2013年12月31日火曜日

年末年始は、学びどき

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。


年末年始は、家族で過ごす時間がたくさんありますよね。

ということは、子どもたちにとっては、

学ぶチャンスがたくさんある、貴重な時間です。


机に座ってするのが、勉強ではありません。

家族で話をして、ゲームをして、かるたをとって、

年賀状を数えて、お餅を焼いて、お年玉を数えて、、、


幸せな気分の中で学んだことは、決して忘れない。

楽しい気分の中で体験を通して学んだことは、

目に見えない学力となって、ずっとあとあとまで残っていきます。


そういう意味で年末年始は、

受験生だけでなく、すべての子どもたちにとって、

絶好の学びの時期です。


2013年12月17日火曜日

(書籍)『レイヤー化する世界』 ーー こんな風に、歴史を俯瞰するといいね

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。


ぼくの読書も、少しずつ、種類によって

電子化しています。

置き場に困らないのはいいけど、

重さがないのがちょっと寂しい。


そして、もっと編集できる機能がついてくると、

もう少しぼくの電子化も進むだろうなと思います。


本書も、そういう内容です。


==== 目次 ====

   プロローグ 現代 - 第三の産業革命が起きている

   第一部 中世 - 多くの民族がともに栄えた帝国の時代

     第一章 かつてヨーロッパは辺境の地だった

     第二章 なぜ中世の帝国は滅んだのか

   第二部 近代 - 私たちが「国民」になった時代

     第三章 「国民」は幻想からやってきた

     第四章 「民主主義」という栄光

     第五章 崩壊していく民主主義と国民国家

   第三部 未来 - <場>の上でレイヤー化していく世界

     第六章 すべては<場>に呑み込まれる

     第七章 レイヤー化する世界

     第八章 「超国籍企業」が国民国家を終わらせる

     第九章 新しい世界システムと私たち

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ぼく自身としては、問題意識を共有していそうな、

共感できる内容の多い本は、実はあまり読むことはありません。

そういう著作をされる方々の普段の発言を、

Twitterなどで、普段から接することのできる世の中なんですね。 すばらしい。

むしろ、「何?」と思うような本を手に取ることが多いです。

そこから、新しい興味が広がる楽しさのために。


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そういう意味で、本書を読んだのは、少し特別でした。

歴史というもの、時代というものを、こんな風に学んだらいい、

ということが、書いてあるだろう。

それを、うちに通ってくれている、高校生や大学生が、読んで考えたらいいんじゃないか。

高校生や大学生にお勧めできるかな、と思って読みました。

授業という限られた時間では伝えきれないものを、書いててくれるんじゃないかな。

一読しての感想は、期待通り、期待以上でした。


== 1.歴史の流れを俯瞰する ==


学校の授業も、このくらいコンパクトに歴史の流れをまとめられたらね。

今、ぼくたちの考える「国」という概念は、決して新しいものではない、

むしろ近代に人工的に作り出されたものである。

その枠組みが、近年崩れつつあるよ。

▼ 先輩がこう言っていた

▼ 寄らば大樹

もっと歴史を俯瞰すると、【閉塞感】なんて持つ必要がないというか、

持ってる暇がないというか。

時代や民族を超越する視点は、やっぱり持てた方がいいと思います。


== 2.レイヤー化する世界 ==


ぼくも常々、【断片化】という言葉を使います。

いろーんなものが、もっともっと、細切れで売られていく方向に、時間は流れています。

冒頭で述べた、書籍についてもそう。

せっかく電子化しているんだったら、自分で編集したい。

読みながら、まとめが作っていけるように。

すべてのテキストが、断片化され、再編集され、蓄積され、

新しいアイディアを生み出していくことでしょう。


そして断片化するときに大事になるのは、インターフェース。


これからは、インタフェースの時代でもあると思います。

知ること、理解すること、新しく発想すること、、、

知にまつわるこれらのことは、激変することでしょう。

その流れに、易々と、嬉々として、乗って行ける人たちが、

育っていって欲しいなと思っています。


ということで、高校生の冬休みの課題図書はこれにします。

2013年11月29日金曜日

ただ静かに勉強したいだけ

親よりもバカかもしれない、青山プレップスクールです。



『ぼくらは、ただ静かに勉強したいだけ』



みんながみんなじゃないですよ。

でも、いることはいるんです。そういう子が。


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◆ テストでいい点を取るため

◆ 有名中学、高校、大学に入るため

◆ 有名企業に入るため

◆ 社内昇進、転職、留学、起業、、、のため


ほとんどの人にとって、やはり勉強とは必要悪なのでしょうか。

自分にとって必要だからやる、必要なければやらない。


勉強に限らず、仕事も同じかもしれません。

自分にとって必要だからやる、必要なければやらない。



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だけど、本当に好きなことをやっている人って、

それが役に立つとか、得するとか、周りから評価されるとか、

そういうこと関係なしに、

ただ、落ち着けるから

それをしているように思うのです。


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国際化だ! リーダーシップだ!

グローバル人材だ!

いろいろと喧しいですが、

静かに好きなことを極めて、

一生を1つの作品とするような

そんな生き方も、ぼくはありじゃないかと思うんです。


2013年11月19日火曜日

(家庭学習のヒント) 鉛筆の持ち方、姿勢、テキストを置く位置、書く位置、左手の位置、目の動き、、、

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。


過程での学習習慣が大事だとか、

いくら言っても、

→ こんなんでやってたら →

効果なしです。


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答えがあってるとか、違っているとか、

テストの点がどうだとか、

それは、表面に現れた1つの結果にすぎません。


ぼくが、気にして見ているのは、もーっと、こまかーーーいこと。

細かいことの膨大な積み重ねが、

信じられないくらい大きな差になっていきます。


▼ 字が汚い (読めない)

▼ 計算ミスが多い

▼ 読み間違い、読み落としが多い

▼ 勝手な勘違いが多い

▼ 集中力がない

▼ 考えてないんじゃないか?

などなど、

これらも、表象でしかないと思っています。



◇ 鉛筆の持ち方

◇ ノートやテキストを置く位置

◇ 姿勢 (背骨の角度)

◇ 書く場所、縦横そろってるか、グループ分けできているか。。。

◇ 左手(利き手の逆)をうまく使っているか

◇ 読むスピード、書くスピード

◇ 字の大きさが、あってないのでは? (読みも書きも)

◇ 目の動き

などなど



トータルの勉強量(机に座っている時間)なんて、

実は割とどうでもよくって、

こういうことをうまく調整できた子は、こちらが驚くほど変わっていきますし、

なかなか時間がかかってしまう子は、時間がかかってしまう。



だいたいでいいなら、

○ 遠くから姿勢を見るだけ

○ 字を見るだけ

でも、間違い癖や、改善ポイントはわかったりもします。





ただ、ただ、難しい (ぼくが自分で勝手に難しくしている) のは、

【じゃあ、こちらの型に、みんな押し込めてしまってもいいのか?】

ということなのです。


量産品を製造しているわけではないので、

ある程度は必要としても、

やりすぎると、その子の大事な何かを損なう場合もあるだろうと。


その、ぎりぎりの落としどころで、

いつも頭を悩ませております。




とはいえとはいえ、

家庭学習でも、上記のような細かい点を注意して、

お子さまを【観察?】 していただけたらと思います。


2013年11月14日木曜日

入試なんて、くじ引きでいいのにね。

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。



突然ですが、

入学試験を実施する目的は何でしょう。





● 定員より多い応募者を選別するため

● 入学後に授業についてこられるだけの

   前提学力を持ち合わせているかチェックするため


これ以外に、いろいろ考えるのですが、ぼくの頭では。。。よくわからない。

※ 学費を払い続けられるかのチェックも、まあ学校側はしたいかもしれない。。。


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大学を頂点とする、学校システムって、

職業訓練をする場ではなく、学問をする場ではないの?

→ 職業訓練だったら、丁稚に行くのがいい

面接して、人間性に問題があったら、学問しちゃダメなの?

→ じゃあ、今の大学の教授たちは、人間性として最高の部類に入っているということなの?

→ 歴史上、学問に貢献した偉大な先人たちはは、人格的にも優れていたの?


東大生が、高校の勉強(入試レベルの細かな知識)を忘れちゃうのは、なぜ?

→ そんなの、大学入っても使わないからじゃないの?


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『勉強したい』 という気持ちを、削ぐようなことを、

学校がやってていいのかね、って思います。

よほどの【勉強マニア】でもない限り、

『したい勉強』って、ある程度限られるのも、人間としてやむを得ないのでは?


→ 試しに、国語の先生に、数学や物理の質問をしてみてください。

→ 生物の先生に、古典の質問をしてみてください。



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だからうちの生徒さんたちには、「なーんでも、なんでも、持ってきていいよ」、と。

アルバイトの東大生たちにも、「生徒さんは、何持ってくるかわからないからね」、と。


突発的な、わけのわからんものを、

★ 楽しめるかどうか、

★ そして、書いてあることを読んで、自分の理解に結び付けられるかどうか、

せめてそれなら、やる意味あるでしょ、と。


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もし、入学試験の目的が、前述の2点でいいならば、

入試なんて、くじ引きでいいじゃん! ってダメですか?


定員より多い応募者があったら、くじ引きで決めればいいのではないでしょうか。

それでは、受験者の学力が試されないというのであれば、

入学後に必要となる前提知識なり、技能を明記して、

それが確保されていることだけ示せれば十分ではないでしょうか。



今の入学試験は、受験者の優劣をつけなければならない、

差をつけなければなりません。 全員100点じゃ、困るんです。

だから、どんどん変な問題、変わった問題になっていって、

作る側も大変で、、、外注したりしているそうです。



『学問に王道なし』 と言いますが、ぼくはそうは思いません。

『学問は、まず王道を身につけるべき』 と思います。

(「王道」の指してるものが違うだけなんですけどね)



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入試を、くじ引きにしたときの考えられる問題点


□ 行きたい学校に行ける保証がない、努力のしようがない

   どうして、その学校に行きたいのか、

   その学校でなければ、本当にダメなのか、

   受験生はよく考えなければなりません。

   併せて、情報の提供も必要です。

     ○○を学びたいのであれば、

     国内外、有償無償問わず、

     書籍、オンライン教材、講座、、、いくらでも方法はあるよ。


   どうしても、あの先生の授業が取りたい、どうしてもあの先生の研究室に入りたい

   先生だって異動します。

   だったら、授業や講座、ゼミ、研究室。。。については、

   学外にも門戸を開けばいいのです。

   何なら、高校生以下にも、門戸を開いてしまえばいいのです。

   いまどきは、ネットワーク技術も発達しているわけですから、

   場所を限定する必要もありません。


□ 今度は、講座やゼミ・研究室の入試選抜をどうする?

