2021年4月10日土曜日

数の感覚(その3: 1億のデザイン)

子どもだけでなく、大人たちも、もちろん私自身も、

本当に数の感覚を持っているのでしょうか。


今、書棚を整理しています。

遅々として進みませんが、最終的に蔵書は8千冊を超えそうです。

8千冊ってイメージできるでしょうか?

1年で200冊読むとして、40年かかります。

大きめの本棚にぎっしり詰めても、数百冊しか入りません。

段ボールに詰めると何箱になるんでしょう。


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今、学生や子どもたちにお願いして一緒に考えていることがあります。

『1億をデザインしてみよう!』

というものです。

日本の人口は1億2千万人ほど。まあざっくり1億。

この島国に約1億人が住んでいることを、わたしたちは本当に感覚として理解しているでしょうか。さまざまな社会問題、政治の問題、この国の未来をどのように考えたらよいのか。それがなかなかうまくいかないのは、わたしたちが1億人のことをありありと想像できないからではないでしょうか。結局、身のまわりの人たちが、「みんな」だと思っているのは、小学生と一緒です。


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たとえば、、、直径1cmの球を用意して、

1億個直線で並べると。。。1億cm=100万m=1000km

東京からだと、直線距離で鹿児島や根室あたり。

そこまでずっと、1cmの球が並んでいる。

ちっとも直感的ではありません。


では、平面で並べると、

1億cm^2 は、1万cmx1万cm=100mx100m=10000平米=1ha(ヘクタール)

野球場のグランドいっぱいに、1cmの球がびっしり並んでいる。

一応見渡せるけれど、見渡した時には1つ1つは見えない。


では、立方体を作ると、

1億cm^3 は、500cm立方くらい=5m立方くらい(それより少し小さくて良い)

20畳ほどの部屋いっぱいに、1cmの球がびっしり詰まっている。

どれもピンとこないなーと思っています。

もっと良いアイディアはないでしょうか!!


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「日本は」「日本の未来は」「日本人は」などの主語で

何かを語る人がいますが、

ここに今現在、または過去や未来にリアルに生きている

ひとりひとりのことを想像して語っているのかな?

自分の空想の中の「日本」(その空想は自分の身近な数百の事例からできている)

でもって全体を語ろうとしているんじゃないかな?


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うちに通っている子たちのなかにはは将来、

社会で重要な役割を担うことになる人が、結構な割合で混じっているのだろうと思います。

だからこそ、自分の責任の重さを実感としてつかんでいてほしいなと思っているのです。

2021年4月8日木曜日

数の感覚、数の概念(その2:対策のあれこれ)

うちの子は、数の感覚がないんじゃないか、

そんなご相談を受けての話。


人間が自然状態としての数は、(一目で識別できる、直感的という意味)

1,2,3,たくさん (すごい人で、7,8)


それ以上は、抽象概念として、人工的に獲得するもので、

かなり高度で難しいことなのではないでしょうか。


ではどうすればよいのか。

(地味すぎる話で「映え」ません。

 Aができたら、Bができ、そしたらCができ、

 みるみる・・・みたいな話にはなりません。

 ならないところが、生物であり、そこが肝だと思っています)


□ 数えること

たくさんのものをまずか数えてみよう。

ぼくがやっている中で一番みんなが興味を持ってくれるのは、

「お金」(なんとなく涙)なので、

100円玉をたくさん用意しています。

(interest の意味を知って高校時代に愕然としました。それは別の話)

1000枚ほどあります。

これを好きに数えてもらっています。

みんないろいろな数え方をしていて、見ていて楽しいです。

□ 束にする、かたまりにする

まあこんなのも、小学校1年の算数の教科書に書いてあるのです。ただみんなやってないだけ。

□ 測る、計る、図る、諮る、謀る

定規でもいいし、巻き尺でもいい、長さを測ろう。

体重計でもキッチンスケールでもいいです。重さも計ろう。

計量カップ、バケツなんでもいいです。量も計ろう。

ストップウォッチ、時計、なんでもいいです。時間を計ろう。

□ カウントダウン

数え上げるのに慣れたら、カウントダウン。

100から1ずつ。

慣れたら、200から、5ずつ。

慣れたら、350から、7ずつ(ぴったり0になるかな?)

