2013年5月28日火曜日

(家庭学習習慣より、思考習慣) 暗記の練習

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。


毎日机に座って30分、算数や国語の勉強をすることが、無駄とは言いませんが、
子どもたちの学力の決定要因にはならない、というのがぼくの考え。
では、何が決定要因になるかというと、
普段、何気ない日常の中で、何をどう考えているか、といった思考習慣。



今回は、記憶のお話です。


たしかに、上手に覚えられる子と、

すーぐ忘れちゃう子がいるのは、現実。

でも、それって「頭の良さ」や「遺伝的なもの」と関係があるの?


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遺伝的なもの、脳の障害などの影響が、まったくないとは言いません。


でも、ほとんどの、ほとんどの子にとっては、


☆ 関心領域が、ちょっと異なっている

☆ 「覚える」、「思い出す」ということの練習不足

☆ もうちょっと機械的なこと

だと、思います。

★ 「意欲の問題」とは、敢えていいません。

   「モチベーション」って何だ? 「関心領域」の話で説明できると思います。


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☆ 関心領域について

   ◆ 人は、既に知っていることの周辺事項しか、関心がない。

   以前、出典は忘れてしまいましたが、

   ”人は、同じニュースばかりを見ている” という調査結果がありました。

   インターネットは、閲覧者の履歴を取ることができますので、

   あるニュースを見た人が、次に何のニュースを見ているか、、、、調べることができます。


   その結果わかったことは、”人は、同じニュースを繰り返し見ている”。

   気になる話題があったら、ほとんど内容が異ならないことを知りながら、

   何度でも、関連ニュースを見ているとのことです。


   ニュースを見る (本来の?) 目的からすれば、幅広く、最新情報を集めることのはずですが、

   実際、ぼくにも、心当たりがあります。

          ぼくは野球に興味がありますから、

          たとえばダルビッシュ投手のニュースがあれば、

          それを、スポーツ新聞のサイトで見、別のスポーツ新聞のサイトで見、

          TVのスポーツニュースを見、チャンネルを変えて見、

          特集記事や番組、雑誌が出れば見、、、、

   それらを通じて、ちょっとずつ、ほんの数%でも新しい発見があれば良い方で、

   「全部知ってました!」ってことが、たいていです。(笑)



   でもそれが、人にとって「自然な学び方」なんだと思います。


   既によく知っている事の周辺に、新しい知識は着いていく


   特に子どもの場合は、関心領域(既によく知っている事)が偏っている場合があります。

         電車に詳しい、怪獣に詳しい、昆虫に詳しい、

         アニメの特定のキャラクターに詳しい、、、

   しかし、残念ならが学校の教科書は、

   『電車に詳しい子向け』に作られていませんし、

   市販の参考書、問題集も、

   『昆虫に詳しい子のための算数問題集』 というのは、見かけたことがありません。


   【一般的に】、日常生活にありそうな場面などを取り上げながら、

   解説せざるを得ない。だって、教科書はみんなのものですし、

   問題集は、ある程度の部数売らなければなりませんから。


   とすると、対策は2つ。

   ★ 関心を広げるという方向性

     普段の日常の一般的な暮らしに、「関心」を持たせるようにする

   ★ 関心に近づけるという方向性

     その子の関心あるものに、教科の内容を合わせて再編する



   自分が対象に歩み寄っていくか、対象を自分に引き寄せるか

   もちろん、その組み合わせになるわけです。

   いずれにしても、関心領域との距離を縮めることが、暗記のための第一歩です。



☆ 覚える、思い出す練習

   こちらはもっと簡単です。

   多少頭が良いとか、そんな差は、ほとんど誤差に過ぎなくて、

   積極的にそういう訓練をしているかどうか。


   ぜーんぶ親が決めてしまって、

   言う通りにさえ行動していれば怒られない

   そういう状態にしてしまっては、「覚える」、「思い出す」というせっかくの練習機会を

   逃してしまいます。


   買い物に行く時、旅行に行く時、人に会う時、家で話している時、

   ★ 大事なことを、ちょっと覚えておいてもらう

   ★ 「ほら、さっきのあれなんだっけ?」 思い出してもらう

   ★ 「○○(名前)は、暗記が得意だね!」

   以上、終了です。(笑)




   何か、大事なことを覚えておく、ということは、

   いいことなんだ! と思ってもらえれば、

   覚えること自体を、前述の「関心領域」とすることもできます。



☆ もうちょっと機械的なこと



   こちらはもっと機械的です。

   「ちょうど忘れたころに思い出す」

   まだ覚えているうちにテストしたって、覚えています。

   完璧に忘れてしまった!後にテストしたって、思い出せそうにありません。

   ちょうど忘れそうな頃合いを見計らって、再インプットを繰り返せば、

   脳の方がだまされて、覚えてくれるでしょう。


   その、「ちょうど忘れる頃合い」というのは、

   他諸条件に寄りますが、基本的には、だんだん間隔が延びていく。

   3分後、30分後、3時間後、寝る前、起きた後、次の日の寝る前、3日後・・・

   このくらいしつこく、かつ間隔を伸ばしながら再インプットしていけば、

   嫌でも覚えてしまうでしょう。

   試しに、とてつもなく変なこと(覚えにくそうなこと)で、実験してみてください。(笑)