   現状だって、人気の講座等は、抽選などの方法でやっているのではないでしょうか。

   もちろん、オープンにすれば、今よりも競争は厳しくなるでしょうが、

   大人数のゼミなど入っても、密度が薄まるだけと考える人もいるんじゃないかな。

   それとも、就職のために、【○○ゼミ】にいたことにしたいのかなあ。

   そういうこともあるか。。。



□ 高校3年時点で、そこまではっきり進路を選べないんですけど。。。

   だからこそ、大学なんてどこでもよくって、

   いろんな大学のいろんな授業を聴講しまくればいい。



□ 受験生の学力が低下する

   学力が何か?ということを、考え直してもいいのではないでしょうか。

   マニアックな日本史の知識が、学力でしょうか?

   難問奇問、やたら面倒な計算ができることが、学力でしょうか?

   考える力は十分にあっても、

   18歳時点で、それを表現する力が足りなかったら、

   それは学力が足りないということになるのでしょうか。

   むしろ、高校以前から先端の研究の場の空気を聴講できる環境によって、

   受験生が、自己の不足や、必要性を感じることが、

   本当の意味での学力の向上につながっていくのではないでしょうか。



□ 塾、予備校産業が、困る?

   別にいい(仕方ない)じゃないですか。

   もともと不要だったんですよ。

   塾に通う時間があったら、家の手伝いしたほうがいい。

   でも本当は、需要増えてしまうんでしょうね。

   大学生になっても勉強しなければならなくなるわけだから。



□ 学校のブランド力が低下する

   「○○大学卒業」 という単一のブランドだけが意味を持つ時代は、過ぎ去りつつあります。

   むしろ、一人一人をしっかり見なければならなくなることは、

   見られる側も、見る側も、

   長い目で見れば、きっとプラスになると思います。


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パッケージ販売されていたものが、

細切れの断片として、ばら売りされ、

消費者側で、再編集され、アレンジされ、場合によってはまた流通する。

インターフェースをどう取るか、が重要ですね。


また、偶然という現実を受け止めて、それを半分楽しめる心の余裕と、

真の自立心を、一人一人が育んでいける環境整備。



そっちの方向性だと思うけどなあ。



2013年11月13日水曜日

満員御礼なんて、ダメじゃないか

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。


ぼくにとって生徒さんたちは、

共に学ぶ仲間です。



年齢も、経験も、立場も、肩書も、関係ない。

今目の前の課題に対して、

よりよいアプローチをして、

よりよい結果を出して、

よりよい学びにつなげていく。



もちろん、多少はぼくの方が知っていることもあり、

(大した量ではない)

遊びや仕事も含めて、年齢相応に経験もあるので、

結果としては、アドバイスすることになるし、

もちろん対価を頂戴しているわけですから、

それ以上に、【お持ち帰り】いただけるよう、真摯に努めております。


でも、それとは違った次元で、

   【なるほど、そういう風に考えるのか】

   【なるほど、そういうアプローチもありかもしれない】

   【どうしたら、好いところを残しつつ、伸ばしつつ、大人になっていけるのか】

   【どうしたら、この頑強な固定観念を外せるのか】
     (たいてい、子どもの方が固定観念が強いです。それは、仕方がないんです)

考えるヒントになったり、新たなアイディアの源泉になったりしています。

◆ 「わかる」って、どういうことなんだ?

◆ 「できるようになる」って、どういうことなんだ?

◆ 「成長する」ってなんだ?

毎日毎日、小さな、静かな、気づきをもらっています。


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だから結果的に、規模は大きくできないんです。

もしかして将来、ぼくがそれまでの集大成として画期的な学習法を発明して、

それを、オンラインで配信できるようになれば、事情は変わるかもしれません。

そうなったら、今度はまた別の仕事をするんだろうなと思います。


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かといって、現在の生徒さんのことを考えていないわけでは

もちろんありません。


お陰さまでと言いますか、

ほとんどずっと、満員御礼な感じではあるのですが、

それって、ぼくとしては、まずいよね。



勉強には終わりがなく、

気に入って通っていただくのは、悪いことではありません。


でも、ぼくが生徒さんたちに期待しているのは、

【なんだ、もう自分でできるじゃないか!】

と思ってもらうこと。



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書いてあること読んで、

わからなかったら、もっと丁寧に読んで、

それでもわからなかったら、別の本を読んだり、友達に聞いたりして、

もうちょっと複雑なら、自分で一旦整理してみる。


そこでわかったかな? と思ったことを使って、

それをいろいろな場面(問題など)に適用して、実験する。


そこで、よさそうなら、まあ、良いのかな。



暗記系、技能系のものはどうしたらいい?

どのような練習法で、どのくらいの練習量で、

どういう確認をすれば、習熟できるか、できたことがわかるか。



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あとは、それとは全然違った次元で、、、


友達と、わいわい騒ぐのは楽しいし、

部活や学校行事を協力してやることは、楽しいし、いい経験になる。

勉強を競争だととらえて、ゲーム感覚、ライバルと鎬を削る、

戦略的に取り組んだり、【勝つ】喜びを知る。



そんなのもいいと思うんだけど、


静かに、

自分の心の微妙な動きも感知できるほど、静かに、

自分の神経を研ぎ澄ませて、

深く物事を考える。



そこに、得も言われぬ、

やすらぎや安心感があることを知ること。



時間の経つのも忘れて、好きなことを考え続ける

幸せ感を、


おとなになる前に経験してほしいな。



それはなにも、ここである必要も、実はないんです。

それに気づいた子は、

もっと身近な、家や友達間や学校にも、

そういう空間を、作っていけばいいと思っているのです。



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そして、もうぼくの役割がなくなれば、

さっさと、ほかのことをする。


満員でも喜べず、

自分の仕事がなくなることを祈りながらやらなきゃならないなんて、

なんとも、矛盾を抱えていますが、

特に子どもたち相手なら、こちらがちゃんと矛盾を抱えていないと

ならないだろうと思っています。

2013年11月9日土曜日

(受験生へ) まだ本気で勉強しなくていいですよ

今日は、11月9日です。

受験本番まで、2,3カ月。
日数でいうと、2ケタになりましたね。

泣いても笑っても、あと100日もありません。



学校も、親も、

予備校も、塾も、家庭教師も、

友達も、、、

あーだこーだと、いろいろ言うと思います。




ざわざわ、、、

そわそわ、、、

「あれを覚えていないとまずい」

「この教材をやらなければ」

「志望校の合格点に何点足りない」

「志望校変えた方がいいんじゃないか」

「間に合うの?」

「そんなことしてていいの?」

わさわさ、、、

がやがや、、、




ですが、、、

11月中は、まだ本気で勉強しなくていいですよ。

というか、しちゃだめですよ。

12時には寝てください。

その代わりというか、ごく普通に日常生活の中でやるべきことは、

ごく当たり前にやってください。

□ 友達と遊ぶ、話す時間

□ 家族と話す時間

□ 家の手伝い




本気の勉強の解禁日は、12月1日です。

そこから先は、心置きなく勉強してください。




今はまだ、気力と体力を養う時期です。

静かにペースを守って、目の前のことを丁寧に進めることに集中しましょう。

ざわざわ、わさわさした中で、

どれだけ自分のペースを守れるか。

気力、体力を消耗するのではなく、蓄えられるだけ蓄えましょう。



12月に入って、

小学生なら残り2カ月。

中学生なら残り2か月半。

高校生なら残り3か月。


そこから先は、エンジン全開でいいです。

そのくらいなら、どれだけ全力でやっても、

疲弊・消耗することはないでしょう。




静かに蓄えろ!受験生。

2013年10月11日金曜日

大学入試制度改革

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。


大学入試改革:高校在学中「到達テスト」 センター試験、統合も−−政府検討


ぼくは呼ばれていないわけですが(笑)、

◇ 大学入試がなくなる(達成度テストになる)、

◇ 2次試験が面接になる

などのトピックが、ニュースとして取り上げられています。



=== なきゃないでいい ===


このような仕事をしているぼくが言うのは変かもしれませんが、

入試なんて、なきゃないでいい。

募集人数上回ったら、抽選でいいでしょ、くらいに思っています。



=== 大学の垣根すら、なくていい ===



もっといえば、

代数学は、○○大学の○○先生に教わって、

統計学は、△△大学の△△先生に教わって、

その後、都市工学は、概論インターネット受講で◇◇先生の単位をもらい、

3年間、今度は××大学の××先生について教わりました。


ってのじゃ、ダメなわけ?



=== 面接なんて、やめた方がいい ===


きっと、【プレゼンコンサルタント】みたいのがたくさん出てきて、

口のうまい、でも実はおんなじことしかしゃべれない、、、

みたいな学生だらけになるぞ。


いえ、面接自体はあった方がいいのですが、

それが決定要因になるとなると、へーんなことがいっぱい出てくるよ。



=== いい案を作ってください ===


経営的なこととか、手間とか、職員の雇用とか、そんなの後回しでいいから、

ずっと未来から見て、

【歴史の転換点だったね】と思われるいい案を作ってほしいと、強く願っています。


2013年9月27日金曜日

2013年 ベスト流行語は、これであるべき!

大変長らく更新しておりませんでした。
夏休みのダメージ(?)も、そろそろ癒え(遅!)、
ペースを取り戻しつつあります。


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復活第一号として、どうかと思うのですが、どうでもいいお話。

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今年の流行語として、ふさわしいものはどれか?

