投稿

問診、触診、コミュニケーションは、面倒くさい?

イメージ
  緊急強制入院も早ひと月半。何となく入院生活に慣れている自分がいますが、この環境には慣れたくない。一日も早く出たい。。。けれど現実的にまったく歩けないし、歩ける見込みも立っていない。。。 病院というところに久しぶりに来て、大きなシステムの一部に自分がなってしまっていることを感じざるを得ません。 中でも、私が子どもたちと接するときに一番大切にしている、会話・対話が大きなシステムの中でどのように機能しているのか。していないのか。 具体的な事例を紹介します。 検査結果を共有してほしい 全身にわたって、たくさんの検査をしました。検査結果は、私のものでもあると思うのです。もちろん専門的で、聞いてもわからないことはたくさんありますが、それでも教えてほしい。 医師の能力を疑っていたり、診断に文句をつけたいわけではなくて、この機会に私が何か勉強させてもらえれば、あとで子どもたちにいろんな形で、伝えていくことができるので。そしてそれは、医療の未来に繋がっていくので。 無理にお願いして、時々教えてもらっています。 毎日のご回診 ほぼ毎日、脳神経内科医師チームのどなたか(たいてい複数人)で回診に来てくださってありがたいです。しかし、少しだけ感じるのは、聞きたいことだけ聞かれてる、良くなった点は強調される、ということ。 逆に言うと、私は1日22時間くらい、自分の身体(痛み)と付き合ってるので、たくさんの幅広い1次情報を持ってます。各種検査結果の数値は大切ですが、現場の1次情報は、私なら一言も聞き逃したくない。 最近は、触診ってしないのでしょうか 各種検査結果の数値を見たらわかるのでしょうか。少なくとも患者としては、たとえば痛いところをやさしく触ってもらえるだけでも、ホッとするものです。そういうことも、医療の一部ではないかと思います。 その痛みは興味ない(別の科) どれだけ訴えても、腰痛にはなかなか興味を持ってもらえず…いえ、最初はすぐにMRIを撮ってくれました。しかし、腰椎に異常がないとわかると、整形外科の担当になるのでしょうか。湿布一枚もらうのに、一悶着です。 「痛くてどうにもならないから、何か処置をしてほしい」 「整形外科に行ってもらわないと」 「じゃあ行かせてください」 「今日は日曜。明日の朝まで待て」 「それが待てないから、せめて湿布一枚処方してほしい」 「整形外科の診断...

医師も間違う(その0:タイトル紹介)

イメージ
  ▪️ ごく限られた情報から、とりあえずでも診断なり、方向性を示さなければならない ▪️ すべての病気、すべての治療、に精通できるはずがない ▪️ 自分の専門領域に引き込んで考えがち ▪️ 患者の間違った説明、わかりにくい説明 ▪️ 他人の痛みはわからない ▪️ マルチタスク、多忙、過労、個人的な悩み ▪️ 感情的な人間関係のもつれ ▪️ 医師だからって、聖人君子、人間性に優れているとは限らない さまざまな原因が重なって、医師だって間違うことはあります。もちろん、専門家として大いに助けになってくれます。しかしだからこそ、一緒に問題を解決するパートナーとして、尊重しつつも、疑問点を伝えたり、時にはおかしな点を指摘したり、お互い人間同士としての信頼関係を築きたいと思っています。 (子どもたちにも(少し難しいですが)、誰とでもちゃんとお話しすることを、そのための術を伝えています) 今回の、この3か月ほどの入院騒動の間にも、いろいろありました。 いくつかの事例について、検証してみたいと思います。 今思いつくのは、時系列順に その1:初期対応編(クリニック) その2:転院編(有名病院) その3:苦行編(転院先) その4:パワハラ編(お隣さんの受難) こんな感じでしょうか。 それ以外にも、看護師さんや、患者さん、病院というシステムを見ていて、思うところはいろいろあるので、時間があるときに書き足そうと思います。 が、何より授業が続けられて、子どもたちの勉強を止めていないことに、一番ほっとしています。もちろん、不便や不自由はあるのですが、なんとか工夫して、禍転じて福としましょう!

