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良い授業態度って、どんな態度ですか?

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  「テストの点は悪くないんですけど、授業態度が良くないということで成績がなかなか上がりません」 そもそも授業態度って、な んなんでしょうね。 そう思ってインターネットを検索したら、出るわ出るわ。 たくさんの「授業態度をよくする方法」が出てきました・・・ □ 姿勢を正して、先生と目を合わせて相槌を打つ □ 私語を慎み、よそ見をしない □ 積極的に手を挙げて発言したり、提出物をきちんと出す 途中から、気持ち悪くなって見るのを止めてしまいました。 たしかに学校って、そういう場所だったな・・・ そりゃ、仮にテストの点数が同じだったら、 普段からがんばっている子のほうを評価したくなるし、 もっと言えば、テストの点数だけがいい子よりも、 普段の学習態度を見ていて、「この子はやるな!」と思える子がいたら評価したくなる。 ーーー *所変われば品変わる お行儀よくだけしている態度って、たとえば外国人からはどう見えるんでしょうね・・・ ーーー しかし、大前提として、 「差をつけなければならない、良いものを選別して、悪いものをふるい落とさなければならない」という思想が根底にあるのでしょう。 人口がどんどん増えて、経済が発展する時代のシステムです。 今、それをやってる場合じゃないだろ、というのが、 私がマンツーマンで授業をしている理由です。 (大変なだけで、儲かることもないですが) ふるい落とすシステムではなくて、さまざまな才能を見つけて、それぞれに伸ばしていく時代に変わっていくと思います。 □ テストができるのも、ひとつの能力 □ じっくりものごとを考えるのも能力 □ 積極的に発言して、議論を巻き起こすのも能力 □ バカなことをやって怒られるのも能力 など どれも大切な能力だと、私は思います。 #青山プレップスクール #授業態度 #内申点アップ #内申点対策 #よい授業態度とは

現代最強の魔法? 量を減らす魔法

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どうして量を課すのだろう? 量に頼るのだろう? (いっぱいいっぱいになっている人の持っている技が「がんばる」だけだったら、仕事でも勉強でもとても苦しくなってしまいます) 真面目な子ほど陥りやすい「量でカバーする作戦」について。 ⚪︎ 量を減らす工夫 ⚪︎ 処理できる量を増やす練習 ⚪︎ それでも量をこなした方がいいこと いまだに、「勉強」の世界は、たくさんの時間をかけて、徹底的に反復練習をする(させる)ことが常識のようですが、 本当にそれでいいの? といつも思います。 1つのことにたくさんの時間をかけて、何度も反復してできるようにする。年齢が上がるにつれて、そんな余裕は無くなっていきます。 狭い範囲、短い期間だけで考えれば「正解」であっても、トータルで考えると非現実的です。 小学生の頃は勉強ができたのに、 中学・高校と進むについれて成績が下がっていく子がいます。多くの場合は、丁寧な勉強の仕方をしようとしている。しかし現実にはそれができなくて、どうして良いかわからなくなっている。 中高生で気づければ、まだ良いのかもしれません。「量でカバーする作戦」でなまじ「成功」してしまった方が悲劇かもしれません。いつか必ず破綻することが見えているので。 自分が破綻するだけなら、まだ良いのかもしれません。「量の信奉者」は、周囲にも量を求めがちです。また、自分がこんなに苦しいことを我慢してやってきたのだから・・・と、自分には逆に、甘くなりがちです。 こうなるともう・・・まあでも、実際いますよね。。。 情報量が爆発的に増え、みんなとても忙しくなっているのに、脳の容量など、生物的な制約には変わりはないのです。 必要なのは、アプローチの変更。 ⚪︎ 量を減らす工夫 全体のカバレージを落とさずに、全体量を圧縮するテクニック (やり易いところから手をつける前に、全体を見る) ⚪︎ 処理できる量を増やす練習 同じ脳でも、使い方次第で処理能力を向上させられます。 よいアルゴリズムを使って、処理能力を数倍にするテクニック ** ただし、数倍にしたところで、必要な能力にはなりませんので、量の圧縮は必須 ⚪︎ それでも量をこなした方がいいこと 上記のテクニックは、かなり「論理的思考」に似ています。逆に考えると、論理的思考の効果は、量を減らし、処理能力をあげることだと言えるかもしれません。 しかしこれにも重...

