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2013年 ベスト流行語は、これであるべき!

大変長らく更新しておりませんでした。 夏休みのダメージ(?)も、そろそろ癒え(遅!)、 ペースを取り戻しつつあります。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ 復活第一号として、どうかと思うのですが、どうでもいいお話。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ 今年の流行語として、ふさわしいものはどれか? あくまで、ぼくが勝手に! 子どもたちのためにこれがよろしかろうと思うものです。 早速まいります。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ 第4位: 「お・も・て・な・し」    これは、健全な青少年の教育上、よろしくないでしょう。。。    強面のおっさんが出てきて、「うちには、金があるぜ!」と言った後、    美人さんが出てきて笑顔で、「最高のおもてなしをしますよ」    さらには、「お金落としたっていいんですよ。返ってきますから(但し完全ではない)」    うーん、これはやばいでしょ。(笑)    健全な青少年のみなさん! 実際にこういうことがあったらひょこひょこついてっちゃだめですよ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ 第3位: 「今でしょ!」    これはぜひ、おとなたちにもっと強く言って欲しいこと。    今今の経済、生活の質を少し変えることへの抵抗、俺ってすげーんだぜ、、、    そんなことはどうでもいいから、    少子化世代のことを、もう少し考えてあげて、    アクションを起こすなら、今でしょ!    *単に消費税を上げればいいということではない ~~~~~~~~~~~~~~~~~ 第2位: 「倍返し」    「お・も・て・な・し」なんかと比べると、圧倒的に品がないというか。    それが、いいんじゃないですか。    心からの叫びは、決して他人にとって心地よいものではないかもしれない。    でも、それを口に出す勇気を、特に若い人たちに持ってほしいと思います。    最大限、無制限、フォローしてあげる。 ...

探究的学習

暑中見舞い

最近まったく更新できておりません。 ネタは毎日たくさんあるのですが、まったく追いつかないです。 暑い日が続きますね。 夏を満喫しましょう!

サッカー日本代表本田選手は、「持ってなんかいない」

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サッカー日本代表 W杯出場権獲得おめでとうございます。  持ってるんじゃなくて、 むしろ持ってないからこそ、掴み取ってる  W杯出場の原動力ともなった本田選手の 前回のW杯時に有名になった言葉。 『俺は、持ってる。』 ----------------------------- サッカーをやっている中高生は多いので、 今度、話してみたいと思っているのですが、 【 本田選手は、本当に、「持っている」のか? 】 ということについて。 もちろん、ご本人がそうおっしゃっているわけですから、周りが何か言うことではありませんが、 そういうことじゃなくて、ぜひ、中高生に考えてみて欲しいことがあるのです。 ----------------------------- ぼくが思うには、本田選手は持ってるのではなく、 自分の力で掴みに行ってる。 そしてこれまでの、数々の栄光・活躍は、(もちろん、周りのサポートはあったにせよ) 本田選手が、自らの才能と努力で、掴み取ったものではないかと。 一昨日の試合の、最後のPKのシーンもそう。 PK獲得の直後にもう、本田選手はボールを持って、その場に立っていました。 天から偶然に、ボールを渡されたわけではなく、 自らの手でボールを拾い、自らの足でその舞台に立った。    ここは、若手の○○君にお願いしよう。    いえいえ、そんな。私などまだまだ若輩者で、ここはぜひ、課長お願いします。    そうか、、、では、僭越ながら。。。 なんてやりとりは、ないわけです。 □ 地元の強豪校ではなく、星稜高校に越境したこと □ オランダリーグから、ロシアリーグへの移籍 □ なかなかビッグクラブへの移籍がかなわないこと すべてが思い通りになっているわけではないでしょうし、 いつもお膳立てができているわけでもない。 最高の環境が常に準備されているわけでもない。 そんな中で、ひたむきに、がむしゃらに、 すべての経験を、未来の自分の糧にしようとする姿に、 ぼくが、そしておしらく日本中の人が、注目しているのだと思います。 -------------------------...

(家庭学習習慣より、思考習慣) 暗記の練習

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。 毎日机に座って30分、算数や国語の勉強をすることが、無駄とは言いませんが、 子どもたちの学力の決定要因にはならない、というのがぼくの考え。 では、何が決定要因になるかというと、 普段、何気ない日常の中で、何をどう考えているか、といった思考習慣。 今回は、記憶のお話です。 たしかに、上手に覚えられる子と、 すーぐ忘れちゃう子がいるのは、現実。 でも、それって「頭の良さ」や「遺伝的なもの」と関係があるの? ========= 遺伝的なもの、脳の障害などの影響が、まったくないとは言いません。 でも、ほとんどの、ほとんどの子にとっては、 ☆ 関心領域が、ちょっと異なっている ☆ 「覚える」、「思い出す」ということの練習不足 ☆ もうちょっと機械的なこと だと、思います。 ★ 「意欲の問題」とは、敢えていいません。    「モチベーション」って何だ? 「関心領域」の話で説明できると思います。 ========= ☆ 関心領域について    ◆ 人は、既に知っていることの周辺事項しか、関心がない。    以前、出典は忘れてしまいましたが、    ”人は、同じニュースばかりを見ている” という調査結果がありました。    インターネットは、閲覧者の履歴を取ることができますので、    あるニュースを見た人が、次に何のニュースを見ているか、、、、調べることができます。    その結果わかったことは、”人は、同じニュースを繰り返し見ている”。    気になる話題があったら、ほとんど内容が異ならないことを知りながら、    何度でも、関連ニュースを見ているとのことです。    ニュースを見る (本来の?) 目的からすれば、幅広く、最新情報を集めることのはずですが、    実際、ぼくにも、心当たりがあります。           ぼくは野球に興味がありますから、           たとえばダルビッシュ投手のニュースがあれば、           それを...

