2009年1月6日火曜日

サブタイトルを変えてみた

あまり、こんなことしない方がいいんでしょうね。。。

  でも、なんか重々しくって。。。(じゃあ最初からもっとよく考えろ!)

ということで、「たのしむどー」

本当は、「楽しむ道」なんだけど、細道と道かぶりになってしまうので、ひらがなにしました。次に、「どう」か「どー」で迷いました。どーの方が勢いがあって、たのしむとの相性がいいかな?

そもそも、「楽しむ道=たのしむどー」にした理由は?

これまで生きてきて、そこそこたくさんの本を読んで、そこそこたくさんの人にもあって、
これから先のことを考えるときに、

時代の流れとして結局、「楽しんだ者勝ち」の世の中に向かっていく傾向が強いのだろうなと思います。

それは、最近読んだ、『私塾のすすめ』(齋藤孝/梅田望夫)の影響もかなり強く出ています。

  そして、2007年に創った青山プレップスクールと言うのは、ひとつのリアルな形での「私塾」であると、私は捉えています。

そして、仕事を通じて、また何度か転職を繰り返したり、さらにまったく異業種に飛び込んだりしながら、
一流の仕事をする人を間近で見ていて感じたことは、

「楽しむ」ことは、技術である

ということです。

つまり、

  • その技術を持っている人は、いろんな場所で、いろんな対象に対して、「楽しむ」ことができ、結果として仕事の成果もついてくる。
  • 一方その技術を未開発の人は、さまざまなネガティブ要因に引っ張られて、楽しくないばかりではなく、結局仕事の成果も、良くても及第点。満点の決まった減点ゲームになってしまっている。
今後の社会が、グローバル化の影響か、ITをはじめとした技術の発展の影響か、中国インドなどの急成長の影響か、地球温暖化の影響か、二世議員の宿命かはわかりませんが、

より「個」が際立った形での、チームプレイ(=プロジェクトワーク)が求められるのであれば、

楽しむ技術は、その重要性を増し、単なる技術という枠組みを超えて、生き方そのものに深く影響を与えると言う意味で、「道」と呼ぶのがふさわしいのではないかと感じ始めました。
(ちょうど、甲野善紀さんが、「古武道」ではなく「古武術」であるとおっしゃったのと逆シンクロとして)


とはいえ、今更「道」というものを私が唱えるのは、やはり不釣合いな気がして、

「どー」または、「どう?」くらいが、ちょうど良いのであります。


ということで(どういうこと?)、今後ともご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

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勉強って面倒くさいですね。 そしてそれに付き合うのも、同じくらいかそれ以上に面倒くさい。 ===== やってみせ 言って聞かせて させてみて 誉めてやらねば 人は動かじ ===== この仕事を始める12年前 あー、なんて面倒くさいんだ。ぼくには絶対にでき...