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世界から、算数嫌いをなくす方法 (天地創造プロジェクト内: もしも、ぼくたちがカエルだったら)

20年後の未来のために、新・青山Fプレップスクールです。 世界から、算数嫌いをなくしたい。 突然ですが、数を数えてみてください。 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12、、、 ぼくたちが普段使っているのは、10を1つのかたまりとしてとらえる 10進法というルールを使った数です。 では、ぼくたちはいつから、どうして、10進法を使うようになったのでしょう。 確かな証拠はありませんが、 ぼくたちが手を2本持っていて、 それぞれに5本ずつの指が付いているからだと考えることが自然です。 === 10進法の起源 === 人や動物を数えたい欲求が起こった時に、 一番身近にある指を使って数え始めることは、まあ自然だと思います。 そこまではOK。 1,2,3、、、指を折って数えていく。 右手がいっぱいになったら、左手も使う。 これも、自然な成り行きかと思います。 そして、左手もいっぱいになった!! どうする? 足の指を使ってもいいのですが、そこまで起用じゃないですよね。 ということで、その辺にあった棒切れを、指いっぱい(10)の印として 使い始めた人がいたのではないかとおもます。 それが流行った。 きっと、多くの人にとって、リーズナブルだったのだと思います。 === じゃあ、もしかして。。。 === さてさて、長々と10進法の起源を想像してみましたが、 ってことはですよ。 もしも、ぼくたちがカエルみたいに指が3本だったら。。。 (* 後で調べてみたら、カエルの指は、4本が多いそうです。。。どうしよう。。。) 1,2,3,4,5,6 ここで、指がいっぱいになってしまいます。 そうすると、ここで棒切れを持ってきて、 6をひとかたまりとして扱うようになる。 ぼくたちは、6進法の数字で、世界を認識することになります。 でもそれって、どういうことなの? それはまた、明日にしようと思います。

ぼくの夏休み

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その先へ! 20年後の未来のために、 新・青山Fプレップスクール です。 夏休みが終わりましたね。 みなさんはどんな夏休みだったでしょうか。 ぼくの夏休みは、おもしろかったです。 今年は、通常の個人授業に加えて、 (それはそれで、かなりすごいスケジュール) 新しい試みを5つ。 1. どこかの窓プロジェクト    国内、海外の小さな寺子屋を結ぶネット遠隔授業    希望を広げるだけでなく、セイフティネットとしても。 2. 日本一長くてわかる、 算数実験教室    小学3年生と一緒に、最難関校の入試算数にチャレンジ。    実験すればできるんです。    そして、腹からわかるんです。(公式など知識不要)    その代わり、ものすごく時間かかります。 3. その名も、 天地創造プロジェクト    この世界を、もう一度作り直そう。    この夏は、算数を再構築することになりました。    『もし、ぼくたちがカエルだったら?』    6進法の、不思議な、素敵な世界。    この世から、算数嫌いがなくなるかもしれません! 4. 共読、協読  『弁論術』 (アリストテレス)    一人で読むのは大変だ。    じゃあ、みんなで読もう。    * ただし、これは実際にはほとんど      進みませんでした。。。 5. あさがおのもり    夏の朝をさわやかに。    たくさんのアサガオを咲かせました。    * ただし、本格的に咲き始めたのは涼しくなってから。。。 通常の個人授業も、朝から晩までびっちりです。 今年は特に、社会人の方(MBA受験)が多かったのが特徴です。 とても忙しかったけど、 とてもおもしろかった! ??? とても忙しかったから、 とてもおもしろかった!