痛くても眠れなくてもいいから

イメージ
  早く治りたい。 その一心で、リハビリをがんばっています。 入院39日目 いまだに、特に夜に痛みが増すので、平均の睡眠時間は、2、3時間です。 そんなので大丈夫なの? という点については、20代の頃からこんな生活はよくしていたので慣れています。 みんなが働きやすいような環境整備のような仕事は、ものすごく地味、かつ誰もいない時にやった方が良い。 今も、実際に勉強するのは子どもたちだけど、彼らの頭が働くように、好奇心を刺激できるように、目に見えない世界を想像できるように、10年後、20年後に周りから大切にされ、自分も周りを大切にして、新しいチャレンジを楽しめる大人になってもらうために、たくさんの時間を使っています。 幸い今は、一日22時間くらい時間があるので活用したい。 それにしても早く治りたい。 一方では、今の経験(おもしろい気づきがたくさんある)もネタになるので、日々、観察観察

入院病棟内、学びのコミュニティー(松陰先生の野山獄中講義にならって)

イメージ
  入院生活も早4週間。 とりあえず下げ止まったようだけれども、回復の兆しは見えず、いまだに毎晩痛みと闘っております。 それはそうと、入院病棟内というところは、想像以上に不健全なのだと驚いております。 大音量で一日中テレビを見ている患者 ナースコールを鳴らし続けて、細かい不満を言い続ける患者 一日中寝ている患者 目の前の患者よりも、検査の数値ばかり見ている医師 薬の上に薬 マニュアル化が行き過ぎ、患者の声を聞かない看護師 結局、手の掛かる患者に若い看護師が何人も付ききりになってしまう とにかく忙しく、現場を回すのに精一杯の看護師さんたち 仕事との両立を前提としない病院システム やっぱりなんか偉そう でもほとんどの人は、ルーティンをこなしてるだけで治す気はない など 私が一番居心地悪く感じるのは、「学びの風」が感じられないことです。 そんなときふと思い出したのが、吉田松陰が投獄された野山獄。いや逆で、野山獄中で吉田松陰が行った読書と講義です。 松陰先生は獄中で、600冊の本を読んだそうですが、私はその日、つもりも準備もないままに入院することになり、たまたま持ち合わせていたのは6冊。1/100ですが、レベル的にそのくらいなのかな。 しかし、どの本もおもしろく、自信のラインナップです。 『ステーキ!』(マーク・シャツカー) 『すごい短歌部』(木下龍也) 『私の文学史』(町田康) 『哲学史入門 III 』 『人体大全』(ビル・ブライソン) 『マルジナリアでつかまえて』(山本貴光) これらの本を私は、ベッドの上はもちろん、リハビリに行くときも、検査に行くときも、ラウンジに行くときも、持ち歩いてページをめくっています。 すると、少し興味を持ってくれる方もいて、本の内容を紹介したり、そこから派生した雑談をしたり。 業務に関わる効率の良いコミュニケーションはもちろん大切ですが、また息抜きや癒しも大切ですが、 新しい知識を獲得したり、そのベースとなっている(他者の)考え方を受け入れたり、といった活動は、やはり人間には必要なものだと思います。 職場、学校、コミュニティーで、このような学びの風が吹いているといいですね。