あくまで、ぼくが勝手に! 子どもたちのためにこれがよろしかろうと思うものです。

早速まいります。


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第4位: 「お・も・て・な・し」

   これは、健全な青少年の教育上、よろしくないでしょう。。。

   強面のおっさんが出てきて、「うちには、金があるぜ!」と言った後、

   美人さんが出てきて笑顔で、「最高のおもてなしをしますよ」

   さらには、「お金落としたっていいんですよ。返ってきますから(但し完全ではない)」

   うーん、これはやばいでしょ。(笑)

   健全な青少年のみなさん! 実際にこういうことがあったらひょこひょこついてっちゃだめですよ。


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第3位: 「今でしょ!」

   これはぜひ、おとなたちにもっと強く言って欲しいこと。

   今今の経済、生活の質を少し変えることへの抵抗、俺ってすげーんだぜ、、、

   そんなことはどうでもいいから、

   少子化世代のことを、もう少し考えてあげて、

   アクションを起こすなら、今でしょ!

   *単に消費税を上げればいいということではない



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第2位: 「倍返し」

   「お・も・て・な・し」なんかと比べると、圧倒的に品がないというか。

   それが、いいんじゃないですか。

   心からの叫びは、決して他人にとって心地よいものではないかもしれない。

   でも、それを口に出す勇気を、特に若い人たちに持ってほしいと思います。

   最大限、無制限、フォローしてあげる。


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第1位: 「じぇじぇじぇ」

   母(父)から教わった言葉。

   母国語、方言、家族の中だけで通じる言葉、、、

   これらの言葉は、あまりにも体に染み付いてしまっていて、

   本来翻訳することはできません。


   それでもぼくたちは、言葉を通じてほとんどのコミュニケーションを行っている。

   もっと敏感にその不自由さを感じて、

   それでも言葉を使うしかない、だったらどんな言葉がふさわしいか、

   言葉の周りにあるものを嗅ぎ取れるようになってほしいなと思います。


そういうことを思い起こさせてくれる、「じぇじぇじぇ」を、

ぼくは、2013年の最高の流行語としたいと思います。


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といっても、実はどれも見たことがないのです。

子どもたちにはいつも、聞いたことを真似して言うんじゃなくて、

実際に自分で見ることが大事!と言っているくせに。。。


別の言い方をすれば、みんなが見ているものは、自分が見なくてもいいことも多い。

自分だからこそ、見えるものを見ると、よいと思うよ。



2013年8月3日土曜日

暑中見舞い

最近まったく更新できておりません。

ネタは毎日たくさんあるのですが、まったく追いつかないです。

暑い日が続きますね。

夏を満喫しましょう!



2013年6月6日木曜日

サッカー日本代表本田選手は、「持ってなんかいない」

サッカー日本代表 W杯出場権獲得おめでとうございます。


 持ってるんじゃなくて、むしろ持ってないからこそ、掴み取ってる 


W杯出場の原動力ともなった本田選手の

前回のW杯時に有名になった言葉。

『俺は、持ってる。』


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サッカーをやっている中高生は多いので、

今度、話してみたいと思っているのですが、

【 本田選手は、本当に、「持っている」のか? 】

ということについて。



もちろん、ご本人がそうおっしゃっているわけですから、周りが何か言うことではありませんが、

そういうことじゃなくて、ぜひ、中高生に考えてみて欲しいことがあるのです。


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ぼくが思うには、本田選手は持ってるのではなく、

自分の力で掴みに行ってる。

そしてこれまでの、数々の栄光・活躍は、(もちろん、周りのサポートはあったにせよ)

本田選手が、自らの才能と努力で、掴み取ったものではないかと。


一昨日の試合の、最後のPKのシーンもそう。

PK獲得の直後にもう、本田選手はボールを持って、その場に立っていました。

天から偶然に、ボールを渡されたわけではなく、

自らの手でボールを拾い、自らの足でその舞台に立った。


   ここは、若手の○○君にお願いしよう。

   いえいえ、そんな。私などまだまだ若輩者で、ここはぜひ、課長お願いします。

   そうか、、、では、僭越ながら。。。


なんてやりとりは、ないわけです。


□ 地元の強豪校ではなく、星稜高校に越境したこと

□ オランダリーグから、ロシアリーグへの移籍

□ なかなかビッグクラブへの移籍がかなわないこと


すべてが思い通りになっているわけではないでしょうし、

いつもお膳立てができているわけでもない。

最高の環境が常に準備されているわけでもない。

そんな中で、ひたむきに、がむしゃらに、

すべての経験を、未来の自分の糧にしようとする姿に、

ぼくが、そしておしらく日本中の人が、注目しているのだと思います。


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与えられた環境の中で、最大限の努力をする。

むしろ、持ってないからこそ、何にでもがむしゃらにチャレンジできる。

言い訳をいくつも考えている時間があったら、その間にできること、いくらでもあるよ。




そういうことを、考えて欲しいなと。


これ、おそらく大人の世界にも言えることで、

努力が大切、とか言いながら、(子どもとか、部下には言うんです。くどいほど)

自分と同等もしくは、ちょっと上くらいの人の努力を、

結構邪魔したり、冷ややかな目で見たりするんですよね。

協調という真綿に包んで。

2013年5月28日火曜日

(家庭学習習慣より、思考習慣) 暗記の練習

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。


毎日机に座って30分、算数や国語の勉強をすることが、無駄とは言いませんが、
子どもたちの学力の決定要因にはならない、というのがぼくの考え。
では、何が決定要因になるかというと、
普段、何気ない日常の中で、何をどう考えているか、といった思考習慣。



今回は、記憶のお話です。


たしかに、上手に覚えられる子と、

すーぐ忘れちゃう子がいるのは、現実。

でも、それって「頭の良さ」や「遺伝的なもの」と関係があるの?


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遺伝的なもの、脳の障害などの影響が、まったくないとは言いません。


でも、ほとんどの、ほとんどの子にとっては、


☆ 関心領域が、ちょっと異なっている

☆ 「覚える」、「思い出す」ということの練習不足

☆ もうちょっと機械的なこと

だと、思います。

★ 「意欲の問題」とは、敢えていいません。

   「モチベーション」って何だ? 「関心領域」の話で説明できると思います。


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☆ 関心領域について

   ◆ 人は、既に知っていることの周辺事項しか、関心がない。

   以前、出典は忘れてしまいましたが、

   ”人は、同じニュースばかりを見ている” という調査結果がありました。

   インターネットは、閲覧者の履歴を取ることができますので、

   あるニュースを見た人が、次に何のニュースを見ているか、、、、調べることができます。


   その結果わかったことは、”人は、同じニュースを繰り返し見ている”。

   気になる話題があったら、ほとんど内容が異ならないことを知りながら、

   何度でも、関連ニュースを見ているとのことです。


   ニュースを見る (本来の?) 目的からすれば、幅広く、最新情報を集めることのはずですが、

   実際、ぼくにも、心当たりがあります。

          ぼくは野球に興味がありますから、

          たとえばダルビッシュ投手のニュースがあれば、

          それを、スポーツ新聞のサイトで見、別のスポーツ新聞のサイトで見、

          TVのスポーツニュースを見、チャンネルを変えて見、

          特集記事や番組、雑誌が出れば見、、、、

   それらを通じて、ちょっとずつ、ほんの数%でも新しい発見があれば良い方で、

   「全部知ってました!」ってことが、たいていです。(笑)



   でもそれが、人にとって「自然な学び方」なんだと思います。


   既によく知っている事の周辺に、新しい知識は着いていく


   特に子どもの場合は、関心領域(既によく知っている事)が偏っている場合があります。

         電車に詳しい、怪獣に詳しい、昆虫に詳しい、

         アニメの特定のキャラクターに詳しい、、、

   しかし、残念ならが学校の教科書は、

   『電車に詳しい子向け』に作られていませんし、

   市販の参考書、問題集も、

   『昆虫に詳しい子のための算数問題集』 というのは、見かけたことがありません。


   【一般的に】、日常生活にありそうな場面などを取り上げながら、

   解説せざるを得ない。だって、教科書はみんなのものですし、

   問題集は、ある程度の部数売らなければなりませんから。


   とすると、対策は2つ。

   ★ 関心を広げるという方向性

     普段の日常の一般的な暮らしに、「関心」を持たせるようにする

   ★ 関心に近づけるという方向性

     その子の関心あるものに、教科の内容を合わせて再編する



   自分が対象に歩み寄っていくか、対象を自分に引き寄せるか

   もちろん、その組み合わせになるわけです。

   いずれにしても、関心領域との距離を縮めることが、暗記のための第一歩です。



☆ 覚える、思い出す練習

   こちらはもっと簡単です。

   多少頭が良いとか、そんな差は、ほとんど誤差に過ぎなくて、

   積極的にそういう訓練をしているかどうか。


   ぜーんぶ親が決めてしまって、

   言う通りにさえ行動していれば怒られない

   そういう状態にしてしまっては、「覚える」、「思い出す」というせっかくの練習機会を

   逃してしまいます。


   買い物に行く時、旅行に行く時、人に会う時、家で話している時、

   ★ 大事なことを、ちょっと覚えておいてもらう

   ★ 「ほら、さっきのあれなんだっけ?」 思い出してもらう

   ★ 「○○(名前)は、暗記が得意だね!」

   以上、終了です。(笑)




   何か、大事なことを覚えておく、ということは、

   いいことなんだ! と思ってもらえれば、

   覚えること自体を、前述の「関心領域」とすることもできます。



☆ もうちょっと機械的なこと



   こちらはもっと機械的です。

   「ちょうど忘れたころに思い出す」

   まだ覚えているうちにテストしたって、覚えています。

   完璧に忘れてしまった!後にテストしたって、思い出せそうにありません。

   ちょうど忘れそうな頃合いを見計らって、再インプットを繰り返せば、

   脳の方がだまされて、覚えてくれるでしょう。


   その、「ちょうど忘れる頃合い」というのは、

   他諸条件に寄りますが、基本的には、だんだん間隔が延びていく。

   3分後、30分後、3時間後、寝る前、起きた後、次の日の寝る前、3日後・・・

   このくらいしつこく、かつ間隔を伸ばしながら再インプットしていけば、

   嫌でも覚えてしまうでしょう。

   試しに、とてつもなく変なこと(覚えにくそうなこと)で、実験してみてください。(笑)





◆ 関心領域との距離を縮めること

◆ 覚える、思い出すことを日常の中で、「大切なこと」だと思えるようにすること

◆ 忘れたころに再インプット、その間隔を徐々に延ばす


※ 「強い刺激を与える」、「インパクトを強める」 というのも、よく使われる方法ですが、

   人間、『慣れ』ていくものですので、ぼくはあまりお薦めしません。。。

   結局は、より強い刺激が必要になっていく・・・


この3点。

特に、小学校低学年の時期に、やっていただけたらな、と思います。



2013年5月27日月曜日

家庭学習習慣じゃなくて、思考習慣 (さがしものは何ですか?)