家庭学習習慣じゃなくて、思考習慣 (さがしものは何ですか?)

探し物は何ですか 見つけ難い物ですか  カバンの中も 机の中も 探したけれど 見つからないのに ( 『夢の中へ 』 井上陽水) 夢の話ではありません。現実のお話し。 子どもは、さがしものが苦手です。 ★ 適当に、ちょいちょいと探して ⇒ みつからない ★ 同じところを何度も探して ⇒ みつからない ★ 昔のおもちゃなどをみつけて ⇒ 遊び始める ★ 時間が掛かりすぎて ⇒ 何を探していたのか忘れちゃった ・・・ こっち(おとな)は、だんだんイライラして来て、 ちゃんと探しなさい! ほら!ここにあるじゃない!! (怒・怒・怒・・・) (笑) ============== しかし、この「ちゃんと探す」、「きちんと探す」 ということを、子どもたちは本当にわかっているでしょうか。 ● 「探し方」という方法に注意が払われているか ● 「部分」にわけて世界を認識できているか ● 「順番に」ということが当たり前になっているか ● 「もうそこには絶対にない!」と、確信できるまで、調べ尽くせているか ● 「部分」が思ったより大きかったら、さらに「細かい部分」に分割できるか ● 「前回使った時」などの、記憶を頼りに、「ありえそうな場所」を考えられるか ● 「ありえそうな場所」の優先順位をつけて探せているか ● 「ありえそうもない場所」まで探し始めた方がいいのは、どうなった時か ● 途中で「目的」を見失わない ● 普段から、ものの配置には気を配っておく このように、「さがしもの」とは実は、 かなり高度な知的活動だと、ぼくは思います。 ============== この「さがしもの」が、ある程度自分でできる子にとって、 算数の文章題は、さして難しいものではありません。 「さがしもの」をしているのと同じことが多いですから。 一方、「ものをさがす」ということが、どういうことなのか、 ぴらっとその辺をめくってみること だと思っている子は、文章題がだんだん苦手になってきます。 ============== 小学校6年生くらいになると、 うちはみん...

懐疑と予感の由良の門を。

由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ  ゆくへも知らぬ 恋の道かな 恋の話ではありません。 「自ら考えて行動できる人間になろう」、「考える力をつけよう」、「思考力が大事です」・・・ 耳触りのいいこの言葉は、今や巷にあふれています。 どの学校、どの塾の理念をのぞいても、そんなことが書いてあるでしょう。 どの会社の人材募集をみても、そんなことが書いてあるでしょう。 かくいうぼくも、いつも子どもたちに、 「覚えて出来てもダメなんだよ」、「知らなくたって考えればできる」、 「知識そのものは、その場その場の使い捨てだけど、  考え方はいつでもどこでも、使い回しが効く」、 「考えることが、人間を人間らしくして、他の生物や機械とは異なる存在にしている。  考えることが、君を君らしくする」 ということを、静かに語りかけています。 ===懐疑編=== 子どもたちには、そうは言っていますが、 一方では、「本当にそうなの?」という確認作業もせずにはいられません。 「じゃあ、おとなは本当に考えてるの?」、「ぼくは本当に考えてるの?」 日常のさまざまな場面で、 人は、単に「ルールに従っているだけ」なのではないでしょうか。 決められた時間に会社に行き、決められた範囲内の仕事をして、 いつものルートで家に帰って、家に帰ったらほぼ決まった行動をして。 給料が入ったら、ちょっといいものを食べて、 有給が貯まったら、海外旅行に行って、 車を買い、家を買い、結婚して、子どもを育てて、、、、 大きな差異は気にしないが、細かな差異が非常に気になる。 何か嫌なことがあれば愚痴を言い、 言えば、それなりにすっきりして、 新聞やテレビ、インターネットで知った情報について話し、 誰かから聞いたことを話し、 いいことがあれば、Facebookに投稿する。 株価が上がれば喜んで、 「ただちに健康に害はない」は、「最悪の毒」か、「もう済んだこと」 賢そうに見せたければ、ちょっと批判的なものの言い方をする。 幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である もっと詳しく一場面、一場面を観察してみても、 ほとんどの人は、ぼくも含めて、 その場...