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1月, 2011の投稿を表示しています

風邪を召しました(by 大泉洋)

普段から気をつけて、 また、今週はちょっとやばいなーという感じだったので、 警戒していたのですが、、、 日曜だったのが、不幸中の幸いというか。

(FOI) 「正義」について(Michael Sandel 「Justice」)

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 Free, Open and Interactive Leaning Platform 第一弾は何にしようかな、、、と思っていたのですが、 ハーバードのマイケル・サンデル教授の『白熱授業: 正義について』にすることにしました。 Justice  with Michael Sandel  (@Harvard) 公式サイトはこちら。 http://www.justiceharvard.org/ 最初をこれにしようかなと思った最大の理由は、 『流行ってるから』 です(笑)。 昨年の夏以降、TV(特にNHK)で何度か紹介され、 東京大学での授業もあり、 また、書籍も出版され、雑誌の特集記事も数を多く出てきます。 ただし、最初は正直懐疑的でした。 9・11やその後のアフガン、イラク侵攻、 エンロンなどの企業不祥事、 サブプライムローン問題から端を発した世界恐慌。。。 アメリカ人が、「正義」について、もう一度考えてみる そういう授業をエリート中のエリートが集まるハーバードでやる意味は、 ぼくなりに納得できます。 でもそれを、日本で有り難がってやる必要があるのかなと。 逆に言えば、日本は『正義について』よりも、 『自由について』や、『国際社会における日本の役割』 なんかを、真剣に議論した方が良いと思うのですが。。。 つまり逆に言うと、この手の話題(正義について)は、 高校生くらいの時に、国語(文学)や歴史の授業の中で、 また、学校に何人かいる「早熟な子」が、話題をもってきたりして、 大学生になる頃には、何度か経験しているはず。 大学生なら、もっと難しいところから始めても良いのでは。。。 と思って、もう一度よく考えてみると、 もしかして、、、 今の高校の、国語とか歴史の授業って、 テストで点取ることしか教えてないのかなあ。。。 予備校ならいざ知らず。。。(予備校であっても、どうかと思いますが)

東大生の募集・面接

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 昨日の記事:  『どうして、みんな東大生?』 少し前の記事:  『 先生たちは、多士済々 』 ずっと前の記事:  『 塾講師のバイトなんてやってちゃだめだよ 』 ずっと前の記事:  『 教えたい!人 お断り 』 そんなこといいながらも、 良い学生 に来てもらわなければなりません。 それは、至難の業で。。。。(うそです) 募集や面接は、以下のようにやっています。 □ 紹介です。 今いる学生(先生)にお願いして、『うちに合いそうな子いない?』。 (※ 公募・自推は、実際当たりもあるけど、打率低すぎ。 ネットで。。。って限界ありますよね) □ 面接は、ほとんどお話し 出身はどこで、兄弟の構成はどうで、お父さん、お母さんはどんな人で。。。 小学生時代は、どんな子で (一応勉強のことも) 中学生時代は、どんな子で (一応勉強のことも) 高校生時代は、どんな子で (一応勉強のことも) 何で東大を受験したのか? ○○(教科)って、結局いったい何? 得意科目は何か、どんなふうに勉強していたか? (この辺は塾らしい?) 東大入っておもしろいか? 今何に興味があるか?どの授業が面白いか? 将来どんなことがしたいか? などなど 実際には、ここまで質問調ではなく、お話しの中に、時折そんなことを混ぜています。 実際、『出身地(愛媛)いいねえ、という話しで終わっちゃった』という印象を受けてしまった人もいるみたい。。。 □ 食事 よりリラックスした雰囲気で、何でも話してもらえるように。 □ 面接で何を見てるか? 1.常識人か? 天才を探しているわけではないので、 また、受験マシーンを探しているわけでもないので、 そして、一応はチェックしておかないと。 服装、言葉づかい、地元に関する知識。。。 2.論理的に考えて思考できているか? 家族のこと、小さいころのこと、当然ぼくは知りません。 そういったことを、相手に伝わるように、 筋の通った話しができるか? ぼくからの質問に、的を射た応えができるか? 3.大切にしていることは何か? 明るい未来を希望でき、 信念(らしきもの)を持っているか? 4.どんなタイプか? まあ、結局一番大切なの

どうして、みんな東大生?