入院してても、学びは止まらないね

イメージ
  病院に行ったその足で、まさかの即入院。 それから3週間以上が経ちました。いまだに強い痛みに悩まされ、平均睡眠時間はわずか2時間という日々が続いています。 それでも、なんとか授業は続けられています。オンライン(同期/非同期)、子どもたちとのやり取りは変わらず、むしろ濃くなっている面もあるかもしれません。 「学びを止めない」そして「ピンチをチャンスに」 子どもたちには、こんなテーマを共有しています。 • 学びを止めない • ピンチもチャンスに この期間、いつでもなんでも、どれだけでも、質問し放題(メール)にしています。 ありがたいことに、毎日のように質問や近況、相談などをメールやメッセージで送ってくれる子がいて、チャンスを見逃さない姿勢は素晴らしい! ついつい無意識に、惰性に流されるもの。それは生きてる以上仕方のないことなのですが、それが成長を阻害する。 • 自分の成長に注目して、楽しもう • 当たり前になっていたルーティンを見直そう 自分で考え、行動を始めた子もいます。 もしかしたら、こういう“事件”があるほうが、変化のきっかけになるのかもしれません。 小学3年生のときの「つまずき」 そういえば、小学3年生のとき、私も1か月ほど入院したことがありました。 その間、ひたすら『ドラえもん』を読み続けていたのですが——退院してみると、学校の勉強がさっぱりわからない。とくに算数はチンプンカンプンで、ふざけてごまかしているうちに、先生にも嫌われ、3年生の記憶がまるっと抜け落ちてしまっています。 だからこそ、今、入院中の子どもたちの学びをサポートしたいと思いました。もちろん、無償で。 入院友だちができて、嬉しいです。 学びは、どこでだって続けられる 「学びを止めない」「ピンチもチャンスに」 学びって、教室の中だけのものじゃない。 ベッドの上でも、スマホの画面越しでも、心の中でも続けられる。 いい時代になりました。

再生青山プレップスクール

 このたびは、皆さまに大変なご迷惑とご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません。 私の体調のほうは、5月30日頃から急変し、6月2日に入院になりましたが、12日時点でまだ病名など確定出来ず、先の見通しが立っておりません。(症状を抑える治療はしており、痛みなどは軽減してきました) 子どもたちの学びを止めたくない、 また、せっかくならより良いサービスをご提案したいと思い、現状以下のようなご対応をお願いしております。 1. 日報メール 2. 質問、回答、まとめ 3. オンラインで(ゆくゆくは対面も)サポート reborn 青山Fプレップスクール

緊急入院とその対応について(青山プレップスクール)

イメージ
  6月2日、急遽の入院、その後手術となり、皆さまにはご迷惑とご心配をおかけしております。大変申し訳ありません。 入院に至るまでの経緯や、そこから得た気づきについては、いずれ何らかのかたちで子どもたちに伝えたいと思っています。 (――けっこうおもしろい話なんです。人生って、予想外だからおもしろいのかもしれません。そんな時こそ、生きた勉強しているかどうか、考える力の鍛えられているか、そして何より「逆境さえも面白がること」そのものも、大切な能力なんだと実感しています) さて、現時点では入院期間など未定の部分も多くありますが、以下の方針のもと、対応を順次進めております。 ⸻ 方針0|一律対応ではなく、その子に合わせて いつも通りですが、全員に同じ対応をするのではなく、今のその子の状況に合わせて柔軟に進めます。 方針1|「やらない理由」に負けない 子どもたちは、とても賢くて、「やらない理由」を見つけるのが本当に上手です。 だからこそ、今回の状況を、「仕方ないよね」と何もしない理由にしてほしくないと思っています。 やるべきことを、やれる形で。やらないよりは、ちょっとでも前に。 そういう姿勢を、いっしょに大切にしていきたいです。 方針2|逆境から、逆転を学ぶ 普通に考えたら、「無理でしょ」と思うような状況。 でも、そこで工夫して、試して、考え直してみると、意外とできたりするものです。 そういう逆転の仕方を身につけた人は、きっと将来に強い。 今回の出来事も、そんな“技”を磨くきっかけにできたらと思っています。 ⸻ 余談ですが—— 今回、2日に緊急入院した直後、3日にはまた急遽、緊急手術。 なかなかスリリングな展開です。 手術の目的はもちろん、病気を調べるためなのですが、切除した一部の細胞(神経と筋肉)は、国の研究施設に送られました。 私ごときの一部が、人類の未来のために役立ててもらえるというのは、ちょっと感動的で、何より嬉しいことでした。 正直なところ、私は自分の身体にあまり興味はありません。 それよりも、皆さんがそれぞれに成長し、これからの時代に合った準備ができている状態になっていくこと――それが、私にとっての最大の関心事であり、日々の原動力です。 そんな形で、私は人類の未来に貢献したいと思っております。 「どうか、ゆっくり休んでくださいね」 そんな優しい言葉もたくさん...