「反省」したって、意味ないのでは?

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。



「反省しなさい!」


と言われて、人間本当の意味で反省することはあるでしょうか。




ぼく自身の経験を振り返ると、

もちろんそのときはそれらしく振舞ったとして、

それが本当の意味で「反省」となったかは、

正直怪しいところではあります。。。

お父さんお母さん、先生、先輩、妻。。。ごめんなさい)




「反省会」が終われば、もう無かったもののようになってしまう可能性が高い。

「反省」って結局、反省のための反省に陥りやすく、

喉元過ぎれば。。。に非常になりやすいのではないかと思います。







じゃあ、どうすればよいのか?







ぼくは、「反省」ではなく、「反芻」だと思うのです。

1つの経験を、何度も何度も、頭の中で繰り返し再生するのです。

もし可能であれば、友達なども含めて。



そして、1つの経験から、学べたはずのことを

自分でどんどん引き出すことができるように。



そうなると、

そこで「気づいた」ことは、その後の自分を変える力を持っている。

そんな風に思います。





だから、ぼくはあまり「反省」という言葉は好きではない。

そこで断ち切ってしまうのではなく、何度も何度も「反芻」することが

大切なんじゃないかな、と思っています。



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^^
 

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