◆ 関心領域との距離を縮めること

◆ 覚える、思い出すことを日常の中で、「大切なこと」だと思えるようにすること

◆ 忘れたころに再インプット、その間隔を徐々に延ばす


※ 「強い刺激を与える」、「インパクトを強める」 というのも、よく使われる方法ですが、

   人間、『慣れ』ていくものですので、ぼくはあまりお薦めしません。。。

   結局は、より強い刺激が必要になっていく・・・


この3点。

特に、小学校低学年の時期に、やっていただけたらな、と思います。



2013年5月27日月曜日

家庭学習習慣じゃなくて、思考習慣 (さがしものは何ですか?)

探し物は何ですか 見つけ難い物ですか 
カバンの中も 机の中も 探したけれど 見つからないのに
『夢の中へ』 井上陽水)


夢の話ではありません。現実のお話し。


子どもは、さがしものが苦手です。

★ 適当に、ちょいちょいと探して ⇒ みつからない

★ 同じところを何度も探して ⇒ みつからない

★ 昔のおもちゃなどをみつけて ⇒ 遊び始める

★ 時間が掛かりすぎて ⇒ 何を探していたのか忘れちゃった

・・・


こっち(おとな)は、だんだんイライラして来て、

ちゃんと探しなさい!

ほら!ここにあるじゃない!!

(怒・怒・怒・・・) (笑)


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しかし、この「ちゃんと探す」、「きちんと探す」

ということを、子どもたちは本当にわかっているでしょうか。


● 「探し方」という方法に注意が払われているか

● 「部分」にわけて世界を認識できているか

● 「順番に」ということが当たり前になっているか

● 「もうそこには絶対にない!」と、確信できるまで、調べ尽くせているか

● 「部分」が思ったより大きかったら、さらに「細かい部分」に分割できるか

● 「前回使った時」などの、記憶を頼りに、「ありえそうな場所」を考えられるか

● 「ありえそうな場所」の優先順位をつけて探せているか

● 「ありえそうもない場所」まで探し始めた方がいいのは、どうなった時か

● 途中で「目的」を見失わない

● 普段から、ものの配置には気を配っておく


このように、「さがしもの」とは実は、

かなり高度な知的活動だと、ぼくは思います。


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この「さがしもの」が、ある程度自分でできる子にとって、

算数の文章題は、さして難しいものではありません。

「さがしもの」をしているのと同じことが多いですから。


一方、「ものをさがす」ということが、どういうことなのか、

ぴらっとその辺をめくってみること

だと思っている子は、文章題がだんだん苦手になってきます。


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小学校6年生くらいになると、

うちはみんな個別でやっていますので、おもしろいこと(?)が起こっています。


☆ 一部、高校の範囲すら越えて、大学で学ぶようなことまで、勉強している子

★ 小学校1年生の、数える、数直線、足し算、引き算あたりから、やり直している子


そういう子たちが、同じ学校の同じ教室で、机を並べて、

同じ授業を受けている。


不思議な光景だなと、想像しています。



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これだけの差が、どのようにして生まれるのか。

そのカギは、『家庭での学習習慣』なんて、表面的なものではないと

ぼくには思えるのです。



それよりも、もっと「普段」に近いもの。

ご飯食べてる時、遊んでいる時、お風呂に入っている時、

学校への行き帰りで歩いている時、友達と話している時、家族で話している時、、、


普段何を考えているか、

何が当たり前となっていて、

何は当たり前となっていないか



学びのチャンスは、どこにでも転がっていると思います。


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ひとつ、難しいのは、

子どもが、「それらしいこと」を言っていたとしても、

決して「わかっている」と思ってはならないこと。


2,3歳児でも、「それらしいこと」は言ったりします。

それにこちら側が、だまされるのです。(わかっている、通じていると)


言葉は、その意味がわかっていなくても、平気で使えてしまうもの。

(それについては、いずれ書こうと思います)