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 青山プレップスクールの先生たちは、 ぼくを除いて、みんな東京大学の学生たちです。 どうして? 結論から言えば、「たまたま」です。 はじめのころは、他の大学の先生もいました。 塾講師や家庭教師を、ひたすらやっていて、 「生きるための勉強を教えたい」とか。 しかし、今は、むしろ普通の東大生たちです。 そのように舵を切り直したのには、理由があります。 × 「夢は、学校の先生です」というのが、本当に夢なのか、自分の手近なところで安住したいだけなのか、ぼくには後者にしか思えなかった × 「塾でたくさん教えてます!」、「偏差値を○○あげました」と言われても、ぼく自身がピンと来ないのと、実際の授業を横で見ていて、まあ普通だな、と × 学校にもろくに行かず、塾のバイトばかりやっているので、世界が狭い。結局、学校のことと受験勉強のことしか知らない × そのくせ、「他のバイトとは違う」というプライドがあるのか、成果出さなくてもお金はたくさん欲しい × 時間にルーズだったり、責任感に乏しかったり × 結局は、供給者側(自分)のことに主眼があり、「教えてやってる」という気分が抜けない とまあ、やれやれな感じでした。 それ以外に、たまたま うちのHPを見てくれて、やり方に共感してくれて、 頑張ってくれていた(る)東大生の子がいて、 その子からの紹介、紹介で、今の形になっています。 そこでぼくが学んだことは、 ○ 東大生であれば、経験がなくとも、学校の勉強のことは、まあ問題なく教えられる ○ 東大生に足りない部分は、ぼくが補える ○ 1人の先生に、能力以上には担当させない ○ 時間は間違えないし、責任感も強い ○ 「こうした方がもっと良いのではないか」と提案できる ○ 点数取るための勉強ではなく、幅と奥行きをある程度知っている ○ 教えるのではなく、「学ぶ上級者」として、アドバイス 本当は、もっと能力のある彼らは、もっと自分の能力を磨けばいいと思いますが、 その一環として、 「わからない人の気持ちになる」 「目の前の現実から自分が何かを学び、それを次に活かす」 という貴重な経験になっていると思います。 もちろん、

10年見続けられること

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 学校ではできなくて、 受験目的の予備校でも出来なくて、 なぜかやたら高額な家庭教師にも出来ないこと。 1人の子を、10年続けてずっと同じ視点から見ていてあげられること。 ぼく自身、社会人1年生の時から、 会社はいくつか変わりましたが、 13年にわたって、上司は1人でした。 1人の人から、10年以上ずっと見てもらえることの ありがたさと、安心感は、 ぼく自身が、かなりよくわかっていると思います。 小学校は6年ですが、1人の先生というわけではないでしょう。 中学〜大学も同様。 会社に入れば、部署異動なんてよくあることですので、 本人が望むかどうかは別として、 そういう機会は、現代ではかなり少ないケースだと思います。 (職人の世界みたい) まだ、青山プレップスクールは、はじめて3年半ほどですので、 長い子でも3年ほどですが、 受験が終わっても、 もう通わなくなっても、 大学生になっても、 いつでも来てくれれば、「その時困っていること」に全力でお応えしています。 (こちらからしつこく連絡しているわけではなく。  まあ、それもぼくをご存知の方はわかると思いますが) もちろん、通常は大学生になれば、新しい生活に忙しく だんだんフェードアウトしていくことが多いですが、 彼らがまた就職活動を始めたり、 また仕事をするようになったら、 また、「困ったこと」、「面白かったこと」いろいろネタも出来るのではないかと思っています。 そのくらいたった後に、「あー、こんな変な塾に通ってて良かった」 そんな風に思ってもらえればなあと思います。 目先のことももちろん大事ですが、 そのことのみでその人を評価するようなことはしません。 テストの結果がどうだった、受験に受かった、受からなかった。。。 人生いろんな時期があって、いろんな経験をして、少しずつ大人になっていく その過程、そのタイミングで、学ぶべきことを上手に学べるような そんな準備と練習が出来ていけばいいなと。 目の前の現実を、 「起こったことは必然だ」 「勝ちに不思議の勝ちあれど、負けに不思議の負けはなし」 と捉えて、 かつ、前向きに、建設的に、負けないぞ!と思って

