学習する生命、組織、学校(その才能にはまだ名前の付いていない)

新しくも古くもない本ですが、『学習する組織』、『学習する学校』。

(特に後者は、けっこうな皮肉を感じます)


我が意を得たりと心を強くした本です。

□ まず人に注目する、人を中心にそこからスタートする

□ 特に学習に注目する

□ そこから飛躍して、チームや組織の在り方を再検討する

組織のために人がいるわけではない。「才能」というものがあって、それをある人は持っていたり、ほかの人は持っていなかったりするわけではない。

人が集まったものが組織であり(構成員が一人でも変われば別の組織)、ある人の能力を切り出して後から名前を付けたものが「才能」である。


学習というと、

主に子どもが、受験や資格のために、気乗りしないことだけれどもやらなければならないこと、というイメージが根強くありますが、

■ 人に注目して、人を中心に考えていけば、その人は変われる

■ 一度変わることが出来れば次にまた変わることが出来る

■ 変わることは怖いと感じるかも知れないけれど、生き物としては自然なこと

学習そのものを学ぶことが出来れば、成績や合格はおまけみたいなもの。(学習の目的を受験等に限定してしまうことは、もったいないというか、それ以上というか・・・)


問題は・・・彼らが成長した先に、学習しない組織しかなかったら・・・ということですが、それでも何とかやっていけるのではないかと思います。


砂漠の砂をスプーンですくうようなものだなと感じることもありますが、
そういえば、長い時間をかければ天動説が地動説に変わったなと思い出しました。
あれ、『チ。』第6,7集が返って来てない。





このブログの人気の投稿

(学びの五輪書)八双の構え

はじめての夏期講習(第一弾):夏野菜と自習のマリネ(ビーバー風)w/ LONGING HOUSE 北青山

合格発表を聞いて