50代からのキャリア戦略+お子さまのキャリア準備戦略

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「これから先の人生において学びは欠かせない」 そんなテーマをいただき、対話しながら今日はイメージを膨らませて、実際少しやってみる会。 学びといえば、 基礎からコツコツ、実績を積み上げて… それはもちろん大切ですが、 今はトップダウン型の学びが非常にやりやすくなっています。 **トップダウン型の学び --- 目的や全体像からスタートして、徐々に細分化、具体化していく学び方。 具体的には書けないのでたとえばですが、エンジニアリングについて、長年エンジニアとして実践経験を積んでこられた方にはもちろん及びません。追いつけません。 しかし、そのレベルを100とすると、70くらいまではものすごく早く到達できる。すると対話ができるようになる。多くの仕事で必要になるのはこれ。必要に応じて深めていけば良い。 あとはスピードがあれば良い。 **そもそも今までの「学習」は、人口ピラミッドに合わせて選抜していく仕組みだったり、一つの技能を身につければ一生困らないだろうという前提の下で機能してきた。 **アメリカでは、コンピュータサイエンスやデータサイエンス、法学、翻訳などを勉強してきた大学生の就職口が減ってしまっていると聞きます。せっかく何年も勉強してきたのに…ミドルマネージャーくらいがAIを使うのが、一番効率は良さそうです。しかしそうすると、若手が要らなくなる。若手の中でも、いきなりマネジメントができる人はむしろ高待遇。幅広い知識と、それ以上に何にでも興味を持てる、尽きない好奇心が最高の武器かも。 ---------- AIはもちろん助けになりますが、結局処理しなければならない情報量が増えることには変わりない。 そこで、私が子どもたち向けにやっている ◻︎そもそもどうすれば理解しやすくなるの? ◻︎学習習慣を、自分の生活や特性とどのようにすり合わせるか? ◻︎一見遠い知識を結びつけて考えること を応用して、AI時代に順応した学習者?に! 久しぶり(入院後初)の社会人の方とのセッションは、私としても具体例がほしかった分野でしたので、なんかドンピシャでうれしい。

簡単に「心地好い」を手に入れる怖さ

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 「住みごこちのいい世界にしようじゃないか」 相対主義は独裁に行き着く だから「みんな素晴らしい!」には納得しかねる いろいろな経緯で見解の不一致や価値観の相違は、避けられないという前提に立って(つまり、話せばわかるというわけでもない)、 それでも殺したらダメ。排除したらダメ。 面倒くさいんだけど、思い通りにならないことだらけだけど、それが普通。 そんな無茶苦茶な中で、だからこそ逆に理想を持って、あれこれぶつかって失敗して考えて… そのこと自体を楽しむ気持ち。 「完璧」に育てられてしまうと、ここがなかなか難しいのです。 その道は…独裁者になるか、ストレスを抱え続けて生きていくか… いろんな想定外が起こるからおもしろい。 なんだよー、このゲーム! でも絶対にクリアする! クリアするどころか、何かのチャンスですらあるかもよ。 「結果」とか、ほんとにどうでもいい。この先どうにでも活かせる。 これから迎える 受験勉強でさえ、楽しめますよ。 青山プレップスクールは、未来のための準備を ゆかいに、かしこく、しなやかに進めていく、 学びを楽しむスペースです。

