ヤクルトファンに学ぶ、子どもとのコミュニケーション

’22シーズン

ヤクルトスワローズは、信じられないくらい強いです。そして今(7月中旬)は、信じられないくらい勝てないです。そんなヤクルトの野球には、学びのポイントもたくさんあって、好きです。

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今日はその中から、子どもたちとのコミュニケーションについて。

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単におもしろいだけでなく、学べることも多いので、特に野球に興味のない子を対象に、ヤクルトのすばらしさを伝えています。

しかし、ぼくは絶対にしないと決めていることがあります。それは、(聞かれてもないのに)歴史を語ること。これをやってしまうと、子どもたちの興味は目に見えて薄れます。もちろん聞かれれば(なるべく)聞かれた範囲でお話ししますが、ついつい話しすぎになってしまうので、かなりの自制が必要です。

インターネットを見ていても、「〇十年のファンです」のようなコメントをよく見かけます。そういう人たち同士で盛り上がるのは、楽しいことでしょう。だけど、自分より「ファン歴」の浅い人には、ぼくは絶対にそういう話はしません。こちらがそのつもりはなくてもマウントだと思われてしまうので。子どもたちは、マウントにとても敏感です。


それよりも、

   『今』、目の前でビックリするようなこと起きていること。

   『これから』、社会の在り方、人の価値観を変えてしまう、地動説みたいのが急に出てきて、みんな戸惑ってること。

   若い人たちが次々と活躍して、

     さらに「その中心に僕がいる」のを自覚している22歳がいること。

   5年後には他チームも、そしてヤクルトも別のチームになっているから、見とくなら『今』ですよ。


勉強も同じです。

はじめて、芥川に出会った子には、初めて出会った感動を噛みしめる権利があります。

聞かれればもちろん知っている範囲でお話しますが、最初はぼく自身も、はじめて芥川に出会ったと思って、びっくりしたいです。

はじめて、量子力学の話を聞いたときのわけのわからなさ。

はじめて、英語を習ったときの「なんで?」感。

はじめて、本能寺の変に遭遇した時のやるせなさ。

はじめて、『無知の知』を聞いたときの「知ってた」感 ←それが無知!!


今は、いろんな情報が即座に集まってしまう時代です。

子どもたちも、いろんなことをよく知っています。

だけど、だからこそ、はじめて出会ったときの感動は、何物にも代えがたい。

だって、二度と経験できないものだから。 心の中にメモしておこう。

何でも知っているよりも、はじめての感動を覚えている方が、素敵だと思いますよ。


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