塾を始めたいと思っている方へ

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 ちらほらではありますが、『新しく塾を始めたいんだけど』という方からの 相談をお受けすることがあります。 それだけ、(素人目に見ても) もっと何とかならんのか! もっといくらでもできることはあるだろう! と思える現状の既存サービスのサービスレベルなのでしょう。 (実際、ぼくもその様に思っていましたし、現在も思っているわけですが) ただし、相談をお受けした際には、大抵は『否定的』なことを申し上げます。 ※ それが、「競合が増えると嫌だから」とか、 そんなレベルのことではないことは、ぼくをご存じの方はお分かりいただけると思うのですが。。。 根拠となる視点は、主に以下の2点です。 1.ビジネスとして儲からないこと 2.安易にやってもらっても。。。 以下順番に。 1.ビジネスとして儲からないこと もちろん、やり方によるとは思いますが、 基本的には、『少子化』の時代です。 そして大手は、合従連衡、どんどん巨大化しています。 また、学校もさすがにいつまでも今まで通りということはないでしょう。 最終的には、「税金」を投入して、その気になれば何でもできます。 市場が小さくなっていて、競合は強くなっていて、 一個人で何ができるのか? 経費の大きいモノは、家賃と人件費。 家賃は、駅近できれいな物件がいいのでしょうが、 現実的に、平日午前中などは、遊ばせてしまうことになります。 その遊ばせている時間も、実質的に家賃は発生しているわけです。 人件費については、 ぼく自身は、自慢にもなりませんが(もはやネタにしてますが(笑))、 前職から比べると半分以下。 安い人を使って、、、なんて思えば、確実にサービスのレベルは下がるんじゃないかなと思います。 (安くしようと思ったことがないのでわかりませんが) (そして現実、塾産業はみんなそうやっているようにも、ちらほら聞きますが) 自分の時間だって、掛けようと思えばいくらでも掛けられるし、 そうしなきゃって思っちゃうので、 大変なばっかりで、生活もぎりぎりに落として、先行き不透明で、 それでもやりたいんですか? と。 2.安易にやってもらっても。。。 それでもいいんだ、とおっしゃる方もいら

斬れば、血が飛び出るような言葉

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 いつも、いつも、気を付けていること。 昨日より、今日。今日より、明日。ぼくが成長しなければならないこと。 それはやはり、『言葉』です。 本当に、隅々まで『血』の通った、斬れば血が飛び散るような そんな言葉で、子どもたちと接しなければならない、と。 一語たりとも、気の抜けた言葉、不用意な言葉を使うべきでないと。 毎日神経がすり減りますが、日々成長していると思います。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^ 