その子が、ほんとうは何がわかっていないのか、

それを見極めて、日常の中で、膨大な失敗を繰り返しながら、

学習していく

それがクリアされてしまえば、

国語だの算数だのでやっていることは、それにちょっとだけ毛が生えただけ。



日常生活、家庭というのが、最良の勉強場所である

机に向かって宿題をやることが、勉強ではない


そのように、ぼくは考えています。




2013年5月24日金曜日

懐疑と予感の由良の門を。

由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ  ゆくへも知らぬ 恋の道かな


恋の話ではありません。

「自ら考えて行動できる人間になろう」、「考える力をつけよう」、「思考力が大事です」・・・

耳触りのいいこの言葉は、今や巷にあふれています。

どの学校、どの塾の理念をのぞいても、そんなことが書いてあるでしょう。

どの会社の人材募集をみても、そんなことが書いてあるでしょう。


かくいうぼくも、いつも子どもたちに、

「覚えて出来てもダメなんだよ」、「知らなくたって考えればできる」、

「知識そのものは、その場その場の使い捨てだけど、

 考え方はいつでもどこでも、使い回しが効く」、

「考えることが、人間を人間らしくして、他の生物や機械とは異なる存在にしている。

 考えることが、君を君らしくする」

ということを、静かに語りかけています。


===懐疑編===

子どもたちには、そうは言っていますが、

一方では、「本当にそうなの?」という確認作業もせずにはいられません。

「じゃあ、おとなは本当に考えてるの?」、「ぼくは本当に考えてるの?」


日常のさまざまな場面で、

人は、単に「ルールに従っているだけ」なのではないでしょうか。

決められた時間に会社に行き、決められた範囲内の仕事をして、

いつものルートで家に帰って、家に帰ったらほぼ決まった行動をして。

給料が入ったら、ちょっといいものを食べて、

有給が貯まったら、海外旅行に行って、

車を買い、家を買い、結婚して、子どもを育てて、、、、

大きな差異は気にしないが、細かな差異が非常に気になる。

何か嫌なことがあれば愚痴を言い、

言えば、それなりにすっきりして、

新聞やテレビ、インターネットで知った情報について話し、

誰かから聞いたことを話し、

いいことがあれば、Facebookに投稿する。

株価が上がれば喜んで、

「ただちに健康に害はない」は、「最悪の毒」か、「もう済んだこと」

賢そうに見せたければ、ちょっと批判的なものの言い方をする。


幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である


もっと詳しく一場面、一場面を観察してみても、

ほとんどの人は、ぼくも含めて、

その場その場で、既に知っていることを、なんらか【繰り出している】にすぎない。

独創的というアイディアも、

何らかの組み合わせだったり、アレンジだったり、流用に過ぎない。

そもそも、思考をつかさどる言語を、

ぼくたちは「考え」たのではなく、「まね」たのですから。


なーんにも考えなくても、

その場その場をうまくあわせていけば、それなりに乗り切ることは出来る。

それで十分といわれれば、たしかに十分。

幸せかと言われれば、(ある程度欲望を制御できれば)、十分幸せでしょう。

いーじゃん!それで。

「考え」ないでも、その場その場を取り繕うだけの知識と技能を、

グーグル先生に聞いて、LINEで友達と会話して、Twitterで愚痴をこぼしてれば。

なんてすばらしい世の中なんだ!




===予感編===

一方で、思うのです。

★ その場しのぎをするためにも、思考力が活きてくる

★ 総合的な思考力の必要性

★ 外的環境の変化(5%⇒50%)

★ 人間の性(さが)として

★ ぼくのごくごく個人的な興味として



==その場しのぎをするためにも、思考力が活きてくる==

   学歴というものが意味を持ちうる、1つの、そして小さくない理由ですが、

   単にルールに従っていればいいとしても、そのルールを覚えて、

   使いこなせなければなりません。

   この書類の書き方はこうで、いつまでに、誰に出さなければならない。

   1回で正確に覚えられるか、何度教わってもミスをしまくるか。

   2回3回・・・覚えるのに時間がかかれば、

   自分の時間だけでなく、組織の時間を奪うことになります。

   それはそのままコストに反映されますので、

   「ものわかりのいい奴」は、どうしても社会(会社)では評価されます。

   資本主義社会においては、それは金銭という形で報酬を与えられます。

   ものごとを理解し、使えるようになるには、一定の思考技能が必要なのかもしれない。

   ある種の思考技術をマスターすれば、今ある問題がすべて解決して、バラ色の人生!

   ビジネス書が手を変え品を変え、売れ続けるのも、

   こうした技能に対する需要が大きいからだと思います。


   ですので、青山プレップスクールでも、最低限のことは、教えるようにしています。
   (*あまりにも、無防備な子(笑)が多すぎるのも事実ですので)   


==総合的な思考力==

   個々別々の処理については、ほとんど自動化されているとはいえ、

   人はそれらを数を多く組み合わせて、総合的に判断しなければなりません。

   ここまで来ると、単純にマニュアル通りに対処できることではありません。

   たくさんのものごとは、それぞれ属性(重要度、緊急性、危険度、楽しさ・・・)を

   持っており、これらを比較検討しながら、

   現状の資源(もの、お金、人間関係、時間・・・)と照らし合わせて、

   その場に最もふさわしい、(もしくは妥当な、もしくは自分らしい、もしくは文句の来ない・・・)