探し物は何ですか 見つけ難い物ですか 
カバンの中も 机の中も 探したけれど 見つからないのに
『夢の中へ』 井上陽水)


夢の話ではありません。現実のお話し。


子どもは、さがしものが苦手です。

★ 適当に、ちょいちょいと探して ⇒ みつからない

★ 同じところを何度も探して ⇒ みつからない

★ 昔のおもちゃなどをみつけて ⇒ 遊び始める

★ 時間が掛かりすぎて ⇒ 何を探していたのか忘れちゃった

・・・


こっち(おとな)は、だんだんイライラして来て、

ちゃんと探しなさい!

ほら!ここにあるじゃない!!

(怒・怒・怒・・・) (笑)


==============


しかし、この「ちゃんと探す」、「きちんと探す」

ということを、子どもたちは本当にわかっているでしょうか。


● 「探し方」という方法に注意が払われているか

● 「部分」にわけて世界を認識できているか

● 「順番に」ということが当たり前になっているか

● 「もうそこには絶対にない!」と、確信できるまで、調べ尽くせているか

● 「部分」が思ったより大きかったら、さらに「細かい部分」に分割できるか

● 「前回使った時」などの、記憶を頼りに、「ありえそうな場所」を考えられるか

● 「ありえそうな場所」の優先順位をつけて探せているか

● 「ありえそうもない場所」まで探し始めた方がいいのは、どうなった時か

● 途中で「目的」を見失わない

● 普段から、ものの配置には気を配っておく


このように、「さがしもの」とは実は、

かなり高度な知的活動だと、ぼくは思います。


==============


この「さがしもの」が、ある程度自分でできる子にとって、

算数の文章題は、さして難しいものではありません。

「さがしもの」をしているのと同じことが多いですから。


一方、「ものをさがす」ということが、どういうことなのか、

ぴらっとその辺をめくってみること

だと思っている子は、文章題がだんだん苦手になってきます。


==============


小学校6年生くらいになると、

うちはみんな個別でやっていますので、おもしろいこと(?)が起こっています。


☆ 一部、高校の範囲すら越えて、大学で学ぶようなことまで、勉強している子

★ 小学校1年生の、数える、数直線、足し算、引き算あたりから、やり直している子


そういう子たちが、同じ学校の同じ教室で、机を並べて、

同じ授業を受けている。


不思議な光景だなと、想像しています。



==============



これだけの差が、どのようにして生まれるのか。

そのカギは、『家庭での学習習慣』なんて、表面的なものではないと

ぼくには思えるのです。



それよりも、もっと「普段」に近いもの。

ご飯食べてる時、遊んでいる時、お風呂に入っている時、

学校への行き帰りで歩いている時、友達と話している時、家族で話している時、、、


普段何を考えているか、

何が当たり前となっていて、

何は当たり前となっていないか



学びのチャンスは、どこにでも転がっていると思います。


==============



ひとつ、難しいのは、

子どもが、「それらしいこと」を言っていたとしても、

決して「わかっている」と思ってはならないこと。


2,3歳児でも、「それらしいこと」は言ったりします。

それにこちら側が、だまされるのです。(わかっている、通じていると)


言葉は、その意味がわかっていなくても、平気で使えてしまうもの。

(それについては、いずれ書こうと思います)



その子が、ほんとうは何がわかっていないのか、

それを見極めて、日常の中で、膨大な失敗を繰り返しながら、

学習していく

それがクリアされてしまえば、

国語だの算数だのでやっていることは、それにちょっとだけ毛が生えただけ。



日常生活、家庭というのが、最良の勉強場所である

机に向かって宿題をやることが、勉強ではない


そのように、ぼくは考えています。




2013年5月24日金曜日

懐疑と予感の由良の門を。

由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ  ゆくへも知らぬ 恋の道かな


恋の話ではありません。

「自ら考えて行動できる人間になろう」、「考える力をつけよう」、「思考力が大事です」・・・

耳触りのいいこの言葉は、今や巷にあふれています。

どの学校、どの塾の理念をのぞいても、そんなことが書いてあるでしょう。

どの会社の人材募集をみても、そんなことが書いてあるでしょう。


かくいうぼくも、いつも子どもたちに、

「覚えて出来てもダメなんだよ」、「知らなくたって考えればできる」、

「知識そのものは、その場その場の使い捨てだけど、

 考え方はいつでもどこでも、使い回しが効く」、

「考えることが、人間を人間らしくして、他の生物や機械とは異なる存在にしている。

 考えることが、君を君らしくする」

ということを、静かに語りかけています。


===懐疑編===

子どもたちには、そうは言っていますが、

一方では、「本当にそうなの?」という確認作業もせずにはいられません。

「じゃあ、おとなは本当に考えてるの?」、「ぼくは本当に考えてるの?」


日常のさまざまな場面で、

人は、単に「ルールに従っているだけ」なのではないでしょうか。

決められた時間に会社に行き、決められた範囲内の仕事をして、

いつものルートで家に帰って、家に帰ったらほぼ決まった行動をして。

給料が入ったら、ちょっといいものを食べて、

有給が貯まったら、海外旅行に行って、

車を買い、家を買い、結婚して、子どもを育てて、、、、

大きな差異は気にしないが、細かな差異が非常に気になる。

何か嫌なことがあれば愚痴を言い、

言えば、それなりにすっきりして、

新聞やテレビ、インターネットで知った情報について話し、

誰かから聞いたことを話し、

いいことがあれば、Facebookに投稿する。

株価が上がれば喜んで、

「ただちに健康に害はない」は、「最悪の毒」か、「もう済んだこと」

賢そうに見せたければ、ちょっと批判的なものの言い方をする。


幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である


もっと詳しく一場面、一場面を観察してみても、

ほとんどの人は、ぼくも含めて、

その場その場で、既に知っていることを、なんらか【繰り出している】にすぎない。

独創的というアイディアも、

何らかの組み合わせだったり、アレンジだったり、流用に過ぎない。

そもそも、思考をつかさどる言語を、

ぼくたちは「考え」たのではなく、「まね」たのですから。


なーんにも考えなくても、

その場その場をうまくあわせていけば、それなりに乗り切ることは出来る。

それで十分といわれれば、たしかに十分。

幸せかと言われれば、(ある程度欲望を制御できれば)、十分幸せでしょう。

いーじゃん!それで。

「考え」ないでも、その場その場を取り繕うだけの知識と技能を、

グーグル先生に聞いて、LINEで友達と会話して、Twitterで愚痴をこぼしてれば。

なんてすばらしい世の中なんだ!




===予感編===

一方で、思うのです。

★ その場しのぎをするためにも、思考力が活きてくる

★ 総合的な思考力の必要性

★ 外的環境の変化(5%⇒50%)

★ 人間の性(さが)として

★ ぼくのごくごく個人的な興味として



==その場しのぎをするためにも、思考力が活きてくる==

   学歴というものが意味を持ちうる、1つの、そして小さくない理由ですが、

   単にルールに従っていればいいとしても、そのルールを覚えて、

   使いこなせなければなりません。

   この書類の書き方はこうで、いつまでに、誰に出さなければならない。

   1回で正確に覚えられるか、何度教わってもミスをしまくるか。

   2回3回・・・覚えるのに時間がかかれば、

   自分の時間だけでなく、組織の時間を奪うことになります。

   それはそのままコストに反映されますので、

   「ものわかりのいい奴」は、どうしても社会(会社)では評価されます。

   資本主義社会においては、それは金銭という形で報酬を与えられます。

   ものごとを理解し、使えるようになるには、一定の思考技能が必要なのかもしれない。

   ある種の思考技術をマスターすれば、今ある問題がすべて解決して、バラ色の人生!