「人が大切」ということは、教えないとわからないんじゃないかな

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 国語の点数が低い、人に興味がない、共感できない、物語に感動できないみたい… このようなご相談は、まあまあよくあります。 テストの点なんて実際、大した問題ではありませんが、そもそも他人への興味がうすいのは特定の子だけに当てはまるわけではなさそうです。 自分が大事。 それは生物としての本能だと思いますし、今は特に、そのように育てられていると思います。誰もが「特別」な存在ではありますが、少子化、個性を重視する風潮、ちょっとした「異変」にもすぐに「病名」が与えられる・・・どうしても「自分」に目が行きがちです。 また、他人のことは結局どこまで考えてもわからないので、考えるだけ無駄! という無意識レベルの合理的判断もあるのかもしれません。 だからこそ逆に私は、「人って大切なんだよー」とことあるごとに、なるべく軽いトーンで伝えています。また、それが単に「きれいごと」と思われないように、他人ファースト、自分ラスト。 我が子にも、「あなたよりも友達が大事」と伝わるように、友達を人として尊重し、大切にしてきました(今でも仲良し)。 結果として、それはとても良かったと思っています。 どんなにどんなにがんばっても 人は自分が大事。 思考が内向きになる。 すると、現実との乖離に気づけない。 それが怖い。 去年入院したときも、周りの患者さんたちがみんな、自分のことしか考えていないように私には見えて、これはディストピアだと思いました(本人は大変快適ではあるけれど、看護師さんの負担がすごい)。 心も体も、動かさないと固くなります。 ちょっとあり得ない向きにも、ストレッチ! 痛気持ちいいくらい、ストレッチ! 伸ばして、伸ばして 勉強ってそんなものではないでしょうか。 時代と個性を編む仕事 未来は今の延長線上にはありません。 一人ひとりの個性と、時代が、絡み合ってうまく流れていくように。

脆くなった涙腺の活用法(オリンピックを観て号泣する大人を、ポカンと眺める小学生)

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冬季オリンピックをまったく観れていなかったので、今日のお昼に、小学生と一緒にご飯を食べながら。 女子フィギュアスケート・ショートプログラム 各選手のパフォーマンスに圧倒されて 途中からグズグズしだして 何に感動しているのかをその子に説明するたびに声が震えて。。。 それでも最後までがんばって、解説しました(笑)。 泣いてる姿を見せるのも良かろうと。 ーーー 観察と想像。 もし目の前で見たらどんな感じなのか。 あの舞台からはどのように見えるのか。 この場に至るまでのいろいろ、いろいろ。 滑り終えた時の気持ち。 アナウンサーも最後までがんばってた。 順位とかメダルとか国籍とか関係なく、みんなすごいね。すばらしいね。 わしらもがんばろう。

一人を育てるチームのメンバーとして (渦中にいるからこそ見えないこともある)

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一人を育てるチームのメンバーとして  (渦中にいるからこそ見えないこともある) 「孟母三遷」 「かわいい子には旅をさせよ」 「親はなくとも子は育つ」 古来、子育てに関してさまざまなことが言われてきました。 なかには矛盾するものもあり、 「結局、どっちなん?」 情報は増えに増え、いまや百家争鳴。

『世界は素数でできている』と『ラブ上等』

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『世界は素数でできている』 小島寛之 著              (と『ラブ上等』) 『世界は◯◯でできている』というタイトルの本は、たくさんあります。 経営、言葉、知財、密室、文学、e、……。 そのなかでも、 「そんなわけあるかーい」 の極北に位置するのが、”素数” ではないでしょうか。「私、素数でできてませんけど…」 ところが、読み進めていくうちに、 あら不思議。 あら不思議。 ぐいぐい引き込まれていく。 最終的には、素数に挑む人たちのことが愛おしく、 そして、素数を推したくもなるのです。負けるな! 素数!! (これは、並行して視聴していた『ラブ上等』とのコラボ効果という奇跡のおかげもあったのかもしれません) ________________________________ 本書の特徴(「はじめに」より) 2. 素数よもやま話をたっぷりと 3. 素数の歴史を網羅 5. 素数にハマった数学者の人生模様 7. RSA暗号の解説 11. 素数と物理 13. 素数の未解決問題 17. リーマン予想 19. 素数の最先端 (番号はすべて素数という細かな遊び) ________________________________ ラブと素数 登場人物:  ヤンキーと数学者 行動原理:  情と論理 見つめる先: 刹那と永遠 世界の中心: 俺と数式 仕事?:   喧嘩と因数分解 一見、 いや、何度見直しても、 真逆に思える二つのドラマ。 けれど、同時に読む(観る)と重なって見えてくるものがあるのです。 「正解」するとは限らない。 それどころか、正解など存在しないかもしれない相手に、 人生を賭けて、全力でぶつかっていく覚悟。 ーー素数の研究なんて本当にただの数字遊びかもしれないんですよ。自分でも自分が優秀であることがわかっている人が、そんなもの(⁉)に一生を捧げられるでしょうか? 一触即発! 少しでも目を離すと、 何が何だかわからなくなるスリル。 ーー式変形が難しいので、何度も立ち止まってゆっくり考えないとわからない(笑)。 ほんのちょっとしたこと―― 本当に、本当に些細な違いで、 未来がまったく別のものになってしまう不思議。 ーー素数出現のランダム性。また数学者たちの人生に感じる歴史の if 。 けれどその些細な違いは、 それまでの無数の要素の積み重ねでもある、というある意味残酷...