   選択をしなければなりません。

   その選択をする過程も、1つの思考です。


   この面を強調するなら、ぼくたちは、今までの教育とは違ったプログラムを

   実践すべきかもしれません。

   「選択する」というトレーニングです。

   バーバード大学マイケル・サンデル教授の『正義について』という授業が有名になったのも、

   あれは1つの、「選択する授業」だったからではないでしょうか。

   *だからうちでも、「対話による授業」という形態を取っています。集団の授業は、学校や予備校と一緒だからしない。


==外的環境の変化(5%⇒50%)==

   ルールが安定している時代には、一度覚えたルールは長く維持されますし、

   ルール変更や新しいルールができる頻度も限られます。

   一旦ルールを覚えてしまえば、その後は「考える」ことなく、

   過ごすことはできるかもしれません。

   いつの時代でも、変化のない時代などはなく、

   常にある程度の定型と、ある程度の非定型が混在していたでしょう。


   しかし、それにしても、

   巨大化しすぎてしまった組織は、外部との接点が多すぎて、価値観が異なりすぎて、

   制御不能に早晩なってしまうように、ぼくには思えます。


   そのため、『現場で判断』ということが、これまで以上に求められます。

   悪い言い方をすれば、

   これまでは、5%の人が頭を使って、95%の人が体を使う、だったのが、

   これからは、50%の人が頭を使いながら体を使って、

        残り50%の人が、体を使いながら頭を使う

   そういう時代になっていくと思われます。


   覚えたことをやればいい、言われたことだけやっていればいい、

   そういう仕事は、機械に全部取られてしまいますから。

   *話は違いますが、公共的な仕事は本来的には法律に従うだけですから、
   *多くを機械化すべきじゃないの?と、
   *そこに、「判断(手心)」を加える人は、少なきゃ少ないほどよい、とぼくは思います。
   *公務員だって所詮は人間なので。


   *今うちでやっている、「組分け(日本史体感オプション)」は、
   *実はそういうことを感覚として覚えることを意図しています。


==人間の性(さが)として==

   そもそも、人間が「考えない」ということを本当に希求しているのか?

   いや、何か「考えたい」んじゃないの?と。

   たとえ、学校や会社では、周りから期待されていることを「考えない」としても、

   つい何か考えてしまう、いつも何か考えている、という状態が人間にとって自然。


   それを、目先の利益と関係づけをつけようとするから、

   逆におかしなことになる。ほっといたって、人間考えるはず。

   考えなくさせているのは、学校や塾の方なんじゃないの?

   漢字を覚えろ! 単語を覚えろ! 解き方を覚えろ! ・・・


   自分で考えるという本能を呼び覚ましたうえで、

   考えることの上達を心から欲した時に、考えることが身に付くのではないかと思うのです。


   だから、先に教えちゃいけない。

   悩んで失敗してうまくいかなくてイライラして、その先に、感動が生まれるのだと思います。


” W A T E R ! ” (ヘレン・ケラー)


   もっと知りたい、わかりたい、これは何だろう?どうして?

   ぼくはだれ?どこへ行くの?

   学校名で私を判断するな!


   そこが出発点でもあり、実はいつでも出発点にぼくたちはいるのではないでしょうか。



==ぼくのごくごく個人的な興味として==

   実は、ぼくは何もわかっていない。

   「わかる」ということがどういうことなのか、

   「かしこい」とはどのようなことなのか、

   本当にはちっともわかっていないのです。


   素粒子の集合体である原子の集合体である分子の集合体である細胞の集合体である

   ぼくが、なぜ、このようなことを考えている(と思われる)のか。


   ただ、たくさんの生徒さんを見ていて、間近で接していて、

   最近わかりかけているような気も、しなくもありません。

   □ 積み木を積み上げるように、ぼくらの頭の中はできてはいない

   □ もっと生物的な現象(何か)が起こっている


   ★ 研究テーマとして

     ・ 「わかる」かどうかは、対象物がその人の内的世界との境界上にあるかどうか

     ・ 「かしこい」とは、微細なしかし膨大な単純処理のスピードと、信頼性で決まる

     ・ 「できる」ための、ある一定の(生物反応的な)プロセスがある

     ・ スケール差について


     ・ 移動半径について

     などなど・・・(日々増殖中(笑))


   ★ 開発すべきツールとして

     ・ 集中状態を外部的に喚起するツール

     ・ 世界観を背景的に刷り込むためのノート

     ・ 強制的に「記憶」させてしまうツール

     ・ スマど(スマートドア=どこでもドア)

     などなど・・・(こちらも日々増殖中(笑))


   ★ アプリケーション(サービス)として

     ・ 2030年を子どもたちがデザインする

     ・ 古典を自由に解釈する読書会

     ・ 海外の日本人とのコラボ

     などなど・・・(こちらもこちらも日々増殖中(笑))



     もう何言ってるかわからないですよね。

     ということは、ほんとうに趣味の世界で。。。

     困ったものだ。



ただ、ぼく自身は、「考える」ということを、おそらくは止めない。

それがなんだか、わかってないけれども、

実は、なーんにも考えてないのかもしれないけれど、

活動としては止めない。

その一部に、「自らを疑う」ということが含まれていて、

(悪い意味での)宗教や権威に、自ら堕しないために。




由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ  ゆくへも知らぬ 恋の道かな



2013年5月20日月曜日

「あなたの宝ものは何ですか?」_(授業風景_中学生_自由英作文)_自分で考える型

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。


「あなたの宝ものは何ですか?」



ある中学校の課題(自由英作文)です。




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中: 宝ものなんてないんですけど。。。


     ぼ: あれ、それは困ったね。


中: 普通なくないですか? 中学生で。



     ぼ: うーん、何が普通かってのは、なかなか難しい問題だよ。

        自分が、自分の周りが、普通とは限らないからね。


        まあ、それは今度また考えることにして、

        本当にないなら、「ありません」 って答えでもいいと思うよ。

        『ぼくには宝ものはありません』 それで書けるでしょ!