高校3年生の夏は、やはり特別

その先へ! 20年後の未来のために、新・青山Fプレップスクールです。 幼稚園児から社会人まで、一人一人がそれぞれの目的で通ってくれています。 もちろん、一人一人の目標のため、精一杯、頭と心とをこき使っています。 しかし、それでも高校3年生って、ぼくにとってはちょっと特別な存在です。 大学受験を控えているから? もちろん、そういう面はあるのですが、 ぼく自身、それはあまり気にしていなかったりします。 (たいていは、それでもうまくいきます) そんなことよりもぼくが気にしているのは、 【来年は、もうこの子は来ない】 ということです。 中学受験、高校受験の子であっても、来年以降はありますが、 大学受験の子は、本当にもう後がないというか。 もちろん合格した後に、「また、遊びに来ますよ!」と言ってくれる子はたくさんいますが、 でも、なんだかんだ、多くても年に1回くらい。 それも、ぼくが結構忙しいので、限られた時間にちょっとお話する程度。 あと半年、残り数回のレッスンで、この子を送り出さなければならない、 という プレッシャー です。 これから先も、学ぶことはたくさんあり(むしろこれから先の方がよほど大変)、 いろいろと困難に直面することもあるでしょう。 でも、なんとかやっていけるよな、と自信を持って送り出せるように。 そして、(完全にぼくの都合ではありますが) 将来、    『○○さんって、どうしてそんなに何でもできるんですか?』    『勉強の秘訣っていうか、基本はどこで学んですか?』 って、周りの人から尋ねられるくらいになって欲しいのです。 自分自身のバカな高校生時代も思い出しながら、 今、この時に、何を学んでほしいか。何を伝えるか。 1分1秒、無駄にしないように。

なぜ今、『弁論術』なのか。

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20年後の未来のために、新・青山Fプレップスクールです。 Steve Jobs の iPhone 以来特に顕著だと ぼくは認識しているのですが、 『日本にはいい技術はあるけれども、  それをアピールするのが下手だ』 そういうことが繰り返し述べられ、 企業では、プレゼンテーションスキル 学生の就活では、コミュニケーション能力 が、求められているように思います。 本屋さんをのぞいても、 その類の本が数多く並べられています。 当然の結果として、 判で押したような【プレゼン力】、【コミュ力】、【個性】。。。 が蔓延することになります。 商売の世界では、昔から常識として、 『いいものが売れるわけではない 売れたものがいいものである』 という話があります。 いわゆる”ユダヤの教え”みたいなものを繰り出すまでもなく、 必要としていない人に、必要のないものを売るのが、一流の商売人です。 ============ そんな中、ぼくたちはそれぞれの立場で、 3・11(東日本大震災)を経験しました。 さまざまな情報が飛び交い、何が正しいのか、誰を信じていいのか、 高度に技術的、政治的、経済的要因が絡む状況で、 結局はそれぞれが、それぞれの立場で、よりよい選択をすることを課せられました。 もちろんそんなとき、”わかりやすい”情報はありがたいです。 しかし一方では、”わかりやす”ければいいのか? それを信じて、人生をかけた選択をしてよいのか? ============ 見せ方の問題は、もちろん大切なことです。(特に発信者側において) しかしそれだけでは十分ではない。 受信者側としては、それがわかりやすかろうが、わかりづらかろうが、 【事実に基づき、蓋然性の高い論理を進め、共通認識を積み重ねる】 その基本をもう一度確認したいと、思いました。 ============ そんな時、たまたま、オンライン書店の推薦欄に本書が現れたという次第です。 ただしそれなりに分量があり、 ハードな内容であるとすると、ぼくならば【挫折】するな、と。 そこで、一緒に読む仲間を募集して、 細々と、緩々と、読み進めています。 同時進行で本を読むことに関しては、 もう一つ書きたい...

好きなことをするか、することを好きになるか

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20年後の未来のために、 新・青山Fプレップスクール です。 今年は、北陸年なのでしょうか。 身の回りに北陸があふれています。(笑) 北陸新幹線が開通し、 この本を読んだというだけではありますが。 『天皇の料理番』 子どものころに食べたコロッケに感動して、料理人の道に進む主人公。 明治という時代と一緒に、世界まで飛び出していくあたりは、とても面白いです。 ==================== 子どものころ好きだったものが、そのまま一生の仕事となって道を究めていく人生。 いいなと思います。 歴史上名を残した人で、そのような人生を歩んだ人はたくさんいます。 メディアが取り上げるような美談も、多くはこのパターンです。 夢をあきらめるな! 努力すれば夢はかなう! 一方では、そうでない方向でもいいんじゃないかと、ぼくは思います。 いろんなことに興味を持って、いろんなことが好きになる。 大好きなことが一つしかない人生よりも、百も千もある人生は、 それはそれで豊かではないかと。 もっと言えば、そちらの方がいいのではないかと思います。 仮に好きなことを一生やっていけるとしても、全部が全部、 好きで埋められるわけではないと思うのです。 好きなことの周囲には、嫌いなこと、苦手なこと、面倒くさいことが、 その何倍も散りばめられているものではないでしょうか。 好きなことしかやらない、よりも、 やっていることを好きになる。 学校の勉強すら、そういう風に取り組むことができたら、 きっと豊かな人生を送れると思います。 ああ、でも、中途半端は良くないですね。 やるんだったら、期間限定でも、息止めてがんばるのが良いです。 やり過ぎだと人から言われるか、やり過ぎたな!と自分で反省するか、くらい。