気のすむまで話を聞きますよ(受験直前の不安)

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 一発勝負の入学試験 不安に感じて当然です 今、この時間(授業時間)のなかで なにを話すか、どの順番で話すか、どんなふうに話すか。 ゴールは、今の不安を取り除くことではなく、 試験当日、ちょうど試験中に、実力を発揮できる心の状態になれること。 そのためにいろんな形で練習をしてきました。 □ プレッシャーのかかる場面 □ 時間がまったく足りない場面 □ 頭が真っ白で何も入ってこない場面 □ あれ? 簡単じゃね? と感じたのは場面 □ 寝不足、風邪気味、隣がうるさい、部屋が寒い/暑い でもどれだけやっても、所詮は練習。 99% うまくいくとしても、残りの 1% を引かない保証はありません。 いろんな想定で練習するなかで 私も学習してきました。 □ どんなときに、どんな反応を示すのか □ スピードや正確さの、上限値/下限値/中央値 □ 何が効きそうか/効かなそうか しかし、直前の2週間は、 全部忘れるようにしています。 真っ新な目で、目の前の子を見たほうが良い気がしていて… 「絶対」なんて求めるのではなく あらゆることが起こり得て ほんのちょっとしたことで、その後の展開がまったく異なることは、よくあるんだけど 成功も失敗も、ほんとうはそんなものなくて 常に今の状況を心から楽しめるか。 誰かが与えてくれる楽しさではなく 新しい局面に自分から臨んでいく楽しさ 受験制度を肯定はしませんが こんなことさえ楽しめたなら 未来は楽しいことだらけです♪

大人が驚く、不自由研究(情報を読みとり、知識ではなく関係性で遊ぶ)

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1.はじめに はじめに断っておきますが、 これは大人たちが喜ぶような、「体験学習」ではありません。 子どもたちが喜ぶような、「体験学習」でもありません。 約束された「成果」などありません。 失敗、回り道、停滞、離脱・・・だらけです。 好きなこと/興味のあることをやるわけでもありません。 特定の分野の知識を身につけることを目的としていません。 では何をやるのか。 一言で言うと、 「図表や文章を読み取り、情報の関係性で遊ぶこと」 です。 これだけ言われても、意味不明ですよね。 具体例をお話ししましょう。 2.ある小学生の「不自由研究」 今、ある小学5年生と取り組んでいるのは、 「ビジネスモデルの研究」 です。 (急にきな臭い感じがしますが、ご心配に及びません) このテーマは、私が提案して一緒に決めました(不自由です)。 何を研究するかというと、 情報を読みとりと、整理を研究します (不自由です)。 最初に1冊、私のほうで本を選定しました。 『会社四季報 もうけの仕組み』 https://amzn.to/4bEoZV3 別にその子が特に、「もうけ」に興味があるというわけではありません(むしろあまり興味ないと思われます。とても不自由です)。 この本を選んだ理由は、 たくさんのデータや図表、グラフなどが出ているので、 情報を扱ういい練習になるからです。   (ある程度できる子なので、ちょっと興味を持ちづらい分野を選びました。    一人ひとりに、「ギリギリ興味を持てるかどうか」といった分野を提案し、    話し合って微調整しながら進めています) 3.情報を読みとって理解することに集中 好き嫌い、興味のあるなしは、話題にしません。 そこに意識が行く前に、 「何が書いてあるのか、一緒に読んでいきましょう!」 (別に、役に立たなくても、おもしろくなくてもいいのですよ。大事なのは理解すること) たとえば、この表。 □ そもそもこれは、何の表? □ 縦軸は何? 横軸は何? □ わからない言葉はある? □ 上下/左右を見比べてわかることはある? では次に、このグラフ。 □ これは何のグラフで、 縦軸/横軸/円の大きさ は何を表している? □ 全体として読み取れることはあるかな? □ その全体傾向からすると、 「外れ値」 のようになっているのはどれだろう? □ さっきの ビジネスモデルの図...

