2014年3月31日月曜日

勉強とスポーツの似たところ

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。


いつの間にか、高校野球も始まっていました。
そんなことも気づかずに、
右のような本を読んでいるなんて、
【運動バカ】を目指していた高校生のころには
想像もつきませんでした。

といっても、それほど勉強嫌いだったわけでもなく、
ちょっと地味めのものに(笑)、
いろいろ興味を持っていたように思います。

学校の成績は、、、大したことなかったですが、、、
一度だけ、数学の模試でものすごくいい成績を
取ったような気もしています。
(いいと言っても全国1位とかそんなんじゃないです(笑))

何者でもなかった、ただ漠然とした期待感だけがあった。
あの頃、ぼくたちの周りにあった光子の中には、
いま頃、こと座のベガあたりを飛んでいるかもしれません。

ぼくという粒子も、ブラックホールに吸い込まれることなく、
広い宇宙の中を、飛んでいます。
コースはずいぶん変わりましたね。
昔は自分のこと、目先のことしか所詮考えていませんでしたが、
今は子ども世代のこと、20年後のことしか考えていないように思います。


★ 勉強とスポーツの違い ★

特に男の子の場合、スポーツが好きな子は多いですね。
そして、スポーツが得意な子の中に、勉強が好きではない子も多いですね。
「おれは、そっちじゃない!」
と思っている雰囲気がプンプンします。

でも、何がそんなに違うのかな。

さわやかさは、決定的に違うね。

   スポーツの人に比べて、
   傲慢だったり、陰湿だったり、不摂生だったり、
   だらしなかったり、引き際がみっともなかったりするだろうね。
   でもそれって、本当はあんまり勉強してない人たちだと思うよ。


おもしろくない?

   本当に?それって単にできないだけじゃないの?
   できたら、楽しいんじゃないの?
   その程度の好き嫌いは、認めません(笑)。
   自分ができないからって、対象(相手)まで否定するな!


こんなの役に立たない?

   本当に?
   球を投げたり、打ったり、わざわざ足で蹴ったりすることも、
   何の役にも立たないでしょ。
   人間役に立たないことが大好きなんじゃない?
   むしろ、勉強はちょっと役に立ちそうなことを周りが言うから、
   鼻につく!

   安心してください。
   勉強だって、何の役にも立たないから。


★ 勉強とスポーツの似たところ ★

一方では、共通点もたくさんあります。


◇ ルールを守るところ
◇ 準備が大切なところ
◇ わかるだけでは、できないところ
◇ できるだけでは、わかっていないところ

そして何より

◇ やらなきゃできるようにならないところ
◇ 他人にあーだこーだいう人がたくさんいるところ


★ ぼくが困っていること ★


困っているというか、本当はこうできたらいいと思っていること。


勉強:
   一番大事なところは、その時、頭や心がどう動いているか、
   ということなのに、それが目には見えないこと

   どうしても、言葉や文字を経由して伝えることになる。

   一方では、結果はかなり記録に残りやすい。

スポーツ:
   動きが目で見えやすい。
   言葉で伝えられなくても、やって見せるということができ、
   また、動きを具体的に修正することができる。

   一方では、結果は記録には残りにくい。


この違いは、大きいです。
言語能力の成長は、かなり個人差があると感じます。
おとなになれば、その差もほとんど吸収されてしまうのですが、
たまたま(?)言語能力の成長が遅れてくる子は、かなりのハンデを負ってしまう。


言語能力の発達を促しつつ、
それに依存せずとも体感を通して学習できる方法は、まだまだ未開発。
動画にすればいいってものではない、
もっと根源的なものを、研究開発しなければ。


目に見えないものを見るには、どうしたらいい?