□ 好きなことのなかの数字

スポーツが好きだったら、練習中いつも数えていると思います。

絵を描くのが好きなら、細かいところを書き込む前に、大きなレイアウトを決めるところからやってみましょう。

本が好きだったら、今日何ページ読んだかな。何冊読んだかな。

積み上げると何cmになるかな。

お金が好きだったら、投資ゲームみたいなものでもよい。

ゲームのなかには数字がたくさん出てきていて、

だけどインフレしているものが多いから、具体的な感覚には結びつきにくいんだよな―――。

□ スパルタ(量をこなす)

こんなオールドスタイルな勉強も、時には取り入れる価値はあります。

どのくらいの量だったら、どのくらいの時間と労力で片付けられるかを実感するため。

前提としては、かなりの程度できるレベルになってからやると良いと思います。

計算祭り、100問ノック!

など。

気持ちを盛り上げてからやりましょう。

処理能力は確実につきます。



結局、こんな簡単なことを、

じゃあ、本当にやっているか、わかった気になってやっていないか、だけの違いです。しかしそれが、子どもたちの将来を結構左右してしまうと思うと悲しいなあ。

そこはぜひ、ご家庭でもうまく誘導していただきたいと思います。

何でもやれば楽しい、わかれば楽しい、楽しければ上達する。

さらに、これからの人類(NovumpteryX と命名しています)にとってはこれでは足りません。

◇ 複雑なことを複雑なまま処理できる頭脳

◇ 指数関数的な動きを察知できる頭脳

◇ 大きな数を直感として理解できる頭脳

これらの開発のため、チャレンジングな課題を1つ設定していますが、なかなか滞っています。

ご協力いただける方がいらっしゃるといいなと思い、

それはつづきで。

2021年4月7日水曜日

数の感覚、数字の概念

 数の感覚、数の概念(その1)


新しい子どもたちとの出会いもいただいて、新学期も始まり、

春ですね。


算数苦手、数学嫌い、という子に対して親御さんから

「数の感覚がわかってないんじゃないか」という

ご相談を受けることがしばしばあります。


数の感覚


これについては、常々考えていることがあります。

数の感覚って何でしょうね。

そもそも、では大人たちは数の感覚を持っているのでしょうか。

ぼくは、数の感覚を持っているのだろうか。


結論からいえば、人間の脳が感覚として自然に認識できる数は、


1,2,3,たくさん


ではないかと考えています。

それ以上の数は既に、抽象概念、人工物だろうと。


いやいや、4,5もわかるよ。

10だって、1,234,567,890だってわかるよ。

うん、それもわかるのです。

だけど、本当に感覚としてわかっているのかな?

たとえば机の上に、17個の豆が乱雑に転がっているとして、

一目見て、直観的に、17個だとわかるでしょうか。

(2個や3個なら、できると思います)


子どもたちにクイズを出します。

「1億の次は?」

多くの子は、「2億!」って答えます。

うん、それが自然だと思います。

(1億を束として考えている、ということですよね)



感覚として数を理解するのってかなり難しい。



考えるきっかけになったのは、漢字です。

一、二、三、、、、ここまではとても直感的です。

四、これは、、、ギリギリ

五、これは既にかなり難しい、まあ何とか

六、これってもう、○○○○○○ではないだろう。

七、四より簡単に見える

八、もっと簡単になった

九、五より多いと思えない。

十、以下同様・・・


漢字がそうなだけなんじゃない?

写真を添付しましたが、やはり4くらいからすでに難しくなりそうです。


「手で数えるよ!」という子はかしこいですね。

手だと、5までは直感的にわかりますね。




ぼくは小学生の頃、授業中にひまで「1億まで数えよう!」と

思ったことがありました。ところが、授業が終わるころでも数百レベル。

次の授業もしっかり使って数えましたが、まだ数百レベル。

え、これっていつまでやらなきゃならないの?


計算しました。(我ながらかしこいな)

1秒に1つ数えるとして、(実際にはノートに書いていたので、大きな数を1秒で書くこと自体無理)

100000000秒÷60⇒1666666分(切り捨て)

1666666分÷60⇒27777時間(切り捨て)

27777時間÷24⇒1157日   (切り捨て)

1157日÷365⇒3.16年    (切り捨て)


寝ないつもり?

