったかぎりでは、おそろしいほどつまらない回答ばかりで、 そこから対話を続けるかどうか、悩んでしまうようなものでした(笑)。 【実験1】   生成AIの種類や、その中でのモードの変更によって違いはあるのか? 【実験2】   話の進め方を工夫することに、「対話相手」として成立させられないか。 【実験3】   自分に関する情報を渡しておくことは、有効か?  

『フェイクニュースの免疫学』を読みながら、「フェイクニュース対抗策」と、おまけとして「認知バイアスを利用した効果的な学習法」を学ぶ、【夏休み特別講座】

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学びは、一人ひとりの心の中で起こることで、学校や先生やコンテンツが主役なわけではないと思っています。

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  教育というと、学校や先生方を中心に語られることが多いですが、 「〇〇高校はいい学校だ」 「〇〇校長の取り組みが素晴らしい」 ちょっと気になっています。 これまでたくさんの子どもたちと多くの時間を過ごしてきて感じていることは、 どんなにすばらしい学校で、おもしろい授業や生徒同士の活動が促されているとしても、 【生徒全員にとって最適なわけではない】ということです。 ◆ 一部の子にとっては最高だけど、乗り切れていない子もいる 生徒の積極的な参加を促すような試みをしている学校で起こりがち。  先生や友だちとも有効な関係を築くことができ、この上ない経験をしている子がいる一方で、なんとなく乗り切れていない子も実際にはいます。 たとえば、1学年200人の学校で、目立って活躍している子が30人いたらすごい! メディアなどでも取り上げられて「いい学校」ということになるでしょう。 もちろん、そのこと自体はまったく否定しません。   しかし私が気にしているのは、すべての子に、さまざまな経験を一通りしてほしいということ。何が起こるかわからない未来に対して、いろんな準備をする大切な時期だと思います。 ◆ 授業はおもしろいけれど、子どもがついてきていないケース いわゆる「名門付属校」なんかで起こりがち。  先生は、時代に合わせたおもしろい授業を企画していると私も思うのですが、子どもたちからすると「いい迷惑」と感じてしまっている悲しいケース。「今まで通りなら、先輩からの情報が活かせて、もっと楽にできるのに・・・」と   「大人たちが何をしたいか」ではなく、 また、「いい学校」に入れてもらうことが目的なわけでもなく、 いつでも、どこにいても、誰といても、 心が「学びの姿勢」になっていれば大丈夫! 普段、家や学校では出せないいろいろな自分を出してみて感触を確かめることも大事。 失敗したって大丈夫。むしろ、うまくいかなくて当たり前。 学びの姿勢は、 おごらず、誰に対しても、何に対しても、フラットに見るところから始まります。

選別システムから、全員育成へ

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 旧来の考え方 先生の話を理解して、できた子が優秀な子である。 できる子を集めるのがいい学校である。  できる子が難しいこと(頭を使うこと)を行い 、そうでない子は命令通りに動く。 子どもはたくさんいて、一人一人にまでかまっていられない。 青山プレップスクールの考え方 先生の話を理解できなかったとしても、それは能力の問題とは限らない。 一人一人の頭の中(これまでの経験などから)は異なるので、ある説明のされ方がわからなかったとしても、別の説明ならわかる場合は少なくない。 誰にでも学ぶ権利はあるし、むしろできないと自信を失っている子ができるようになって希望を盛るようになる学校がいい学校である。 AIが普及する未来においては、「優秀さ」の定義そのものが変わる可能性がある。AIもそうであるし、他の人の力もそうであるし、いろいろな力を総合して、新しい価値を創造したり、困難を突破することが「優秀さ」かもしれない。 一人一人の子を、「数字」として捉えるのではなく、人として接する。  一緒に考えて、一緒に成長していくというモデルは、 まだなかなか実感してもらえないので、 コツコツ実績を積み上げていくほうが早いそうです。