ケアレスミス 問題読み飛ばし

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 『問題文をよく読まない』 という間違いは、特に小学生(中学受験)で多いと思いますが、 傍から見ると、とってももったいない。 どうして? そこ読み落としてたら、 その後いくらあっていても、 点数にもならなければ、 掛けた時間ももったいない ってことになっちゃうのに。。。 でも、大手塾に通って、たくさん宿題をこなしていると、 むしろ、そうなってしまうのは、自然なことだなあと、ぼくは感じます。 (もちろん、大手塾の良いところもあるとはいえ) 彼らを見ていると、 とにかく、『やたら難しい問題』を、魔法のように解きます。 どうしてそう解いたか? 考え方を聞いても、まずまず間違っていません。 この子は天才だ! と思うのですが、 実は、そっくりの問題をひたすら繰り返しているのですね。 「この手の問題は、こうやればできる!」 というのが、頭に入っているわけです。 ところが、その『技』を習得する過程において、 大事なものを失ってしまっています。 それが、『問題文を読む』という行為。 読み飛ばすんじゃなくて、そもそも読まないんですね。 図なり、いくつかのキーワードの問題で、 『この問題はこう解けばいい』 と、知っている問題であれば、 後はもう、適当な数字を拾って組み合わせるだけ。 問題文全体を読むのではなく、 必要な個所だけ効率よく読むというトレーニングがされてしまっているのです。 (それはそれで、大事なことですが) だから、数字を変えられるくらいならば、対応できますが、 少しいじわるされると、まんまと引っ掛かってしまいますし、 もう少しいじられると、「わからない(=知らない)」となってしまいます。 その対策として、塾の方では、 『少しひねられたパターン』 として、そちらも繰り返し練習することによって、 新しいパターンを習得させようとしているようにみえます。 ※ 悪い見方をすれば、そうしている限りはいくらでも問題を増やすことができ、 彼らの経営を大きく支えているように見えます。 『一を聞いて、一を知る子』が、大量生産されているなあと。 ぼくは(青山プレップスクールは)、 『一を聞

たった一人の戦い

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 いよいよ大学入試センター試験ですね。 幸い東京は、特に荒れた天気でもなく。。。(とても寒いですが) 今まさに、受験生たちは、孤独な戦いをしていることでしょう。 試験会場に入ってしまえば、そして開始のベルが鳴ったら、 もう誰も助けることはできません。 家がお金持ちだろうが、そうでなかろうが、 家柄が良かろうが、親が有名人だろうが、 たくさんの友達がいても、先生がいても、 最後の勝負の時は、一人 という経験は、大変貴重な経験だと思います。 (死ぬ時は一人) がんばれ ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^ 

学び方を学ぶ

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 青山プレップスクールで教えているのは、 ぼく以外は、みんな現役の東大生です。 先生が東大生だと、自分は頭が良くても、 教えるのがうまいとは限らないのでは? 当然、そういう懸念はありますし、 ぼくが厳選した(?)学生たちではありますが、 みんな『教えるプロ』を目指しているわけではありません。 国際協力に興味がある人 ゲームが好きな人 官僚になりたい人 音楽が好きな人 昆虫が好きな人 子ども(と言ってももっと小さい幼児)が好きな人 模索中の人 それぞれではありますが、 ぼくはむしろ、『教育やりたいです』なんて学生はあまり好きではないので。。。 (夢が小さい) 話しは逸れましたが、なぜそれでよいと思っているかというと、 わかりやすい教材、万人受けする上手な教え方、などは すでにたくさん流通している からです。 現実には、学校の先生の教え方があまりよくないケースはありますが、 自分が興味があれば、 書籍、インターネットで文献を探したり、最近では動画もたくさんあります。 コンテンツは、もう溢れている と思うのです。 では、足りないのは何か? それは、情報の発信側ではなく、 受け取り側の技術 それを、『学び方』と呼びます。 同じ話しを聞いても、同じ情報を得ても、 人によって解釈の仕方、記憶に残すか残さないか、そこからさらに深く自分で考えられるか は、まったく異なります。 人の話を聞いたり、本を読んだ時に、 どのように学んでいくか? その術を、学びとって欲しいのです。 教え上手から、わかりやすく教えてもらってその場ではわかったとしても、 自分で学ぶ力が育たなければ、 それにいったい何の意味があるのか。。。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^

「士農工商」気質分析

Free,Interactive,Open larning platform の青山プレップスクールです。 職業に対する気質の話しの続き。 (ここまで来ると、遊びに近いですが) もう一度おさらいです。 士: 自己研鑽と規律を重んじる 農: 自然(環境)への感謝と仲間との協調 工: 美意識と作品 商: 現実的利得と臨機応変 これらは、じゃんけんのような関係になっています。 士は、規律を作って、農を支配する 農は、食料を作って、工を支配する 工は、商品を作って、商を支配する 商は、資金を作って、士を支配する 自由(分散)⇔規律(集権)軸 士、農は、規律(集権)を重んじる 工、商は、自由(分散)を重んじる 個人⇔集団軸 士、工は、個人の資質 農、商は、集団の資質 拙速⇔品質軸 士、商は、スピードを重んじる 農、工は、品質を重んじる 最後の方になると、何とも言えないものもかなり混じってきて気持ち悪い。 もう少し考えます。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^

