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ムリとか、簡単に言わない!

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 言葉は、変わっていくもの。 だから、それはいいのですが、 言葉は現実化するもの、ということもまた、あるわけで。。。。 もう口癖のように、「ムリ」って言う子は、いますね。 (子とは、もう呼べない年齢まで含めてもいいかも。。。) 確かに、ムリなことは当然あります。 しかし、少なくとも学校の勉強においては、ムリなことは、ほとんどありません。 必ず答えがある問題しか(たとえ国語であっても)、学校では扱いません。 それが、現実とはまったく異質なところ。でも、仕方ない。 学校でやっていることは、結局、きれない「結晶」なのです。 絶対に答えが出せる問題です。 そして、さらに朗報が。 たとえば、小学6年生の問題を解いているとして、 そこに出てくるのは、大学生が解くような問題ではありません。 また、小学1年生が解くような問題でもありません。 ちょうど、小学6年生が、できるかな?っという問題しか出てこない。 そんな当たり前のことを、まずは十分に認識しておく必要はあると思います。 絶対にできるはず、できないとしたらそれは自分の何かを修正しなければならない。 何でもすぐに、他人のせいにする大人にしないためにも。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^

塾に行くより、効果があること

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 小学生や、その保護者の方に、 最近よくお話ししたり、授業レポートに書いたりしていること。 ★★  ドリルをやるより、日常の中で頭を動かそう  ★★ 【国語】 テレビを見ても、街を歩いても、 そこには日本語があふれています。 ◆ 漢字があったらそれを読んでみて、「この漢字には、こういう読み方もあるんだね」 ◆ 看板や表札を見て、「変わった名前だね、先祖はどういう人なんだろうね」 ◆ 5・7・5の標語があったら、声に出して読んでみる ◆ 慣用表現、ことわざも、出てきたときに、その体験とともに頭に入れましょう。 ◆ ものごとを、きちんと説明する練習をしましょう ※※ ただし、これはあまり厳しく評価するのは、きついです。 ※※ できる範囲を少しずつ。 ※※ あくまで、【頭を動かす】習慣をつけることが目的です。 【算数】 身の回りには数字があふれています。 数字を見たら、単なる計算をしてもいいですが、 そこに意味のあることを考えることが、 文章題上達のポイント。 ◆ 電車に乗るとき: 子ども料金が○円なら、大人料金はいくら? ◆ 家から学校まで歩いて15分だったら、歩いて30分の距離ってどのくらい? ◆ 大きさと値段の違う2つの商品、どっちが安い? それってどうしてかな? ◆ 1ダースのチョコレート、1粒いくら? ◆ ものの数え方、単位 ◆ 200ページの本を40ページまで読んだよ、全体の何割読んだかな? この40ページを読むのに、2時間かかったよ。じゃあ、残りを読むのに何時間かかるかな? ◆ このレシピは、4人前だけど、 うちは5人家族だから、塩はどのくらい入れたらいい? 【注意事項】 あくまで、そんな風にいつでも頭を動かすことが目的です。 その場その場の答えがあっていても、間違っていても、 また時間がかかり過ぎていても、 基本的には、放っておいてください。 ** そこで厳しくあれこれ言ってしまうと。。。 ふーん、そういうことを考えるものなのか~ ふーん、そういう見方があるんだな それだけのことですが、 この「それだけのこと」が、 実はとっても大切なんじ...

『わかる』瞬間まで、絶対に教えない!

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 みんなにみんな、そうやるわけではありません。 あくまで、そのとき、その子にとっての、【ベスト】を追求しているわけですが。。。 とはいえ、【教え過ぎても、結局ダメ】だな、というのは、日ごろからよく感じることで。。。 ですから、【辛抱強く待っている】 というときは、よくあります。 もちろん、ただ待つわけではなく、 ちょっとした見方を変えるヒントを出したり、 わかっているところまで一緒に戻って、そこから一緒にやり直してみたり、、、 【教える】ことが仕事ではない、 【一緒に同じ悩みを共有する】ことが仕事。 よく言われることではありますが、 それを、真に受けて地で行っている感じでしょうか(笑)。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^

(勉強全般) 結局のところ。。。「同じとみなす」という能力が問われているだけ

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 勉強ができる子と、 そうでない子を たくさん見ていると、 結局のところ、 【同じとみなす能力】 の差が出ているだけなんだなと思います。 それが、結局抽象度の高い思考であったり、 整理分類、類型(パターン)化などへ。 それはそれで、確かに大切な能力。 ぼくもおそらく、それは得意な方で、 その便利さを享受していると言えるでしょう。 一方では、過度な抽象化、パターン化は、 物事から具体性を取り除き、 逆に、物事の本質を見失う原因にもなります。 (*原発事故など、その典型。 安全だという証拠だけを、抽象的に積み重ねた結果。。。) 設計図だけの世界、理論上の世界、学術上の世界、 そういう空中戦の世界から、 今はまったく地上戦の世界ですが、 毎日、発見に満ちています(笑)。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^

言葉のインフレ

実感を伴わずに、 『カッコ良さそうな言葉』 を使ってみるというのは、 今も昔も、大学生の習性だと思いますが、 最近はほんとに、言葉がインフレを起こしてると感じます。 ぼくも昔は、こんな地に足のつかないことしゃべってたかな? しゃべってたよな、きっと。

人並みと、他人並み

『人並みの暮らし』 とか言っている人の、ひとなみは、 『他人並み』 であることが多い。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^

(理科、国語) 飼われている動物は、幸せか?

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。 月曜: 英語 火曜: 数学 水曜: 国語 木曜: 理科 金曜: 社会 土日: それ以外 小学生とやった、昨日の課題。 『動物園の動物は、幸せか?』 といったテーマで議論してみよう! というものでした。 肯定派の意見と、否定派の意見とそれぞれが例示してあって、 議論の流れも例示されています。 あくまで例ではあるのですが、 『動物たちは、幸せだ!』 という結論に導いていたので (実際にはどういう結論になってもいいのですが、例がそれ) ふーん、と。 もちろん、ぼく自身もどっちの主張も、納得はできるし、 絶対にどっちだ!とは思っていません。 ただ、小学生のうちに、潜在意識的に、こういうものは刷り込まれていくんだな、と感じました。 ぼくの小学生時代は、『ドラえもん』に刷り込まれておりますので (笑)、 上記の例で言えば、 『檻の中に暮らすなんて、動物たちにとって幸せであるはずがない』 というのが、素直な思いです。 同様に、今の小学生たちには、 ★ 動物園の方が、管理されているので、衛生的で、安全である ★ 天敵もいないし、飢える心配もない という理由で、動物園の動物たちは幸せだ、 それが素直な思いになっていくのかな~。 いろんな物事が、そのことを通じて、 妙に納得させられたのでした。。。 ポチっとお願いします。 blogramランキング参加中! ^^