   ビジネス書が手を変え品を変え、売れ続けるのも、

   こうした技能に対する需要が大きいからだと思います。


   ですので、青山プレップスクールでも、最低限のことは、教えるようにしています。
   (*あまりにも、無防備な子(笑)が多すぎるのも事実ですので)   


==総合的な思考力==

   個々別々の処理については、ほとんど自動化されているとはいえ、

   人はそれらを数を多く組み合わせて、総合的に判断しなければなりません。

   ここまで来ると、単純にマニュアル通りに対処できることではありません。

   たくさんのものごとは、それぞれ属性(重要度、緊急性、危険度、楽しさ・・・)を

   持っており、これらを比較検討しながら、

   現状の資源(もの、お金、人間関係、時間・・・)と照らし合わせて、

   その場に最もふさわしい、(もしくは妥当な、もしくは自分らしい、もしくは文句の来ない・・・)

   選択をしなければなりません。

   その選択をする過程も、1つの思考です。


   この面を強調するなら、ぼくたちは、今までの教育とは違ったプログラムを

   実践すべきかもしれません。

   「選択する」というトレーニングです。

   バーバード大学マイケル・サンデル教授の『正義について』という授業が有名になったのも、

   あれは1つの、「選択する授業」だったからではないでしょうか。

   *だからうちでも、「対話による授業」という形態を取っています。集団の授業は、学校や予備校と一緒だからしない。


==外的環境の変化(5%⇒50%)==

   ルールが安定している時代には、一度覚えたルールは長く維持されますし、

   ルール変更や新しいルールができる頻度も限られます。

   一旦ルールを覚えてしまえば、その後は「考える」ことなく、

   過ごすことはできるかもしれません。

   いつの時代でも、変化のない時代などはなく、

   常にある程度の定型と、ある程度の非定型が混在していたでしょう。


   しかし、それにしても、

   巨大化しすぎてしまった組織は、外部との接点が多すぎて、価値観が異なりすぎて、

   制御不能に早晩なってしまうように、ぼくには思えます。


   そのため、『現場で判断』ということが、これまで以上に求められます。

   悪い言い方をすれば、

   これまでは、5%の人が頭を使って、95%の人が体を使う、だったのが、

   これからは、50%の人が頭を使いながら体を使って、

        残り50%の人が、体を使いながら頭を使う

   そういう時代になっていくと思われます。


   覚えたことをやればいい、言われたことだけやっていればいい、

   そういう仕事は、機械に全部取られてしまいますから。

   *話は違いますが、公共的な仕事は本来的には法律に従うだけですから、
   *多くを機械化すべきじゃないの?と、
   *そこに、「判断(手心)」を加える人は、少なきゃ少ないほどよい、とぼくは思います。
   *公務員だって所詮は人間なので。


   *今うちでやっている、「組分け(日本史体感オプション)」は、
   *実はそういうことを感覚として覚えることを意図しています。


==人間の性(さが)として==

   そもそも、人間が「考えない」ということを本当に希求しているのか?

   いや、何か「考えたい」んじゃないの?と。

   たとえ、学校や会社では、周りから期待されていることを「考えない」としても、

   つい何か考えてしまう、いつも何か考えている、という状態が人間にとって自然。


   それを、目先の利益と関係づけをつけようとするから、

   逆におかしなことになる。ほっといたって、人間考えるはず。

   考えなくさせているのは、学校や塾の方なんじゃないの?

   漢字を覚えろ! 単語を覚えろ! 解き方を覚えろ! ・・・


   自分で考えるという本能を呼び覚ましたうえで、

   考えることの上達を心から欲した時に、考えることが身に付くのではないかと思うのです。


   だから、先に教えちゃいけない。

   悩んで失敗してうまくいかなくてイライラして、その先に、感動が生まれるのだと思います。


” W A T E R ! ” (ヘレン・ケラー)


   もっと知りたい、わかりたい、これは何だろう?どうして?

   ぼくはだれ?どこへ行くの?

   学校名で私を判断するな!


   そこが出発点でもあり、実はいつでも出発点にぼくたちはいるのではないでしょうか。



==ぼくのごくごく個人的な興味として==

   実は、ぼくは何もわかっていない。

   「わかる」ということがどういうことなのか、

   「かしこい」とはどのようなことなのか、

   本当にはちっともわかっていないのです。


   素粒子の集合体である原子の集合体である分子の集合体である細胞の集合体である

   ぼくが、なぜ、このようなことを考えている(と思われる)のか。


   ただ、たくさんの生徒さんを見ていて、間近で接していて、

   最近わかりかけているような気も、しなくもありません。

   □ 積み木を積み上げるように、ぼくらの頭の中はできてはいない

   □ もっと生物的な現象(何か)が起こっている


   ★ 研究テーマとして

     ・ 「わかる」かどうかは、対象物がその人の内的世界との境界上にあるかどうか

     ・ 「かしこい」とは、微細なしかし膨大な単純処理のスピードと、信頼性で決まる

     ・ 「できる」ための、ある一定の(生物反応的な)プロセスがある

     ・ スケール差について


     ・ 移動半径について

     などなど・・・(日々増殖中(笑))


   ★ 開発すべきツールとして

     ・ 集中状態を外部的に喚起するツール

     ・ 世界観を背景的に刷り込むためのノート

     ・ 強制的に「記憶」させてしまうツール

     ・ スマど(スマートドア=どこでもドア)

     などなど・・・(こちらも日々増殖中(笑))


   ★ アプリケーション(サービス)として

     ・ 2030年を子どもたちがデザインする

     ・ 古典を自由に解釈する読書会

     ・ 海外の日本人とのコラボ

     などなど・・・(こちらもこちらも日々増殖中(笑))



     もう何言ってるかわからないですよね。

     ということは、ほんとうに趣味の世界で。。。

     困ったものだ。



ただ、ぼく自身は、「考える」ということを、おそらくは止めない。

それがなんだか、わかってないけれども、

実は、なーんにも考えてないのかもしれないけれど、

活動としては止めない。

その一部に、「自らを疑う」ということが含まれていて、

(悪い意味での)宗教や権威に、自ら堕しないために。




由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ  ゆくへも知らぬ 恋の道かな



2013年5月20日月曜日

「あなたの宝ものは何ですか?」_(授業風景_中学生_自由英作文)_自分で考える型

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。


「あなたの宝ものは何ですか?」



ある中学校の課題(自由英作文)です。




==============



中: 宝ものなんてないんですけど。。。


     ぼ: あれ、それは困ったね。


中: 普通なくないですか? 中学生で。



     ぼ: うーん、何が普通かってのは、なかなか難しい問題だよ。

        自分が、自分の周りが、普通とは限らないからね。


        まあ、それは今度また考えることにして、

        本当にないなら、「ありません」 って答えでもいいと思うよ。

        『ぼくには宝ものはありません』 それで書けるでしょ!

        それで行くか。具体的に、話の流れを考えてみよう。



*問題意識を共有して、今の思いつきレベルのものでも、具体的にする。
*具体的に考えれば、道は見えてくる。
**<ただ、残念ながら今回はそのようには進みませんでしたが>


中: いや、何か書かないといけないと思う。

     ぼ: そうか~。 マジメだね。いいよ。

        じゃあ、何か探してみよう。

        ところで、「宝もの」って何?



*いつもいつも、「問い」が大切だよ。
*困ったら、「問い」に戻って問いの意味を問う。



中: え! 宝って、宝じゃないですか。

     ぼ: うん、だからその「宝」ってのが何なのかわかってなくて、答えられる?


中: え~! だって、宝は宝だし・・・。

     ぼ: じゃあ、具体的に考えてみよう。

        一般的に、みんなが宝ものとしてイメージするものは、どんなもの?



*わからなかったら、少し具体的に考えてみよう。常套手段。
*具体例は、普通の一般的な、みんなが考えそうなものでいいよ。



中: 宝石とか、金貨とか、、、思い出とか、友達とか。。。

     ぼ: そうだね!

        ところで、今挙げたものたちに共通するもの/性質って何だろう?


*具体例を挙げて終わりにしないよ。必ず、抽象化する。
*具体と抽象を、行ったり来たりするよ。



中: えー、高いもの、価値のあるもの。。。キラキラしてるもの

     ぼ: そうだね! 特に、「キラキラしてるもの」ってのが、おもしろいね!


*たまたま出てきた、良い言葉には、『マーク』してあげよう。


        じゃあ、辞書で調べてみようか。


*調べることは大事。
*辞書は大事。
*すぐに調べることは大事。


中: 元々は、希少性があり、価値の高いもの・・・・

     ぼ: なるほどね! 元々は宝石や貴金属で、

        きれいで珍しいから、みんなが欲しがるから、価値が高まったのかな。

        その意味が広がって、「もの」でなくても、

        価値があるものを宝ものというように

        なったのかな。比喩の一種かもね。


*ルーツを、そこからどのように転じてきたか、物語をイメージする。


        色でいうとどんな色かな? 形でいうとどう? 重さはどう?

        音は?においは?触った感じは?


*できるだけ、五感を使って、「腹から」イメージするように。


中: 色は、金色とか。形は、丸いものでも、とがったものでも。重さは重い。

    音は、深くて丸い音、においは、、、しないかも。

    さわった感じは、ずっしり、しっとり、なめらか、、、


     ぼ: だいぶんイメージできてきたね!

        ところで、「価値がある」って、どういうことだろう?

        誰にとっての価値なんだろう?


*どこから光を当てているか、意識すること。(意識できれば、変えることもできる)


中: それは持ってる人じゃないですか?

     ぼ: だけど、本当の価値はわからなくても、

        お金たくさん使って集めまくってる人もいるよ。

        その人にとっての価値って何なんだろうね?

        その人が、本当に欲しいものって何なんだろうね?


*客観的なもの? 主観的なもの? も、よく使う分類法。


中: その人は、みんなから、『すごいですね!』って言われることが、

    宝ものなのでは?


     ぼ: そうだね、そうかもしれないね。

        本当のところは聞いてみないと (聞いてみても) わからないけど、

        十分ありえそうな話だね。


*決めつけはしない。「確からしさ」くらいまで。


        だいぶん話が散らかってきたから、少し整理してみよう。

        宝ものとは?


*話を散らかってきたら、ストップ。
*そこまでを整理。


中: その人にとって価値があるもので、

    形のあるもの、高価なものであることもあるが、

    形のないものでもあることもあり、

    また他人から見て価値のないものであることもある。


*よくまとめたね!すごい。


     ぼ: そうだね。だから、個人的な思い出を思い出させるもの

        なんてことも多いね。

        じゃあ、改めて、「あなたにとっての宝物」とは、なんだろう?


*抽象化したら、具体化。


中: うーん、思い出はあるけど、ものはそんなに大事にしてこなかったなあ(笑)。


     ぼ: そうか〜。

        そんな風に、日頃からものと接しられたらいいね。

        何も考えないと、結構雑に扱っていたりするよね。


*日常の振り返りも。


        じゃあ、時間を変えてみようか。

        中学生が高価なものを持っていて、自慢することも、まあ変だし、

        そうすると、みんな思い出がらみのことをいうだろうから、

        ちょっとがんばって、人と違うことを考えてみよう。


*「正解」をつくることが大事じゃない。
*ちょっと「がんばって」、自分で考える練習。
*ルールの中で、考える練習。


        「思い出」が、過去の自分に関連する価値の高いものだとすれば、

        同等に価値をあるものって、どこを探したらいいかな?