        それで行くか。具体的に、話の流れを考えてみよう。



*問題意識を共有して、今の思いつきレベルのものでも、具体的にする。
*具体的に考えれば、道は見えてくる。
**<ただ、残念ながら今回はそのようには進みませんでしたが>


中: いや、何か書かないといけないと思う。

     ぼ: そうか~。 マジメだね。いいよ。

        じゃあ、何か探してみよう。

        ところで、「宝もの」って何?



*いつもいつも、「問い」が大切だよ。
*困ったら、「問い」に戻って問いの意味を問う。



中: え! 宝って、宝じゃないですか。

     ぼ: うん、だからその「宝」ってのが何なのかわかってなくて、答えられる?


中: え~! だって、宝は宝だし・・・。

     ぼ: じゃあ、具体的に考えてみよう。

        一般的に、みんなが宝ものとしてイメージするものは、どんなもの?



*わからなかったら、少し具体的に考えてみよう。常套手段。
*具体例は、普通の一般的な、みんなが考えそうなものでいいよ。



中: 宝石とか、金貨とか、、、思い出とか、友達とか。。。

     ぼ: そうだね!

        ところで、今挙げたものたちに共通するもの/性質って何だろう?


*具体例を挙げて終わりにしないよ。必ず、抽象化する。
*具体と抽象を、行ったり来たりするよ。



中: えー、高いもの、価値のあるもの。。。キラキラしてるもの

     ぼ: そうだね! 特に、「キラキラしてるもの」ってのが、おもしろいね!


*たまたま出てきた、良い言葉には、『マーク』してあげよう。


        じゃあ、辞書で調べてみようか。


*調べることは大事。
*辞書は大事。
*すぐに調べることは大事。


中: 元々は、希少性があり、価値の高いもの・・・・

     ぼ: なるほどね! 元々は宝石や貴金属で、

        きれいで珍しいから、みんなが欲しがるから、価値が高まったのかな。

        その意味が広がって、「もの」でなくても、

        価値があるものを宝ものというように

        なったのかな。比喩の一種かもね。


*ルーツを、そこからどのように転じてきたか、物語をイメージする。


        色でいうとどんな色かな? 形でいうとどう? 重さはどう?

        音は?においは?触った感じは?


*できるだけ、五感を使って、「腹から」イメージするように。


中: 色は、金色とか。形は、丸いものでも、とがったものでも。重さは重い。

    音は、深くて丸い音、においは、、、しないかも。

    さわった感じは、ずっしり、しっとり、なめらか、、、


     ぼ: だいぶんイメージできてきたね!

        ところで、「価値がある」って、どういうことだろう?

        誰にとっての価値なんだろう?


*どこから光を当てているか、意識すること。(意識できれば、変えることもできる)


中: それは持ってる人じゃないですか?

     ぼ: だけど、本当の価値はわからなくても、

        お金たくさん使って集めまくってる人もいるよ。

        その人にとっての価値って何なんだろうね?

        その人が、本当に欲しいものって何なんだろうね?


*客観的なもの? 主観的なもの? も、よく使う分類法。


中: その人は、みんなから、『すごいですね!』って言われることが、

    宝ものなのでは?


     ぼ: そうだね、そうかもしれないね。

        本当のところは聞いてみないと (聞いてみても) わからないけど、

        十分ありえそうな話だね。


*決めつけはしない。「確からしさ」くらいまで。


        だいぶん話が散らかってきたから、少し整理してみよう。

        宝ものとは?


*話を散らかってきたら、ストップ。
*そこまでを整理。


中: その人にとって価値があるもので、

    形のあるもの、高価なものであることもあるが、

    形のないものでもあることもあり、

    また他人から見て価値のないものであることもある。


*よくまとめたね!すごい。


     ぼ: そうだね。だから、個人的な思い出を思い出させるもの

        なんてことも多いね。

        じゃあ、改めて、「あなたにとっての宝物」とは、なんだろう?


*抽象化したら、具体化。


中: うーん、思い出はあるけど、ものはそんなに大事にしてこなかったなあ(笑)。


     ぼ: そうか〜。

        そんな風に、日頃からものと接しられたらいいね。

        何も考えないと、結構雑に扱っていたりするよね。


*日常の振り返りも。


        じゃあ、時間を変えてみようか。

        中学生が高価なものを持っていて、自慢することも、まあ変だし、

        そうすると、みんな思い出がらみのことをいうだろうから、

        ちょっとがんばって、人と違うことを考えてみよう。


*「正解」をつくることが大事じゃない。
*ちょっと「がんばって」、自分で考える練習。
*ルールの中で、考える練習。


        「思い出」が、過去の自分に関連する価値の高いものだとすれば、

        同等に価値をあるものって、どこを探したらいいかな?


中: 未来


*時間をずらす。
*他には、空間をずらす、という手も。


     ぼ: そうだね。未来において、

        未来の自分にとって、(おそらく)価値があるだろう

        と思えるものってなんだろう?



==============


そうやって、書くイメージがしっかりできた後は、
すんなり書けていましたし、
内容も、とてもおもしろいものになりました。


やるではないか!