ぼくが気にする4気質(士農工商)

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 キャリアとか、仕事とか考える上で、 ぼくは、その人がどの気質タイプなのかな?というのに注目してアドバイスするようにしています。 とてもざっくりではありますが、 『士農工商』の4タイプです。 これは何を意味しているかというと、 自分が本当に困った時、 結局最後の最後、何を拠り所と出来るか? これは、それまで生きて来た中で、あらゆる経験が結晶となり、 自分を形作っているものであり、 逆に言えばそう簡単には、覆すことが出来ないものであると思います。 では、それぞれタイプ別に。 □ 士 自分で決めたこと。自分自身の向上を目的とする。 自分に厳しく、人に優しく。 最後の拠り所は、自分自身または、全く知らない他人の笑顔。 □ 農 「流れ」を受け入れる。 仲間を大切にし、和をもって貴しとなす。 最後の拠り所は、仲間、生まれた土地、学校、組織。 □ 工 「美」の追及。 ものごとの真理や、ものごとの背後に潜む美しさに興味。 最後の拠り所は、自分の作品、または美意識。 □ 商 現実的利得の追及。 観念的なものではなく、あくまで現実的なもの。 最後の拠り所は、自分の作品、または美意識。 必ずしも職業の話しではなく、「気質」のたとえ話としてです。 (現実には、農業をやっている方で職人気質の方はいらっしゃるでしょうし、 政治家をやっていても、商人気質の方もいらっしゃるでしょう) 本当に自分が困った時に、何を頼りに出来るかと言ったら、 過去さまざまな経験から醸造された、「気質」に依存してしまうと思います。 そして、どういう自分になりたいか、どういう自分でありたいか、は、 環境や能力以上に、この『気質』を形成していく過程ではないかと思います。 ですから、ぼくも生徒さんに接する際には、この『気質』がどのように育っていくべきか これにいつも心を砕いています。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^ 

キャリア教育に対する違和感。。。仕事じゃなくて、気質タイプでしょ!

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 長い景気低迷 ↓ 新卒者の就職難 ↓ 20代の消費減少 ↓ 国内景気の低迷 ↓ 一部の儲かっている会社への人気集中 ↓ そこへ入るための、学歴主義 ★ 景気が悪い時こそ、本当の実力を養うべき ★ 先行き不安だからこそ、虎の威を借らずに、真の実力を付けるべき と、ぼくなら思うのですが、、、 中学校を中心に、ぼくたちの時代にはなかった、 「キャリア教育」も、一部熱心に行われています。 ただ、内容がなんとも、、、寂しい、空虚だ、形式的だ、アルバイトと一緒じゃないか、、、 学校は集団でやるところ (という決めつけも、遅くとも100年後には皆無になっているでしょう) だから、仕方がないのでしょうか。。。 「お菓子好きだから、お菓子屋さん」 幼稚園レベル。。。 こんなことで、今どきの中学生が本気になれるはずがありません。 社会全体が、「教育」を取り囲んだもの、含んだものになること 一部の『教育者』から、教育を取り戻すこと それが、青山プレップスクールがやっていかなければならないこと。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^

どうして本気になれないか?