それも、一歩ずつの積み重ね。
そうやってしか、ピークにたどり着く方法はない。


2014年3月21日金曜日

小学生にとって大事なこと

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。


今の仕事を始めて、
子どもたちとたくさん接するようになってからずっと、
頭を悩ませていることがあります。

誰か助けて。


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それは
今の小学生って、祝日とか、いつから春休み(夏休み・冬休み)かとか、
重要な情報じゃないの? ということ。

自分の記憶が間違っているのかもしれないけれど、
ぼくが小学生のころは、
祝日(つまり、特別に学校が休み)って大切な日で、
何して遊ぼうか、早く来ないかなと、心待ちにしていたように思います。
連休なんてあろうものなら、ものすごく幸せ!
誕生日やクリスマスほどでないとしても、
記憶すべき日であったと思うのです。


もしかしたら、『ドラえもん』のおかげかもしれません。
【ぐうたら感謝の日】
つまり、のび太レベルだった(今も?)ということ?


ところが、ぼくが普段接する子どもたちは、
祝日とか、いつが終業式かということを、あんまり知らないんですね。
興味ないみたい・・・
中学生や高校生でも、知らない子結構います。


どうしてなんでしょう?


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とりあえず、仮説として考えていることは、以下の3つです。

【仮説1】 休み多過ぎ

   ぼくが子どものころから比べて、祝日は増えましたし (みどりの日、海の日)
   また、ハッピーマンデーとやらで、日付が不確定になりました。
   有り難味も何もないんだろうな。

【仮説2】 予定を立てない

   今の子どもたちは、とっても忙しいです。
   休みとあれば、やれ○○に行く、○○をする、
   というの前から、おとなが決めてしまっていることが多いのではないでしょうか。

   極端な例では、ある中学生は、
   夏休みの1か月前に、すでに、「今年の夏休みは空いている日が3日しかない」
   といっていました。

【仮説3】 遊びが変わった

   今の子どもたちは、ゲームで遊ぶんですね。
   ゲームをするのであれば、ちょっとした空き時間にもできるし、
   友達と約束をする必要もありません。

   これが、野球をしたいと思ったら、そうはいきません。
   ある程度の人数で約束しなければならない。
   特別な日に、特別なことをしているって感覚があったと思います。


「正解」なんて出ないと思いますが、
もっとほかの要素もたくさんあると思います。


子どもたちの頭の中が解れば、
ぼくとしてできることの選択肢も増えるし、打率も上がる。


そう考えて、いつも、
「なんでだろうな?」と思っています。

2014年3月18日火曜日

児孫のために美田を買わず

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。


ことわざなど好きで、
おとなになって、今とは違う仕事をしているときも、
突然、『ことわざ辞典』みたいのを買ってきて
眺めていることがありました。


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『児孫のために、美田を買わず』

西郷隆盛の言葉だそうですね。


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ぼくのまったく個人的なことになりますが、
今の仕事をするようになったきっかけは、
「子どもに、何を残せるんだろうか」
と思ったことからでした。

前の仕事を続けていれば、
いわゆる裕福な生活ができ、だいたい欲しいものを買ってあげ、たまに豪華なもの食べて、
広いおうちに住んで、家族で海外旅行などもし、
いわゆるいい学校に入るために、お受験とかもしたんでしょう。
それは、いわゆる幸せな家庭で、
親の目の届くところで、不自由なく育っていって、
本人も、それを満足していて。。。

悪くない。

しかし一方では、
その幸せは、親のエゴじゃないかな、とも思ったのです。

もし、子どもの頃が一番楽しかったよね。。。ということになったら、ちょっと悲しい。
おとなになった時に、『今が幸せ!』と感じてほしいし、
そのために努力もし、我慢もし、自分でつかみ取った幸せを実感してほしい。
子どもは親のペットではない。
狩りの仕方、敵からの逃げ方、戦い方、困難に陥った時の生きる知恵・・・

ぼくがすべてを知っているわけではないけれど、
ぼくが学んだことの一部でも、伝えられたらな。


いやー、そんなの面倒くさい。。。
お金さえあればいいんじゃないの?
         じゃあ、いくらあれば安心なの?
赤信号みんなで渡れば怖くない。
         怖くなくても、事故に遭うよ。