2月の勝者(受験バカじゃないよ)

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今の入試制度が、決して素晴らしいものではないことは、多くの人が認めることでしょう。  しかし、現状に恨み言を言って背を向けていても、物事はあまり良い方向には進まないだろうと、私は思います。 バカげたルールでも、勝ってから文句を言う。改革する。 そうあってくれればと思っています。 (残念ながら、自分が勝ってしまうと変えたくなくなるようですが、それはまた別の話として) では、どうやって勝つのか。 私が大切にしているのは、大きく二つのアプローチです。 ■ 数理篇:論理と計算と確率思考 数理とは、簡単にいうと、考えて計算すればわかること。 正確に計算を積み重ねれば、とんでもないことができてしまう。現代の科学文明社会は、それで成り立っています。 早く、正確に、論理と計算を積み上げること。 テストでやっていることは、どの教科であっても、概ねこれです(知識や感覚ではありません)。 この力は、建設的な対話でいちばん効率よく鍛えられる(問題集を何周もする勉強よりも) —— 私はそう実感しています。 数理の中で少し特殊なのは、確率思考です。 「正解」が一つに定まるわけではない。ある程度の幅で考える必要があります。 人間社会や自然はあまりにも複雑で、正確に答えを出すことが難しい場面があります。 しかしまったくのランダムというわけでもなく、確率思考を積み重ねれば、小さな違いが大きな差になっていきます。 入試でいえば出題予想もそうですが、それよりも大事なのは、 「さっぱりわからない」ときにどうするか。 確証はないけれども、一歩前に進める。 ここで確率思考が効いてきます。 数理を自在に操ること。 まったく不可能と思えることも、よく考えればできてしまうという驚き。 もっと考えられるはずだ。もっと考えたい。 考える楽しさに触れることは、単に受験の勝者になること以上の価値があるでしょうね。 しかし、それだけでは困ったことに、合格率100%にはほど遠いのです(人をデータとして見る人にとっては、70、80%でも十二分なのでしょうが)。 一人ひとりの人生と直接関わっているので、その確率では十分とは言えません。 そこで、別の角度からも「勝つ」準備をします。 ■ 心理篇:人の心理と、自分の心理 心理にも二種類あります。 人の心理と、自分の心理です。 人の言動や仕草から、考えていることを予測して先手を打...

東京の子どもたちに星空を見せてあげたい青山プレップスクールのスマート望遠鏡

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 東京の子どもたちに星空を見せてあげたい。 見えなくても、そこに美しい世界が広がっていることを 実際に見て、確かめるために。 そう思って入手したスマート望遠鏡。 使い始めて1年が経ちました。 太陽の黒点、月のクレーター、 三日月形の金星や、木星の縞模様、土星のリング、彗星や流星。 宝石箱をひっくり返したような星団、 あり得ないほど美しい星雲たち。 数百万年〜数十億年の彼方から届いた、銀河の光。 また、空の雲や、地上の動植物、街の風景もたくさん撮りました (普段あり得ない倍率で)。 たくさんたくさん撮りました。 「自分の目では見えないのに、本当にあるんだ!」 子どもたちの驚きや感激や、そして無言…… 見えないものが見えるという経験。 そこから広がる想像力。 身の回りにだって、よく見るとおもしろいものがたくさんあります。 よく見ることで、今までとは世界が違って見えることだってあります。 しかし、一番恩恵を受けたのは私自身です。 楽しかったというより、救われました。 去年は偶然、たくさんの不幸が重なりました。 心の整理もつかないまま、やらなければならないことが単純に2倍になり、 寝る間もないな、というところで謎の病気、入院…… なんとか最悪は回避したと思ったら、 また不幸が重なり、 それらとは無関係に自分のやりたくないことを押しつけてくる親族たち。 さらに別の病気も発症して、また手術? (ここまで来ると笑っちゃいます。結局手術はしませんでしたが) 退院しても転ばずに歩くのがやっと。 何をするにも、時間は2倍かかります。 坂や階段は、崖のように見えました。 なんとか、かんとか。 なんとか、かんとか。 □ 子どもたちの学びを止めないこと ︎□ 父の会社の関係者に迷惑をかけないこと  (結果的に、少し良くなりました) ︎□ テレビが点かないという話から相続の話まで  (欲しいものを渡して要らないものを引き取っただけですが、時間がかかります) そんな日々でも、夜空は美しく輝き続けます。 その光は、恐竜時代にどこかの星から飛び出したものなのです。 人間のスケールなんて吹っ飛ばしてくれますね。 その冷たさ、果てしもなさが、かえって救いになりました。 できることを一つずつ進める。 子どもたちの未来のために。 子は宝。 自分の子どもかどうかは関係なく、 子は宝。 ただ甘やかすので...