以前の記事 でも書きましたが、 何かに本気になる、本気を出すことは、 そう簡単なことではないと思います。 (だから練習が必要、というのが、前の記事) まして対象が、「学校の勉強」である場合、 『自分のためだよ』 という言われ方をよくします。 もちろん、それは理解できます。 でも人は、「自分のためだから」として、 本気になれるものでしょうか? よほど、「自分のやりたいこと」が決まっている子でない限り、 (さらに、その対象が学校の勉強と直結) 『どうせ自分のことなら、なんとかなるさ』 ぼく自身を振り返っても、(今でも) 『自分のためだよ』と言われると、「ま、いいか」とどこかで妥協が生まれてしまいます。 つまり、より高次な目標に変えた方が、 人間頑張れるのではないかと思います。 大人でも同じではないでしょうか。 ※ 家族のため ※ 会社や仕事のため (は最近はないか。。。) ※ 同僚のため ※ 社会のため、日本のため、世界のため。。。 子どもたちも同じだと思います。 ★ より高次の目標を設定すること ★ それに見合った、自信を養うこと 人間、本気になりさえすれば、大抵のことは出来るのではないかと思います。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^ 

先生たちは、多士済々

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 もう昨年のことになりますが、 塾始まって以来初めて(!)、先生の学生たちと忘年会をしました。 他の予定が既に入ってしまっていた人や 当日急に風邪をひいてしまった人も数名いたのですが、 15名の大(!)忘年会でした。 ※ 3年前は、1人でしたから 担当生徒さんへ、年賀状のメッセージを書いてもらうことと、 また、今年から青年海外協力隊でエルサルバドルに2年間行って来る 伊藤君の壮行会を兼ねて集まったわけですが、 改めて、よくもここまで優秀な学生たちが集まったものだなあと。。。 全員東大生であるのですが、それは結果論であって、 優秀な人を紹介してもらっていると、自然とそうなっただけなのですが、 でも、単なる東大生だというのとは、一味もふた味も違うと思っています。 『それぞれが個性的であり、かつ基礎能力が高い』 うわべのことではなく、「コミュニケーション能力が高いなあ」と思います。 言い方悪いですが、もう1ランク落ちると、 自分の得意分野なら話せるけど、そうでないと何も話せない。 (まあ、ぼくの学生時代はそうでしたが) でも、彼らは何か自分で考えて、自分の意見を言おうとしますね。 優秀な人たちと日々会話できるのは、 幸せなことだなあと、 しんみり感じました。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^

世界を良くする創職系

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 昨年末から、シュート株式会社の高木社長と一緒に、 『世界を良くする創職系セミナー』 というものをやっています。 学校の勉強も大切ですが、 これからの世の中を考えると、 ※ 今までにないものを創造する力 ※ グローバルな視野で社会全体に対して、新しい価値を創造すること ※ 会社に縛られない働き方 そんな能力が、より必要になってくるのではないかと思います。 つくるものは、所謂モノづくり的なものでもいいし、 プログラムや、ビジネス、ネットワークといった、ソフト的なものでも良いと思います。 ただし、ただつくるだけでは、十分でないとぼくは考えます。 それをつくるにいたった経緯、思い、創造される新しい価値について、 製作者自身が、自分の言葉で語れ、 さらにできれば、『世界同時発信』することが とても大切になってくると思います。 残念ながら、今の学校の「情報」、「英語」、「国語」の授業などは、 生徒さん達から伝え聞く限りですが、 ちっともそのような空気を感じないのが残念です。。。 (あまりにも旧態然としていて、むしろ感心するくらい。。。) 何も、好きなことを求めてフリーターになれ、 大学生からいきなり起業して社長になれ、 などとは、さらさら言う気はありません。 (むしろ、そういう経験をした人が、官僚なり大企業で バリバリ働いて欲しいと思っています) そこに行くために、そうなるために、 生徒・学生の間に、新しいチャレンジをたくさんして、 たくさん失敗もして、 世界で戦うための『勘』を磨いて欲しいと思うんですね。 そのための『創職系』です。 幸い、優秀な学生がたくさんいるので。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^

ケアレスミス対策 (交通事故に学ぶ)