面倒くささを脇に置いて、全体状況から考えてみました。



天の時、地の利、人の和。

◇ 人口減少問題は、とうの昔から見えています。
   問題の先送りは、今に始まったことではありません。
   多数決の支配する政治での解決は、ちょっと期待できない。
   時代が激しく動いている中で、硬直化した教育システムは、ちょっと頼りない。
   時代が大きく変わるとき、
   それまでの『正解』が、まったく逆になるということは、
   歴史が示すところです。
   こういう時は、大きなものにすがりつくより、
   できるだけ柔軟に構えて、自分の意思で動けるようにしておいた方がいいよね。

◇ 国土の荒廃、過疎の問題も、原発問題以前から見えています。
   『想定外』の災害に備えるために、巨大な施設を建設し、
   縮小される予算の中、膨大な維持費と、管理・修繕業務が残る。
   また、自然との触れ合いが少ないまま大人になってしまうと、
   自然への畏敬の念も損なわれてしまうのではないでしょうか。
   自然に対して謙虚になって、自然から学ぼう。

◇ インターネットの普及とともに、
   地に足のついていない、揚げ足取りのようなことばかりで、
   小グループ同士の争いが絶えません。
   極端から極端へ、振れ幅が大きく、日和見だらけ。
   慌てず騒がず、自分の軸をコツコツと固めていって欲しいのに、
   落ち着いてそういうことをする時間ってあるのかな。



片や、ぼく自身のこと。

どうしても、仕事している時間が長いんです。
もう性格だからしょうがないんじゃないかとあきらめています。
ぼく自身は、割とちゃっちゃと問題を切り分けて、
期限内に、品質をもって成果物を出すのは、
そんなに苦手じゃないという気がしています。
だから、新入社員2年目で、コンピュータのこともあまり知らないし、
英語ができるわけでもないのに、1つの製品を日本で丸ごと面倒みさせられるような暴挙(笑)も
ありえたんだろうと。
(知らないからできません、ということはなかった。
 知らないけどやってみます、ということばかり)
それがまた、新しい可能性を開いたりするからおもしろいんですけど、
時間はかかりますね。
また、自分一人でやるわけではないので、
そして、「関係ないから帰りマース」と言えない質なので、
最後の最後まで付き合うことになります。