選ばれた人は、何をしてもいいの?

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  選ばれた人は、何をしてもいいの? さてさて、中学受験も大詰めで 自ずから緊張感は増して参ります。 息を詰めるように、 物音ひとつ立たないように過ごしていらっしゃるご家庭も少なくな いことでしょう。 そして急に国政選挙も行われることになりました。 こちらは賑やかに。 以前、小学生からこんな質問をされました。 「えっ⁉︎ 右翼と左翼って、仲良しじゃないの?」 えっ⁉︎ どうして? 「えっ⁉︎ 飛ぶためにじゃないの?」 子どもはときどき、こういうことを言います。 単なる無知なのですが、その素朴な疑問が、 聞く人によっては、 原点回帰を促すきっかけになることがあります。 「すべての物事を、あらゆる角度から検討し、短期的/ 長期的に評価して判断を下す」 そんなことは、人にはできない ということを仮に前提としてみると、 自分が見ている世界は、 世界全体の一部だけということになります。 他人が見ている世界についても同様です。 「群盲、象を撫でる」 言っていることに仮に間違いはないとしても、 決して全体像を捉えることにはなりません。 「木を見て森を見ず」 果たして、人に森を見ることはできるのでしょうか。 私が子どもたちの話を聞くことに重きを置いているのは、 相手の話の中には、知らないことが含まれるだけでなく、 ときには、 ギョッとするようなことまで含まれていることがあるからです。 そして、一瞬ギョッとしたその考えにも、 よくよく考えると合理的なところがある(人間は、 合理性から逃れられないのかもしれませんね)。 そうやって、「自分が壊れる感覚」を楽しんでいる節はあります。 (もちろん第一には、 縁あったまさに目の前の子の能力を最大限引き伸ばすことにありま すが) 勉強においてもそうです。 「割り算ってこういうもの」 「太平洋戦争ってこういうもの」 「原子ってこういうもの」 「勉強ってこういうもの」 わかったと思ったその瞬間から、 するすると抜け落ちていくものがあります。 それを回収して、今度こそ完成! と思っても、そう思った瞬間から・・・。 これを一般的におもしろいというかは、微妙だと思いますが、 こういうことを一緒に楽しめる子は、 崩れにくいという印象はあります。 いろいろな本を読み、 子どもたちにも勧めているのも、 「どんなことでも自分は楽しめる!」 という謎の自信...

プロパガンダに利用される人

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自分で考えるのが苦手な人に 思想を与え、使命を与え、簡単なタスクを振って、賞賛する =幸せ(夢の中にいるかぎり) すべての作品を読んでるわけではないけど、 朝井リョウはエグいところを突いてきます あれが好きだ、これが正しい なんて思ってることも、ほとんど思わされてるのに近い それで平和にやってるのならいいんだけど 好きな話は嫌いな話にもなりやすく 正しい話は、正しくない話になりやすい 好き嫌いの話をするならお互い様 お互い様ってことは忘れちゃいけない 私が自然を好きな(勉強させてもらってる)のは 自然には意図がないから。 野生の生き物や宇宙が好きなのは あまり人の意図が混ざってないから。 私にも意図はあります。 未来の世の中において 争うよりも協力する方に意識を向ける人が 少しでも増えたら、と。 本当にいいと思っているから 子どもたちとも、ときどき、ときどき、 好き嫌いを超えた話、損得を超えた話をする練習を、しています もちろん、個々人が好き嫌いの感情を持つことは当然のことで、否定するはずもない だけど、 感情や固定観念から 少しでも自由になれたとき ちょっと世界が楽しく見えた そんな経験をたった一回 しておくだけでもいいかなーって 自分で考えるのって面倒くさい 誰かの考えにただ乗りして、視野を狭めると変な力が出たりもする ↑ これはこれで、興味深いテーマです この本はいくらでも楽しめますね♪