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 数学(算数)で特に話題になりますが、他の科目でも、 『ケアレスミスさえなければ。。。』 そうは言っても、実際なかなか無くならないのがケアレスミスです。 ぼくはいつも、「交通事故と一緒」と思っています。 誰もが望んでいないけど、 決してなくならないという意味で。 とはいえ、減らすことはできるはずです。 ヒントはやはり、交通事故にあるのではないかなと。 交通事故の原因としてあげられるものは、 □ スピードの出し過ぎ □ 脇見、不注意 □ 居眠り、飲酒 などですが、表面を一枚めくってみると★ 過信 (≒技量不足) ★ 焦り ★ 他のことを考えている (またはぼーっとしている) したがって、 単に技術的にな問題 (つまり、「もっとたくさん練習しなさい!」) とはいえず、 また単に注意を促すだけ (つまり、「もっと注意しなさい!」) だけでは、片付かない問題であろうと。 ぼくがいつもアドバイスするのは、以下の3点セットです。 (算数、数学に特化していますが) 1.技量を磨くこと もっとも基本的な部分で、基礎計算力を高めます。 具体的には、特に以下の3種類の練習をたくさんしてもらいます。 ・引き算   ← 一番難しいと、ぼくは思います ・約分    ← 使用頻度が高いです ・x2、÷2 ← これも使用頻度が高いです 2.性格を知ること、改善すること いきなり大きな話しになってしまいましたが、 車の運転も同様で、「危ない性格」というのは、やはりあるかなと。 『油断しがち』、『大体のところで満足』、 『注意散漫』、『実力以上に見せたがる』など。 誰しも少しは持っているものだと思いますが、 そういうものを押さえこむ練習は、単に学校の勉強だけでなく長く役に立つ(すぐには実現できない)ことではないかと思います。 簡単に出来るところでは、『写経』のように、何かを写すことをお勧めしています。 3.知識と経験 「一般的に、こういう場所でミスしやすいよ」 「私は、こういう場所でミスしやすいよ」 という知識、及び経験に基づく知識は、やはり役に立ちます。 「特に経験に基づく知識を使う」といったことは、他いろんな場面で応用可能。 後は、

自転車通勤

自転車通勤を再開しようかな。 電車で40分、自転車で40分なら、 晴れた日は運動も兼ねて。

海外留学にも2種類あるんだな、と思ったこと

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 現在の就職難は深刻で、早稲田大学に行っていても 就職できないケースはざらざらあるそうで。 幸い、うちの先生たちは、大学は違いますが(東大) みんなほんとにしっかりしてるので、いまのところ大丈夫ですが。 それと関係あるのかないのか。。。 アメリカの大学院でMBAを取得するために留学されたいという方が たくさんいらっしゃいます。ハーバードとか、MITとか。。。 その入試にも数学が必要で、 そのお手伝いをさせていただいておりますが。。。 お仕事ぶりが垣間見られるようで、 なかなか興味深いです。 1を聞けば10を知る人、目から鼻へ抜けるような。。。 これまでもしっかり仕事をされて、 更なるステップアップを目指して留学されるんだろうな。 きっと留学先でもたくさんの貴重な経験をされて、 戻ってきたらさらにたくましくなってるんだろうな。。。 一方では、「正解」なり「解法」というものが存在し、 とにかくそれを覚えよう、覚えなければ仕方がない、 と、自然とそういう風に頭が動いてしまう人。。。 この違いは何の違いによるのだろう。。。 文系とか理系とか、そういうことは全然関係ないです。 「答えを覚える」、「やり方を覚える」式で、 その場をこなしてきただけか、 「それなりに興味を持って」、「自分で考えて」 何事も主体的に取り組んできたか、 ただ、あるものを「こなす」ことだけしか考えなかったか。 じゃないかなと思います。 この差は、これから未来を生き抜いていくには、 相当大きな差だろうな。 そんな風に感じます。

仕事始め

みなさま、新年明けましておめでとうございます。 新年最初の授業が始まりました。 メールサポートは昨日も一昨日もしていましたので、 休みらしい休みでもありませんでしたが、 受験生にとっては、試験が終わるまで正月気分でもないでしょう。 目の前のことから、絶対に逃げない、 という姿勢は、受験に限らず(むしろその後の人生において) とても大切です。 そういう一つの試練として、しっかり乗り越えましょう。 1つ1つ、試練を乗り越えていくことで、 新しい展望はどんどん開けていきます。 受験生に限らず。 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 青山プレップスクール 井上 泰輔