「問い」の世界を、心の中の風景として、
しっかりと描くことができれば、
たいていの問題には、対処できるよ。
イメージができれば、「勘」が働きだすからね。



それは何なの? 何を聞かれているの? を糸口として、
■ 分割する、統合する
■ 具体化する、抽象化する
■ 時間をずらす、空間をずらす、
■ 大きくする、小さくする
■ 言い換える、喩える、見立てる
・・・


「頭」で覚えることも、必要ではあるけれど、

「体」に染み込ませるための訓練も、必要ではあるけれど、

「心」の作用を自分の中に感じ取って、自分の心と対話すること

それがぼくにとっては勉強です。


そのために、何をやるでも、

すっと心を落ち着かせて、

さっとやってしまう。



目に見えないような細かいことですが、

ぼくは、そうやって物事を考えます。



自分なりの考える「型」、「スタイル」、「流儀」をつくっていきましょう。



2013年5月18日土曜日

青山プレップスクール(ゆかしネットワークスLLC)の全貌

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。



5月18日は、ゆかしの日。

なんのことやらですが、6年前のこの日、

ゆかしネットワークスLLCがこの世に誕生しました。


節目の6年を迎えたこのタイミングで、

一度、整理しておきましょう (自分のために)




  【壮大なミッション】  


「知」にまつわる、人、もの、お金、情報の流れを再編する


   情報化社会、知識集約社会における「知」のあり方を再定義し、

   現代および近未来における最適配置を形づくる


   ★ 主題の変化: 何を知るべきで、何を知るべきではないか

   ★ 方法の変化: どのように知るべきか



  【柔らかな世界観】  


技術主導ではなく、

   『ひとに自然な』

   『ひとに根ざした』

   『ひとを進化させる』

知の再定義を行う。



★ 主題よりも、背景

★ 目に見えるものよりも、目に見えないもの

★ ビジネスより、ハピネス



  【合言葉】  


ゆかいに
かろやかに
しなやかに

ゆかしい気持ちを、You can see! に繋げる会社。





  【理論研究テーマ】  


・ 「わかる」メカニズムをモデル化

・ 「できる」メカニズムをモデル化

・ 「かしこさ」の源泉を探る

・ 「粒子の半径とスケール差、その階層構造が生み出す、予測もつかない世界」

・ 「(生物の)生涯移動範囲、移動距離」について

など



  【開発可能な!ツール】  


・ 「集中状態」を喚起するプログラム

・ 「(半強制的に)暗記」させるプログラム

・ 「世界観(背景)を刷り込む」学習用ノート

・ 「スマートドア」(スマど) (≒どこでもドア)

・ 「思考幹力」を鍛えるバランスドリルなど

などなど




  【サービスとして提供】  


・ 個別指導学習塾

・ お父さんお母さんのためのプレップスクール

・ おとなだけどプレップスクール

    ↑ 「理解の文法」、「創造の化学」、「成長の力学」、「習熟の技術」 個別学習塾

・ 2030年世代が、2030年をデザインする、『2030年デザイン事務所』

・ 古典から学ぶ、古典読書会(自由解釈の場 『至宝を喰らう読書会』)

・ 海外にいる日本の子どもたちと、日本について、世界について、考える 『遠きにありて』


など



  【提供先】  


・ 修学中の学生、生徒さん

・ 修学中の学生、生徒の保護者さま

・ 学校、教育機関

・ 企業(人材育成)

・ 企業(広報宣伝、CSR)

・ 企業(プロジェクトワーク)

・ 個人(MBA受験)

・ 個人(40代からの起業)

・ 個人(習熟力を高める、基礎トレーニング)

・ 個人(教養を深める古典読解)

・ 2030年に関与する、個人および団体

・ 海外在住の日本人

などなど



なかなか、なかなか、大変ですね。



  【 I want you ^^ 】  


・ 生物学、脳科学に興味のある方、詳しい方

・ 人類の歴史に興味のある方、詳しい方

・ 最新の科学技術に興味のある方、詳しい方

・ 子育て中のお父さま、お母さま、おじいさま、おばあさま

・ 組織で人材育成をされている方

・ 新たにプロジェクト、新規事業を始める方

・ 組織の営業活動、広報活動、CSR活動に従事されている方

・ 人にものを伝える、教える、お仕事をされている方

・ 地域活動、NPO活動に従事されている方

・ 自分をもっと開発したい方


いっしょに、ゆかしませんか。(笑)



2013年5月17日金曜日

勉強の醍醐味_(マンツーマン小規模だからできること=つまり、おうちでもできること)