中: 未来


*時間をずらす。
*他には、空間をずらす、という手も。


     ぼ: そうだね。未来において、

        未来の自分にとって、(おそらく)価値があるだろう

        と思えるものってなんだろう?



==============


そうやって、書くイメージがしっかりできた後は、
すんなり書けていましたし、
内容も、とてもおもしろいものになりました。


やるではないか!




「問い」の世界を、心の中の風景として、
しっかりと描くことができれば、
たいていの問題には、対処できるよ。
イメージができれば、「勘」が働きだすからね。



それは何なの? 何を聞かれているの? を糸口として、
■ 分割する、統合する
■ 具体化する、抽象化する
■ 時間をずらす、空間をずらす、
■ 大きくする、小さくする
■ 言い換える、喩える、見立てる
・・・


「頭」で覚えることも、必要ではあるけれど、

「体」に染み込ませるための訓練も、必要ではあるけれど、

「心」の作用を自分の中に感じ取って、自分の心と対話すること

それがぼくにとっては勉強です。


そのために、何をやるでも、

すっと心を落ち着かせて、

さっとやってしまう。



目に見えないような細かいことですが、

ぼくは、そうやって物事を考えます。



自分なりの考える「型」、「スタイル」、「流儀」をつくっていきましょう。



2013年5月18日土曜日

青山プレップスクール(ゆかしネットワークスLLC)の全貌

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。



5月18日は、ゆかしの日。

なんのことやらですが、6年前のこの日、

ゆかしネットワークスLLCがこの世に誕生しました。


節目の6年を迎えたこのタイミングで、

一度、整理しておきましょう (自分のために)




  【壮大なミッション】  


「知」にまつわる、人、もの、お金、情報の流れを再編する


   情報化社会、知識集約社会における「知」のあり方を再定義し、

   現代および近未来における最適配置を形づくる


   ★ 主題の変化: 何を知るべきで、何を知るべきではないか

   ★ 方法の変化: どのように知るべきか



  【柔らかな世界観】  


技術主導ではなく、

   『ひとに自然な』

   『ひとに根ざした』

   『ひとを進化させる』

知の再定義を行う。



★ 主題よりも、背景

★ 目に見えるものよりも、目に見えないもの

★ ビジネスより、ハピネス



  【合言葉】  


ゆかいに
かろやかに
しなやかに

ゆかしい気持ちを、You can see! に繋げる会社。





  【理論研究テーマ】  


・ 「わかる」メカニズムをモデル化

・ 「できる」メカニズムをモデル化

・ 「かしこさ」の源泉を探る

・ 「粒子の半径とスケール差、その階層構造が生み出す、予測もつかない世界」

・ 「(生物の)生涯移動範囲、移動距離」について

など



  【開発可能な!ツール】  


・ 「集中状態」を喚起するプログラム

・ 「(半強制的に)暗記」させるプログラム

・ 「世界観(背景)を刷り込む」学習用ノート

・ 「スマートドア」(スマど) (≒どこでもドア)

・ 「思考幹力」を鍛えるバランスドリルなど

などなど




  【サービスとして提供】  


・ 個別指導学習塾

・ お父さんお母さんのためのプレップスクール

・ おとなだけどプレップスクール

    ↑ 「理解の文法」、「創造の化学」、「成長の力学」、「習熟の技術」 個別学習塾

・ 2030年世代が、2030年をデザインする、『2030年デザイン事務所』

・ 古典から学ぶ、古典読書会(自由解釈の場 『至宝を喰らう読書会』)

・ 海外にいる日本の子どもたちと、日本について、世界について、考える 『遠きにありて』


など



  【提供先】  


・ 修学中の学生、生徒さん

・ 修学中の学生、生徒の保護者さま

・ 学校、教育機関

・ 企業(人材育成)

・ 企業(広報宣伝、CSR)

・ 企業(プロジェクトワーク)

・ 個人(MBA受験)

・ 個人(40代からの起業)

・ 個人(習熟力を高める、基礎トレーニング)

・ 個人(教養を深める古典読解)

・ 2030年に関与する、個人および団体

・ 海外在住の日本人

などなど



なかなか、なかなか、大変ですね。



  【 I want you ^^ 】  


・ 生物学、脳科学に興味のある方、詳しい方

・ 人類の歴史に興味のある方、詳しい方

・ 最新の科学技術に興味のある方、詳しい方

・ 子育て中のお父さま、お母さま、おじいさま、おばあさま

・ 組織で人材育成をされている方

・ 新たにプロジェクト、新規事業を始める方

・ 組織の営業活動、広報活動、CSR活動に従事されている方

・ 人にものを伝える、教える、お仕事をされている方

・ 地域活動、NPO活動に従事されている方

・ 自分をもっと開発したい方


いっしょに、ゆかしませんか。(笑)



2013年5月17日金曜日

勉強の醍醐味_(マンツーマン小規模だからできること=つまり、おうちでもできること)

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。


勉強の醍醐味は、

浜辺で夢中になって貝殻集めをした、

そんな記憶を呼び覚ませてくれること。




自然の美しさ、人類の叡智、

広くて深い大きな海を感じながら、

足元の小さな貝殻を集める。




小さな貝殻が、大きな海の記憶と繋がって、遠い世界と繋がっている。



==================


結果として、成績が上がりました、試験に合格しました、

もちろん、うれしいことではありますが、
貝殻集めコンテストで優勝することは、単なる数字上の結果。


* 大人が横から手伝って、
* 大きなショベルカーでガサーっと取れば、優勝できるでしょう。
* 優勝した嬉しさは、もちろんあるでしょう。

* だけど、
* 自然や人類に対する敬虔な気持ちは、芽生えないでしょうね。



==================


★ ぼくが一人一人をよく認識レベル以上には、拡大しない

★ 教科専任ではなく、その子専任の先生


親や兄弟が、ちょっと勉強の手伝いをしてあげている、
親戚のお兄さんお姉さんが、たまたま東大に入ったけど、
その人に教えてもらっている。
という状況と、さほど変わりはありません。

     + そこに、ぼくがちょっといて、
     + 方向を修正したり、緩急をつけたり、別の角度から光を当てたり、、、
     + 日々の発明発見の成果を発表したり(!?)
     + まあでも基本、根気よく、起伏なく、ずっと見ています。


==================


◎ その子専任だから、できること

   当たり前ですが、こちらはその子について、詳しくなります。

   その子の好み、性格、考え方の癖、、、

   特に、その子が何についてよく知っていて、どういう経験があるのか、

   は、重要な情報です。


   なぜなら、

   人が新しい知識や考え方を学習する際に、

   新しく覚えるのではなく、既知の事柄と結び付けながら、理解していくからです。


   電車が好きなら、電車に関する知識は豊富にあるでしょう。

   新しい算数の概念、理科の実験、漢字、英単語、、、

   何でも、その好きなもの、得意なものとの関係をつけてあげます。

   得意なものと関連付けられると、腹から理解出来るだけでなく、

   得意だ!という気持ちも一緒に、結び付けることができます。



   新たに得意になる極意は、

   自分の身近なものに引き寄せてから、取り扱う。



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◎ 教科専任じゃないから、できること

   頭の中は、教科ごとに部屋がわかれているわけではありません。

   世界は、多様で、多彩で、多層で、多角的で、多次元的です。


   「それと、それは関係してたんですか!」

   「魔法みたい」

   「ヤバい。。。」

   そういう生徒さんの感想が、ときどきあります。



   数学の話をしていたはずが、理科の話になり、

   歴史の話になり、文学の話になり、地理の話になり、

   また歴史に戻って、今度は英文法の話になり、古文文法の話になり、、、

   めぐりめぐって、また数学の話に戻ってくる。



   いろんなことが、関係していて、

   一本の糸を手繰り寄せると、、、さーっと世界が見えてくる。



   美しさを感じて、心が動く。



   そういう感動を、1つでもたくさんしてもらうこと。



   まあ、ついでに言うと、各教科の復習にもなっているのですが(笑)。


   * 教科を分けるのは、
   * 教える側も、教わる側も、効率良く促成栽培するためでしたが、
   * 日本の現状は、促成栽培はしなくていいから、
   * 有機栽培(いろんなものごとが有機的に繋がっていること)が必要。


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週に1,2回、1,2時間で何ができるか。

○ 世界の広さ、深さを感じる

○ さまざまな物事が、実は繋がっている

○ 一見つまらなさそうなことも、バカにしちゃいけない


---- 週に何回も来い、なんて言いたくないのです。
---- 「人に頼らずとも、自分でできる!」、「むしろ自分でやった方が良い」
---- そう思えるようになって欲しいから。
---- 

---- 「自分でできる!」という気持ちを、育むべきであると、ぼくは思うのですが、

---- 専門家や合格屋さんたちの考えることは、ちょっと違うようで。。。



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おうちでやって欲しいこと。

★★ 得意なものと、関連をつけてあげる

★★ 教科をまたいで、関連をつけてあげる

★★ 日常の中に、応用問題を見つけてあげること



理科以外は、お金をかけなくても勉強できるものだと、ぼくは思います。

理科だけは、どうしても実験道具が。。。

2013年5月16日木曜日

小さきものに (マイクロソフト社とは関係のない、細かくて、柔らかくて、、、広大な世界)

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。



次の世代に、よい未来を引き渡したい。


それが、ぼくが今の仕事を始めた理由。


それはもちろん、

子どもたちのためになるかもしれませんが、

言ってしまえば、単に結果に過ぎず、

究極的に言ってしまえば、

ぼくが勝手に、

自分の興味のあることをしているだけ。

ということも、できます。


それがたまたま、「人が賢くなってもらわないと困る!」 という仕事であっただけです。


たくさんの生徒さん、保護者さま、先生(大学生)方、ご近所の方々、友人・知人、、、に

ご支援、ご協力、ご指導、数々のヒントを頂戴して、

おかげさまで、6年が経とうとしています。


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それまでは、大きな世界の人でした。


   ◆ 誰もが使いやすい仕組みの設計

   ◆ 誰がやっても、ミスが生じない仕組みの構築

   ◆ メンバーが働きやすいチーム運営

   ◆ 知的活動を、どうやって工業化するか?