カメハメハ大王の襲来

♪ 風が吹いたら遅刻して、雨が降ったらお休みで ♪ 先日そんな依頼をいただきました。 8年間この仕事をやってきて、初めてお断りしました。 4歳~50歳まで、いろいろな生徒さんのいろいろな要望に合わせてきました。 それは、塾に生徒が合わせるのではなく、生徒に塾が合わせるべき、 そういう考えによるものです。 でも、今回は特別でした。 いえ、この件だけでなく、 ▼ 面談は何度もドタキャンされるし ▼ 手続きはきちんとしてくれないし ▼ そして初日当日直前に、上記のご要望をいただいて、それが無理なら来ないと。。。   (準備していた私と、担当の先生は、呆然と待ちぼうけです。     100歩譲って、もしそれがクリティカルなご要望なのでしたら、     もっと前に言ってください。。。     こちらは、マンツーマンだから予定は事前に確定してくださいと     お伝えしているのに) 別にこちらは、無理に入ってくれとは申しておりません。 (生徒数を増やしたいわけではなく、ひとり一人にきちんと対応したいので。  生徒募集に、こんなに不熱心な塾もそうはないと思います) ご希望をいただいたので、準備していただけです。 そして、”カメハメハ大王プラン”に反対した理由も、 それが絶対に、生徒さんのためにならないからです。 ==================== 雨かどうかは、いつ時点、だれが判断するのでしょう。 当日、本人が判断するのでしょうか。 そうした場合、「ちょっと面倒くさいな」というような理由で、 お休みしてしまうことにはならないでしょうか。 その子のその日の気分で、来たり来なかったり。 小学生男子の判断です。遊びたい気持ちが勝るに決まっています。 (そんな心配がないくらいだったら、そもそもこんな話にはならない) 来るか来ないかわからないのでは、その子の勉強のペースができていきません。 こちらが立てる計画も、準備も、場当たり的になってしまいます。 それで一体何になるの? その子は将来どうなるの? 学校の成績がなんとかなれば、受験がうまくいけば、 なんとかなると思っているのでしょうか。 ===...

作文が嫌いですか?

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その先へ! 20年後の未来のために、新・青山Fプレップスクールです。 突然ですが、作文は好きですか? 学校は何故か異常に、作文(感想文)好きですよね。    □ 本を読んだら読書感想文    □ 遠足に行ったら感想文    □ なんかあったら感想文 それ以外にも、ぼくの小学校は3年生からだったか、 4年間、毎日(365x4+1) 日記を書かなければなりませんでした。 これがもう、苦痛で苦痛で(笑)。 作文は、(ある程度)作り話。 感想文は、単なる個人の感想。 もちろん、できないよりもできたほうがいいです。 この人の話は面白い!と思われた方が、何かと人生得すると思います。 でも、そうであるならば、作文という形(文章)にする必要はなく、 学校では、みんなで発表しあえばいいと思うのです。 その方がよほど、トレーニングになるのではないか。 一学級の人数が少なくなっている今、できるんじゃないかと思うのです。 一方、文章を書く練習ももちろん必要です。 しかしそれは、「感想」でもなければ、「作文」でもないものが、 多くの(ほとんどの)人たちにとって必要なのではないでしょうか。 □ 事実を事実として述べる □ 自分の意見を述べる □ 事実と意見を、混同させずに、簡潔に、論理的に記述する そのために、議事録や取材、インタビュー記事、小論文。。。 こういった文章の練習は、大いに不足していると思います。 今、『コミュニケーションスキル』、『プレゼンスキル』というものが、もてはやされています。 そのための、学校、塾、セミナー、教材、書籍など、多数巷にあふれています。 それはそれで、無いよりはあった方がいい。 しかし一方で、「うまいこと言ったもん勝ち」みたいな風潮を生みかねないと危惧しています。 中身は大事じゃなくて、表現さえ見栄えがするものであればいい。 それはある意味、人間の(悲しい)本質をついていることではあるのですが、 一方では、表現よりも中身が重要だね、と考えるのもまた、人間であると私は思います。 そんなことを思ったのは、最近、適度に抑制のきいたいい文章だな、 と思う本を読んだからです。 『...