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。


勉強の醍醐味は、

浜辺で夢中になって貝殻集めをした、

そんな記憶を呼び覚ませてくれること。




自然の美しさ、人類の叡智、

広くて深い大きな海を感じながら、

足元の小さな貝殻を集める。




小さな貝殻が、大きな海の記憶と繋がって、遠い世界と繋がっている。



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結果として、成績が上がりました、試験に合格しました、

もちろん、うれしいことではありますが、
貝殻集めコンテストで優勝することは、単なる数字上の結果。


* 大人が横から手伝って、
* 大きなショベルカーでガサーっと取れば、優勝できるでしょう。
* 優勝した嬉しさは、もちろんあるでしょう。

* だけど、
* 自然や人類に対する敬虔な気持ちは、芽生えないでしょうね。



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★ ぼくが一人一人をよく認識レベル以上には、拡大しない

★ 教科専任ではなく、その子専任の先生


親や兄弟が、ちょっと勉強の手伝いをしてあげている、
親戚のお兄さんお姉さんが、たまたま東大に入ったけど、
その人に教えてもらっている。
という状況と、さほど変わりはありません。

     + そこに、ぼくがちょっといて、
     + 方向を修正したり、緩急をつけたり、別の角度から光を当てたり、、、
     + 日々の発明発見の成果を発表したり(!?)
     + まあでも基本、根気よく、起伏なく、ずっと見ています。


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◎ その子専任だから、できること

   当たり前ですが、こちらはその子について、詳しくなります。

   その子の好み、性格、考え方の癖、、、

   特に、その子が何についてよく知っていて、どういう経験があるのか、

   は、重要な情報です。


   なぜなら、

   人が新しい知識や考え方を学習する際に、

   新しく覚えるのではなく、既知の事柄と結び付けながら、理解していくからです。


   電車が好きなら、電車に関する知識は豊富にあるでしょう。

   新しい算数の概念、理科の実験、漢字、英単語、、、

   何でも、その好きなもの、得意なものとの関係をつけてあげます。

   得意なものと関連付けられると、腹から理解出来るだけでなく、

   得意だ!という気持ちも一緒に、結び付けることができます。



   新たに得意になる極意は、

   自分の身近なものに引き寄せてから、取り扱う。



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◎ 教科専任じゃないから、できること

   頭の中は、教科ごとに部屋がわかれているわけではありません。

   世界は、多様で、多彩で、多層で、多角的で、多次元的です。


   「それと、それは関係してたんですか!」

   「魔法みたい」

   「ヤバい。。。」

   そういう生徒さんの感想が、ときどきあります。



   数学の話をしていたはずが、理科の話になり、

   歴史の話になり、文学の話になり、地理の話になり、

   また歴史に戻って、今度は英文法の話になり、古文文法の話になり、、、

   めぐりめぐって、また数学の話に戻ってくる。



   いろんなことが、関係していて、

   一本の糸を手繰り寄せると、、、さーっと世界が見えてくる。



   美しさを感じて、心が動く。



   そういう感動を、1つでもたくさんしてもらうこと。



   まあ、ついでに言うと、各教科の復習にもなっているのですが(笑)。


   * 教科を分けるのは、
   * 教える側も、教わる側も、効率良く促成栽培するためでしたが、
   * 日本の現状は、促成栽培はしなくていいから、
   * 有機栽培(いろんなものごとが有機的に繋がっていること)が必要。


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週に1,2回、1,2時間で何ができるか。

○ 世界の広さ、深さを感じる

○ さまざまな物事が、実は繋がっている

○ 一見つまらなさそうなことも、バカにしちゃいけない


---- 週に何回も来い、なんて言いたくないのです。
---- 「人に頼らずとも、自分でできる!」、「むしろ自分でやった方が良い」
---- そう思えるようになって欲しいから。
---- 

---- 「自分でできる!」という気持ちを、育むべきであると、ぼくは思うのですが、

---- 専門家や合格屋さんたちの考えることは、ちょっと違うようで。。。



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おうちでやって欲しいこと。

★★ 得意なものと、関連をつけてあげる

★★ 教科をまたいで、関連をつけてあげる

★★ 日常の中に、応用問題を見つけてあげること



理科以外は、お金をかけなくても勉強できるものだと、ぼくは思います。

理科だけは、どうしても実験道具が。。。

2013年5月16日木曜日

小さきものに (マイクロソフト社とは関係のない、細かくて、柔らかくて、、、広大な世界)

20年後の未来へ向けて、青山プレップスクールです。



次の世代に、よい未来を引き渡したい。


それが、ぼくが今の仕事を始めた理由。


それはもちろん、

子どもたちのためになるかもしれませんが、

言ってしまえば、単に結果に過ぎず、

究極的に言ってしまえば、

ぼくが勝手に、

自分の興味のあることをしているだけ。

ということも、できます。


それがたまたま、「人が賢くなってもらわないと困る!」 という仕事であっただけです。


たくさんの生徒さん、保護者さま、先生(大学生)方、ご近所の方々、友人・知人、、、に

ご支援、ご協力、ご指導、数々のヒントを頂戴して、

おかげさまで、6年が経とうとしています。


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それまでは、大きな世界の人でした。


   ◆ 誰もが使いやすい仕組みの設計

   ◆ 誰がやっても、ミスが生じない仕組みの構築

   ◆ メンバーが働きやすいチーム運営

   ◆ 知的活動を、どうやって工業化するか?