そういうお仕事でした。

人並み以上に一生懸命、楽しく仕事をしてきたと思います。


今でも大切な仕事だと思いますし、

それを支えている以前の先輩方、同僚、後輩たちには、

本当に頭が下がります。




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しかし、最初から、そしてやればやるほど、

自分の中の違和感が、

解消されるどころか、むしろ大きくなっていったのです。

それは、端的に言ってしまえば、

   『 いい仕組みを作れば、

    いいサービスを提供すれば、

    いい社会を実現すれば、

    ひとは、いい人間になるの? より高度な人間になるの?

    今よりも良い未来を、次の世代に引き渡せるの?』

ということ。


たしかに、

便利になるでしょう。苦痛は減るでしょう。

不平等は減るかもしれませんし、

もっと贅沢ができるようになるかもしれません。

どこに行っても、高層ビルと大きな道路、

均質なサービスを、統一料金で、

便利で安全で、清潔で快適で・・・・


そういうのって、あんまり好きになれないな、と。


==========


ぼくの好みは、(単なる好みです)

環境最悪でも、仕組みが全くなってなくっても、

不便でも、困難でも、

それを楽しむ気持ちと、かしこさを、一人一人が持っていて、

「とにかく、何とかする!」


そういう方が、おもしろいんじゃないかなと、

いうのが、ぼくの好み。


だから、社会(や会社やサービスや製品)を、どうこうしよう

というよりは、

何があっても、何とかできるようになるためにはどうしたらいいのか?


という、まあバカげたことを、真剣に考えています。


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問題がわかっているなら、そのための対策を練ればよい。

いいや、もっといえば、答えを覚えてしまえばよい。


   * おそらくは、普通の学校とか塾・予備校は、そうしますよね。

   * 定期テストにせよ、受験にせよ、各種資格試験にせよ、

   * 相手がわかれば、対策はできますから。


だけど、ぼくには (いえ、ぼくが勝手に縛りを入れているのですが)

そもそも、問題すらわかっていない。

何が出るかわからない。

想像もできないようなことが起こる (可能性は十分にある)

くらいしか、わかっていないのです。


あー、大変だ。


   * あんな津波が来る

   * まさかという大企業が、大幅なリストラをする、他企業に吸収合併される

   * この子に野球をさせれば、将来イチローになる


とわかってれば、対処は出来ます。


問題は、

ひとりひとりが、将来において直面する問題が、不可知であること。



もしかしたら、過去のさまざまな問題に対する、対処と結果が全部わかっていたら、

適用できるケースがあるかもしれません。

だけど、それをやろうとすると、一生以上かかってしまうでしょう。

さらには、1つとして同じ問題は起こらないし、

過去に起こったことのない問題だって、じゅうぶん起こり得ます。



きゃー、どうしましょう。


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その時ヒントになったのが、【消化の話】。

ひとは、牛肉を食べたからって、牛にはなりません。 (ひとに限らず)

体に取り入れた肉を、そのまま使うのではなく、

たんぱく質を利用するのでもなく、

アミノ酸にまで分解して、

そこからまたたんぱく質をつくり直す。


生命の仕組みは、これに限らず、

とても小さくて、精密で、まだまだ謎に満ちています。


小さな細胞が60兆も集まって、人間になっていて、

その小さな細胞も、小さな小さなたくさんのたんぱく質や何かでできていて、

その小さな小さなたんぱく質も、小さな小さな小さなたくさんのアミノ酸でできていて、

その小さな小さな小さなアミノ酸も、小さな小さな小さな小さなたくさんの分子が集まって出来ていて、、、



それで、

   「腹減った」 とか 「最近いいことないな~」 とか 「政治が悪い」 「経済がどうたら」 とか、

思っている。。。らしい。。。ほんとに???




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ちょっと飛躍しますが、

生物の反応、生命活動って、こんなもんなんだろうと思ったのです。


膨大な、膨大な、

小さな小さな基礎知識が集中して、

1つの、1+1を理解したり、言葉を覚えたり。


そして、

応用力があるとか、地頭が良いとかって、

膨大な基礎知識が、有機的に活動している状態なんじゃないかなと思うんです。



1つ1つの問題を、そのまま覚えても意味がない。

それを、咀嚼して咀嚼して、目に見えないくらい小さなものにまで分解して頭に入れておく。

そして、それを高速に組み立てる練習をする。


そういう頭をつくることが、

何がきても、何とかできるようにする

ということじゃないかなと。



そして、もうひとつ。

頭の働きは、心の働きと密接に連動している。

心は気持ちとも繋がっている。

だけど、頭を働かせるには、自分の気持ち(感情)はいったんおいておいて、

深いところの心をどうやって動かすか。


心の中に、その小さな小さな膨大な基礎が詰まってるんじゃないかな。


そんなことを日々考えながら、

子どもたちに接しているのですが、

そろそろ、みんな来てしまう時間になり、

最後相当尻切れ気味です。。。







2013年4月30日火曜日

【英語は単なる道具】  じゃなくて、思考の新しいインフラです。

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。


英語は単なる道具だから、、、、

という言い方を、よく耳にするなと、思っています。

たとえば、、、



ざっくりいってしまうと、

★ 道具なんだから、難しく考えずに、
   ちゃちゃっとマスター出来ますよ!

★ 単なる道具に過ぎなくて、
   大事なのは中身ですよ!


そういう趣旨であると、解釈しています。
なるほど、と思える面もたくさんあります。



しかし、結論から言うと、
まったくそうではない面もあるのではないかと
ぼくは思うのです。


新しい、まったく違う言語体系を学ぶということは、
新しい思考法を学ぶことであり、
極論すれば、新しい人格を身につけることなのではないか。

それは、単なる道具という存在を超えて、
思考のインフラを開拓する、ということなのではないか。


そういう意味では、まったく異なる言語体系を学べる環境にある
ぼくたち日本人は、なんてラッキー!!



◎ 日本人でも、性格(ものを考える時の、思考習慣)によって、
   英語の得手不得手が決まるのではないか。


だから、
英語そのものの学習の前に、
英語的思考習慣の練習を徹底的にしたらいいんじゃないか。


*英語教材に関わっていらっしゃる方、一度ご検討ください(笑)。


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英語も、数学も、理科も、社会も、現代文も、古典も、
時には、家庭科や音楽も教えてるから(笑)、
わかることがあるんですね。

   (*そもそも、生徒さんたちはそれだけやらなければならないのに、
     一般に、先生たちは自分の好きなことだけやっていて、
     ぼくには、ずるいと感じます)


★ 古典を教えた後に、英語を教える

★ 英語を教えた後に、古典を教える

★ 小論文の指導をしている

そんな時に、思うんですね。

● 英語は、相手に伝えたいこと(主張)がある人たちの言葉

● 日本語は、特に相手に伝えたいこと(主張)がない人たちの言葉


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古典といえば、たとえばこれ、
『源氏物語』の冒頭です。
 いづれの御時にか、女御・更衣あまた さぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめきたまふありけり。はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。同じほど、それより下臈の更衣たちは、まして やすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせ給はず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。
(『源氏物語』 桐壷)




ずいぶん新しいですが、こういうものも、もはや我々には、古典ですよね。
『たけくらべ』の冒頭です。

 廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お齒ぐろ溝に燈火うつる三階の騷ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行來にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は佛くさけれど、さりとは陽氣の町と住みたる人の申き、三嶋神社の角をまがりてより是れぞと見ゆる大厦もなく、かたぶく軒端の十軒長屋二十軒長や、商ひはかつふつ利かぬ處とて半さしたる雨戸の外に、あやしき形に紙を切りなして、胡粉ぬりくり彩色のある田樂みるやう、裏にはりたる串のさまもをかし、一軒ならず二軒ならず、朝日に干して夕日に仕舞ふ手當ことごとしく、一家内これにかゝりて夫れは何ぞと問ふに、知らずや霜月酉の日例の神社に欲深樣のかつぎ給ふ是れぞ熊手の下ごしらへといふ、正月門松とりすつるよりかゝりて、一年うち通しの夫れは誠の商賣人、片手わざにも夏より手足を色どりて、新年着の支度もこれをば當てぞかし、南無や大鳥大明神、買ふ人にさへ大福をあたへ給へば製造もとの我等萬倍の利益をと人ごとに言ふめれど、さりとは思ひのほかなるもの、此あたりに大長者のうわさも聞かざりき、住む人の多くは廓者にて良人は小格子の何とやら、下足札そろへてがらんがらんの音もいそがしや夕暮より羽織引かけて立出れば、うしろに切火打かくる女房の顏もこれが見納めか十人ぎりの側杖無理情死のしそこね、恨みはかゝる身のはて危ふく、すはと言はゞ命がけの勤めに遊山らしく見ゆるもをかし、娘は大籬の下新造とやら、七軒の何屋が客廻しとやら、提燈さげてちよこちよこ走りの修業、卒業して何にかなる、とかくは檜舞臺と見たつるもをかしからずや、垢ぬけのせし三十あまりの年増、小ざつぱりとせし唐棧ぞろひに紺足袋はきて、雪駄ちやら/\忙がしげに横抱きの小包はとはでもしるし、茶屋が棧橋とんと沙汰して、廻り遠や此處からあげまする、誂へ物の仕事やさんと此あたりには言ふぞかし、一體の風俗よそと變りて、女子の後帶きちんとせし人少なく、がらを好みて巾廣の卷帶、年増はまだよし、十五六の小癪なるが酸漿ふくんで此姿はと目をふさぐ人もあるべし、所がら是非もなや、昨日河岸店に何紫の源氏名耳に殘れど、けふは地廻りの吉と手馴れぬ燒鳥の夜店を出して、身代たゝき骨になれば再び古巣への内儀姿、どこやら素人よりは見よげに覺えて、これに染まらぬ子供もなし、秋は九月仁和賀の頃の大路を見給へ、さりとは宜くも學びし露八が物眞似、榮喜が處作、孟子の母やおどろかん上達の速やかさ、うまいと褒められて今宵も一廻りと生意氣は七つ八つよりつのりて、やがては肩に置手ぬぐひ、鼻歌のそゝり節、十五の少年がませかた恐ろし、學校の唱歌にもぎつちよんちよんと拍子を取りて、運動會に木やり音頭もなしかねまじき風情、さらでも教育はむづかしきに教師の苦心さこそと思はるゝ入谷ぢかくに育英舍とて、私立なれども生徒の數は千人近く、狹き校舍に目白押の窮屈さも教師が人望いよ/\あらはれて、唯學校と一ト口にて此あたりには呑込みのつくほど成るがあり、通ふ子供の數々に或は火消鳶人足、おとつさんは刎橋の番屋に居るよと習はずして知る其道のかしこさ、梯子のりのまねびにアレ忍びがへしを折りましたと訴へのつべこべ、三百といふ代言の子もあるべし、お前の父さんは馬だねへと言はれて、名のりや愁らき子心にも顏あからめるしほらしさ、出入りの貸座敷の祕藏息子寮住居に華族さまを氣取りて、ふさ付き帽子面もちゆたかに洋服かる/″\と花々敷を、坊ちやん坊ちやんとて此子の追從するもをかし、多くの中に龍華寺の信如とて、千筋となづる黒髮も今いく歳のさかりにか、やがては墨染にかへぬべき袖の色、發心は腹からか、坊は親ゆづりの勉強ものあり、性來をとなしきを友達いぶせく思ひて、さま/″\の惡戲をしかけ、猫の死骸を繩にくゝりてお役目なれば引導をたのみますと投げつけし事も有りしが、それは昔、今は校内一の人とて假にも侮りての處業はなかりき、歳は十五、並背にていが栗の頭髮も思ひなしか俗とは變りて、藤本信如と訓にてすませど、何處やら釋といひたげの素振なり。
(『たけくらべ』)