それでも、3年以上。

今、小6だから、数え終わるのは中3。

やめました。 (よかった。よくやめた)


それ以来、友達が「俺のほうが1億倍すごいぜ!」みたいなことを言ったら、「1億なめんな!」と。


国家予算が、100兆円?

世界の人口が、70億人?

日本の人口が、1億2千万人? (国民の声を聴くってどうやって?)

人間の細胞は、数十兆?

マンボウは、3億個の卵を産む?(すごすぎる)



では、大人たちはどうして、できているように思っているのか?

どのタイミングで、数の感覚を習得していくのでしょう。


* 実際には、今回のコロナ騒動を見ても、

* 400人だー、1000人だーと騒いでいるのを見ても、

* わかっていないように見えるのですが、それは別の話で。



日常生活や学校生活の中で経験できる数があり、

みんなそれなりに「わかった気」になって暮らしています。


これからの子どもたちは、それでは足りないと思うのですが、

少なくともそのレベルの感覚を身につけるためには

どうしたらよいか。


それを次回書いていきたいと思っています。



2021年4月1日木曜日

あべこべの日


今年もこの日がやってまいりました。


USO800 反転デー

今日の授業は嘘だらけ。

頭使い過ぎで、夜には朦朧となっているでしょう。






元写真はこれ。



2021年3月20日土曜日

オンライン学習が爆発的に開かれた


やった。修了証書来た。

東北大学大学院理学研究科 『銀河考古学入門』


2月に、仕事の合間に聴講した講義。オンライン学習万歳。


今は、edX.org の、とりあえずは、

Justice (Michael Sandel @ Harvard) を毎日少しずつ聴講。

https://www.edx.org/course/justice-2?index=product...


大学生や高校生にも薦めていますが、なかなかやらないですね。もったいない。

一緒に進める仲間やコミュニティがあるといいかな。



2021年3月19日金曜日

NHK全国短歌会


 NHK全国短歌会入選作品集(やっと開封した)

子どもたちを差し置いて、入選しちゃいました。

昨年、コロナ休校中に歌人の寺井龍哉さんにご協力いただいて

子どもたちと言葉で遊んでいました。


題詠: 生


ライバルは アンドレア・フリードリッヒ AIの

歌聖と呼ばれる 人工生命


私が、「ここまで遊んでもいいよ」と示した極端な例。

□ 「生」という感覚からは遠い人工生命

□ カタカナ、アルファベット、ひらがな、漢字、混在(数字はないけど)

□ アンドレア・フリードリッヒって何? 誰? 何人? 苗字?名前?

□ 字余り過ぎる

□ 歌聖? 意味が分からん

□ もはや人類はライバルでないかのような誇大妄想感・・・

AIと人工生命というところが、意味が被っていて、

それは心残りですが、こんな型破りなものまで選んでいただいて、度量の大きさを感じました。


子どもたちのも出してあげたんだけど今回は選ばれず。

でもまた今年もやってみようね、と。

2021年3月13日土曜日

女生徒にお勧めしている

 女子率が高い。それがずっと課題。

ぼくが何か言うよりは、本を読んでもらおう。













「はじめに」を一緒に読んだら、後はおまかせ。

最近読んだ(読んでいる)本は、

『Educated』

『ラボ・ガール』

『世界を変えた100人の女の子の物語』

『パワー』

『自分で始めた女たち』

『AUDREY』

『西行』(白洲正子)

『鬼滅の刃』

『憐れみをなす者』

少し前だけど敢えて書きたい。

『キリン解剖記』

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もちろん、性別で何かを語るのは括りが大きすぎる。

個人差・家庭差のほうが大きいのは間違いないが、

一方で、今まで自分に欠けていた視点や考え方に気づき、

ぼくとしても、いつも勉強になるなー、と。

男の子にも読んでもらいますが、

読むのが遅い・・・

数の感覚(その3: 1億のデザイン)

子どもだけでなく、大人たちも、もちろん私自身も、 本当に数の感覚を持っているのでしょうか。 今、書棚を整理しています。 遅々として進みませんが、最終的に蔵書は8千冊を超えそうです。 8千冊ってイメージできるでしょうか? 1年で200冊読むとして、40年かかります。 大きめの本棚に...