そういうお仕事でした。

人並み以上に一生懸命、楽しく仕事をしてきたと思います。


今でも大切な仕事だと思いますし、

それを支えている以前の先輩方、同僚、後輩たちには、

本当に頭が下がります。




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しかし、最初から、そしてやればやるほど、

自分の中の違和感が、

解消されるどころか、むしろ大きくなっていったのです。

それは、端的に言ってしまえば、

   『 いい仕組みを作れば、

    いいサービスを提供すれば、

    いい社会を実現すれば、

    ひとは、いい人間になるの? より高度な人間になるの?

    今よりも良い未来を、次の世代に引き渡せるの?』

ということ。


たしかに、

便利になるでしょう。苦痛は減るでしょう。

不平等は減るかもしれませんし、

もっと贅沢ができるようになるかもしれません。

どこに行っても、高層ビルと大きな道路、

均質なサービスを、統一料金で、

便利で安全で、清潔で快適で・・・・


そういうのって、あんまり好きになれないな、と。


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ぼくの好みは、(単なる好みです)

環境最悪でも、仕組みが全くなってなくっても、

不便でも、困難でも、

それを楽しむ気持ちと、かしこさを、一人一人が持っていて、

「とにかく、何とかする!」


そういう方が、おもしろいんじゃないかなと、

いうのが、ぼくの好み。


だから、社会(や会社やサービスや製品)を、どうこうしよう

というよりは、

何があっても、何とかできるようになるためにはどうしたらいいのか?


という、まあバカげたことを、真剣に考えています。


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問題がわかっているなら、そのための対策を練ればよい。

いいや、もっといえば、答えを覚えてしまえばよい。


   * おそらくは、普通の学校とか塾・予備校は、そうしますよね。

   * 定期テストにせよ、受験にせよ、各種資格試験にせよ、

   * 相手がわかれば、対策はできますから。


だけど、ぼくには (いえ、ぼくが勝手に縛りを入れているのですが)

そもそも、問題すらわかっていない。

何が出るかわからない。

想像もできないようなことが起こる (可能性は十分にある)

くらいしか、わかっていないのです。


あー、大変だ。


   * あんな津波が来る

   * まさかという大企業が、大幅なリストラをする、他企業に吸収合併される

   * この子に野球をさせれば、将来イチローになる


とわかってれば、対処は出来ます。


問題は、

ひとりひとりが、将来において直面する問題が、不可知であること。



もしかしたら、過去のさまざまな問題に対する、対処と結果が全部わかっていたら、

適用できるケースがあるかもしれません。

だけど、それをやろうとすると、一生以上かかってしまうでしょう。

さらには、1つとして同じ問題は起こらないし、

過去に起こったことのない問題だって、じゅうぶん起こり得ます。



きゃー、どうしましょう。


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その時ヒントになったのが、【消化の話】。

ひとは、牛肉を食べたからって、牛にはなりません。 (ひとに限らず)

体に取り入れた肉を、そのまま使うのではなく、

たんぱく質を利用するのでもなく、

アミノ酸にまで分解して、

そこからまたたんぱく質をつくり直す。


生命の仕組みは、これに限らず、

とても小さくて、精密で、まだまだ謎に満ちています。


小さな細胞が60兆も集まって、人間になっていて、

その小さな細胞も、小さな小さなたくさんのたんぱく質や何かでできていて、

その小さな小さなたんぱく質も、小さな小さな小さなたくさんのアミノ酸でできていて、

その小さな小さな小さなアミノ酸も、小さな小さな小さな小さなたくさんの分子が集まって出来ていて、、、



それで、

   「腹減った」 とか 「最近いいことないな~」 とか 「政治が悪い」 「経済がどうたら」 とか、

思っている。。。らしい。。。ほんとに???




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ちょっと飛躍しますが、

生物の反応、生命活動って、こんなもんなんだろうと思ったのです。


膨大な、膨大な、

小さな小さな基礎知識が集中して、

1つの、1+1を理解したり、言葉を覚えたり。


そして、

応用力があるとか、地頭が良いとかって、

膨大な基礎知識が、有機的に活動している状態なんじゃないかなと思うんです。



1つ1つの問題を、そのまま覚えても意味がない。

それを、咀嚼して咀嚼して、目に見えないくらい小さなものにまで分解して頭に入れておく。

そして、それを高速に組み立てる練習をする。


そういう頭をつくることが、

何がきても、何とかできるようにする

ということじゃないかなと。



そして、もうひとつ。

頭の働きは、心の働きと密接に連動している。

心は気持ちとも繋がっている。

だけど、頭を働かせるには、自分の気持ち(感情)はいったんおいておいて、

深いところの心をどうやって動かすか。


心の中に、その小さな小さな膨大な基礎が詰まってるんじゃないかな。


そんなことを日々考えながら、

子どもたちに接しているのですが、

そろそろ、みんな来てしまう時間になり、

最後相当尻切れ気味です。。。







東京の大学で英語でディベートしてそうな部 潜入調査計画

  今回我々は独自の調査により、駒場の杜に潜むという同胞の棲息を示す確たる証拠を得た。更なる調査を進めるために、特別潜入チームを組織する。数々の難関基準に合格し、最後は適当にクジで選ばれた3名の隊員に、今回の任務を依頼する。 ミッションコード: ZZZ02(寝るな!) ...