おそろしく長い引用になってしまいましたが、、、、

これは、、、、最初の一文のみです。。。。。






ものすごーーーーく、 乱暴にいっていまうと、、、

あ~、いつだったかな~、あのほら、あの人が、あ~だったでしょ、
だからほら、こ~なって、あ~なって、あ~、そういえば思いだした、
こんなこともあったよね、だからやっぱり、そうなのよ~、
それでもって、あの人がその後、あ~なって、こ~なって、、、大変よね~、
そしたらこんどは、こっちではこんなことがあって、あんなことがあって、、、
世の中って、無常よね~。 
よね~。


============


ここでの引用を、2つとも、女性の作品にしたのは、
少し意図的です。

これは、小林秀雄の受け売りではありますが、




日本語、やまと言葉、やまと魂、、、というのは、
もともとは、庶民や女性の使う言葉であったり、心を表したものであり、
その対極にあるのが、漢文であり唐才であり。


公式な文書、仕事上の文書、など
つまり、

相手にはっきりと意思を伝える時の言葉としては、長く漢文が用い、


そうではなくて、

ひと所に定住し、隣近所の人も、先祖代々、ずーっと付き合いがあって、
だれが何をしたか、何を考えているかも、共通認識として持っていて、


その共感、共同体意識、連帯感、、、
を育むためのコミュニケーションとして使われ、発展してきたのが、日本語



だから、主張も、結論も、特に必要でなく、
今の感覚(現代的感覚、欧米的感覚)からすれば、
ただひたすら、
ダラダラ、ダラダラ、ダラダラ、、、

論理もへったくれもない!

言いたいこと(主張)が先にある訳ではない。

話が滑らかに繋がって繋がって、、、あー、いつの間にか。。。


============


ただし、たとえ日本語を使っていても、
どうしても相手に伝えたいこと、主張がはっきりしている場合には、
ちょっと趣が変わります。
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり。されば天より人を生ずるには、萬人は萬人皆同じ位にして、生れながら貴賤上下の差別なく、萬物の靈たる身と心との働を以て天地の間にあるよろづの物を資り、以て衣食住の用を達し、自由自在、互に人の妨をなさずして各安樂に此世を渡らしめ給ふの趣意なり。されども今廣く此人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、其有樣雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。
(『学問ノススメ』福澤諭吉)
まだまだ、例示が多すぎて読みづらいかもしれませんが、それでもずいぶんわかりやすいと思います。






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学校教育を考えてみても、
自分の意見を述べる、相手を説得する、
という経験を積む機会は、残念ながらあまりありません。

英語ですらもが、言いたいこともないのに、
ただ単語の意味を覚える、例文を書き換える、括弧に当てはまる前置詞を覚える、
文脈も前後関係もなく、単なるパズル、またはクイズのようなテストばかりです。

数学なんかも、解法のパターンを教えてる、覚えようとしている。
理科、社会なんて、単なる暗記科目と堕している。。。



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それがそのまま
大学生や社会人になって、
『プレゼン』ができなきゃならない!

となって、プレゼンの『仕方』を一生懸命勉強するのです。


プレゼンの仕方を勉強するより前に、
プレゼンしたいことが、本当にあるのかな?

別にないんですよ。
リ○ナビで、片っ端から会社にエントリーして、
面接の仕方もすべて教えてもらって、
そこそこやって、給料もらえればいいや、

そうなれば、適当にパターンをまねして、見栄えだけ調整して、
こんな感じでしょ、と。
そこに独創的なアイディアも生まれるはずはありません。


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日本人が英語を勉強するためには、
英語を勉強する前に、

★ ちょっとテンションを上げる

★ 言いたいことを先に考える練習

そういうウォーミングアップを少しやってから、
英語の勉強をしたらいいんじゃないかなと思うんですね。


ということで、何人かの生徒さんと一緒に、
挑戦中です!!




**
あー、だけど、
ぼくは、日本語のような考え方は、貴重だと思いますし、
これから逆に、大切だと思っています。


2013年4月24日水曜日

(家庭学習のヒント) 「小学生の間に、これだけは。。。」 できるお母さん、優しいお母さんへ (特に男の子のお母さん)

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。



できるお母さん、優しいお母さんだから
ありえてしまう話なのですが、


自分のことは、自分でチェック!


する習慣をつけてあげてください。


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大事な時、忙しい時、心配な時、、、

そうであっても、全部万端に整えてあげたとしても、

最後のチェックだけは、自分で!


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近いところでは、学校の勉強。

学年が進むにつれ、やることは複雑になり、処理は大変になるのですが、


★★自分でチェックできるか?★★


という能力が、思いのほか重要。

何はなくとも、セルフチェックの能力だ、とさえ、ぼくは言いたいくらいです。


▼ 計算間違いが多い

▼ ケアレスミスが多い

▼ 処理に時間がかかる


前2つは、そのままではありますが、最後の【処理時間】についても、

チェック能力の優劣が大きく左右します。


できる子をよく観察していると、、、
決してすべてが正確にできているわけではないのです。


ただ、【だいたい】であたりをつけてから、
チェック能力を使って、帳尻を合わせている、
そんなケースが大変多いのです。


最も単純に、計算問題を例に挙げると、

○ できる子は、1行進む間に、細かく行きつ戻りつしながら、チェックを入れています。

   始めから正解を書きに行っていない、だいたいのところで、あたりをつけるだけですので、
   非常に処理が高速で、正確です。

× ミスが多い子は、後戻りはしません。

   後は野となれ山となれ!


できる子も、ミスをしていないわけではないのですが、自分で自分のミスを回収できているのです。


英語についても同様。

三単現のsであったり、時制の一致、冠詞や単数複数。


何をするときに、何をチェックしなければならないかを、わかって、
チェック前提で進めている子と、
丸暗記の記憶を頼りにやっている子で、
速度も精度も、圧倒的な差になってしまいます。



間違っても良いんだよ、チェックして直せれば!!



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10年後の未来の話。


仕事ということになると、そのほとんどが実質チェックに費やされるのではないでしょうか。
(ぼくの個人的な感想)


チェックしてないものは、それがチェックされるまではまったく無価値。


ノーチェックもしくは、ほとんど機能しないいい加減なチェックをしただけで、
上司に提出しちゃったら、、、
それだけでもう、、、、できない奴。
ってなっちゃいますよね。


その辺が結局、就職活動において、学歴を評価する理由だと思うんですね。
(* 他に見るべきものもないし。。。)


目標に到達するために、

★ 何を

★ どのくらいの精度で

★ どのように

チェックすればいいのか、

経験がない子は、本当にわからないのです。

そもそも、その必要性、重要性すら、知らないのです。



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20年後の未来の話


結局、人間がわかることなんて、限度があります。


現代は、そしておそらく20年後においても、

(それが正しいかどうかは別として)、

必要なチェックをしていれば、失敗してもOK!


人智の及ぶ範囲で、

× 昔からそうしている

× 先輩社員がそうやっていた

人智の及ぶ範囲で、チェックが掛けられていれば、
必要以上の責任を問われることはありません。


それをわかっていれば、
どんどんチャレンジもしやすくなるのです。


1つ1つのチャレンジには、成功も失敗もあるでしょうが、
継続的にそれらをチェックし続けていくことができれば、
1つ1つの失敗を、それほど気に病むこともありません。

なるほど、そうか、勉強になった!



子どもたちの暮らす未来が、
少しでも居心地のいい社会であるためには、
失敗する自由が必要だと思います。


その自由を確保するためには、
セルフチェック能力は、何よりも必要となるのです。



今、今、のことを考えれば、
お母さんがやっちゃった方が、間違いなく速いですし、うまくいきます。


そこを何とか、忍の一字で堪えて、
自分でチェックする習慣を、早いうちからつけてあげてください。





東京の大学で英語でディベートしてそうな部 潜入調査計画

  今回我々は独自の調査により、駒場の杜に潜むという同胞の棲息を示す確たる証拠を得た。更なる調査を進めるために、特別潜入チームを組織する。数々の難関基準に合格し、最後は適当にクジで選ばれた3名の隊員に、今回の任務を依頼する。 ミッションコード: ZZZ02(寝るな!) ...