まあ、いまどき風ではないんですね。。。



であれば、
ぼくが一番大切だと思っていることを、ストレートに仕事にしてしまおう。

おじさんたちに使っていた時間をやめて、
全部、団塊ジュニア(僕の世代)より下のために、全部使おう。


学ぶことが一番の安定をもたらすよ。

◇ ゆかいに
◇ かしこく
◇ しなやかに

学ぶことで

ゆかしい気持ちを、「できるよ!(You can see)」に結び付けられるよ。


成績や入学、資格試験など、『目的』のための勉強でない、

つまらない、忍耐、努力・・・だけでない

効率よく、最低限、必勝法・・・だけでない

特別でも、カリスマでも、神様でもない


ふっつーのことを、

ふつーに伝えていくこと


それが、ぼくにできるベストかな、と。


2014年3月11日火曜日

一条天皇と后たちのものがたり 『源氏物語の時代』

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。



女の子の進路相談って、

男の子以上に難しいと感じています。



男女を区別するなんて、古臭い、偏見だ。

そう見られるのもある程度覚悟の上で、

やっぱり、男の子にアドバイスするときと違う要素まで

考えてしまいます。



そんな個人的な悩みを持ちつつ、

『源氏物語の時代 - 一条天皇と后たちのものがたり』

読みました。





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本書は、

   「言葉も生活も、これだけ古典世界を離れてしまった以上、

    今は研究者にこそ<伝えてゆく>責務があるのかもしれません。」

と、『はじめに』にあるとおり、とても丁寧に、一貫した落ち着いた口調の中で、

ぼくのような古典に疎い者でも、その世界観を少し感じ取ることができ、

さらなる興味を引き立てる、そんな本でした。


現代のぼくらの理解を少し助けてくれるために、

それぞれの人物が少しずつ個性化されていますが、

決して無理のあるものではないと思いました。

むしろ、できるだけ先入観を取り払って、具に資料を読み込んだ中で、

自然に浮かび上がってくるもの。



生真面目で、自分を抑え、理想と現実のはざまで理想の側に軸足を置く一条天皇。

藤原摂関家の父と受領階級の母を持ち、

明るくて華やかで、教養深く、細やかな優しさで周囲を包む定子。

定子によって教養が、理想へのあこがれを強くする一条天皇。

後見をなくした定子と一条天皇の、誰も止めることのできない愛。

定子の悲しみを背負う清少納言。

無垢な彰子。

一条天皇の心は定子にあることに気づきながらも、寄り添おうとする彰子。

定子の遺子に愛情を注ぐ彰子。

彰子をかげから支える紫式部。

八十七年の生涯を終えるまで、一条天皇を語り、天皇家を守り続けた彰子。

その他さまざまな人物や事件が、

豊富な古典知識ともつながって、

『源氏物語』の人物や場面に、結晶化されていったのでしょうか。



個人的には、頼道という人に興味があります。




さて、はじめの話に戻って。

流行りのコミュニケーション能力やグローバル人材でなくても、

地に足の着いた、しっかりとした教養があれば、

たとえ逆境にあったとしても、

個人としても、

妻としても、母としても、

一家を守っていく立場としても、

よい人生が送れるのではないかと思いました。




個人的つながりとは関係なく、

純粋に、読んでよかったなと思いました。

2014年3月7日金曜日

1+1=2、とは言えないよね。 (算数を見直そう。まずはたし算から)

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。


1+1は、3にも4にもなるよね、

っていう、ビジネス本的な話ではありません。

2進法を使ったりという、難しい話でもありません。

小学生が、普通に、ふつーに経験すること。









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言ってしまえば、なんだ、と言われますが、


   問。 1Lの牛乳と、1dLの牛乳があります。

      あわせて何dLでしょう。


あ、バカにしないでくださいね。

これ(単位変換)って、つまづきやすいポイントです。

その話は今回は置いておいて、

単に数字を足し算すればいい、ということじゃないという例として、

もう少し、別の問題を。


   問。 リンゴが1つあります。みかんが1つあります。

      あわせていくつでしょう。


小学校1年生の教科書に出ていそうな問題ですよね。

でも、この問題おかしい!と思うのはぼくだけでしょうか。

この辺から、ちゃんと考え直して、問題を作るべきだと思うんです。

もう少し極端な例にしていきますね。

   問。 アリが1匹います。クジラが1匹います。あわせて何匹でしょう。

   問。 アリが1匹います。折り紙が1枚あります。あわせていくつでしょう。

   問。 あきらくんは、身長130cm、体重30kgです。あわせていくつでしょう。

もうここまで来れば、明らかにおかしいですよね。

「足せない」 もしくは、「合わせても意味がない」。


戻ります。

   問。 リンゴが1つあります。みかんが1つあります。あわせていくつでしょう。

りんご1つ、みかん1つ。

数字上、足し合わせれば、2つになるけど、

それで何がしたいのでしょう?

何がわかるというのでしょう?

みかんなんて、剥けばたくさんになっちゃうし・・・

意味を考えると、逆にわからなくなる。

むしろ、意味を考えない方が、算数はできることになってしまう。



足す、合わせるという操作は、

同等のもの、同種のもので、

その後、同じように扱っていいもの、扱いたいものに対してのみ為される。



そんなこと、誰も教えてくれないのですが、

それが当たり前として、自然に身についているか、

わからないけど、計算はできるからそれでよしとするか。

子どもたちが、心の中でどう感じているか、

それは、眼で見ることはできません。

数値で測ることも、おそらくできないでしょう。


しかし、

あとあとまでも、勉強の好き嫌いを左右しているように思います。




意味としっかりつながっていること、

数字や計算は、必要であるか、または有効であると思えること、

納得しながら進めらえること

(できることなら、隠された意味にまで、想像を広げること)



基礎を作っている段階では、

意味とのつながり、身体感覚とのつながりを、

切らさない教え方ってどうしたらいいんだろう。


子どもたちが、本当に腹から、心から、わかったって、

どうやって判断したらいいんだろう。


要領悪いですが、いまのところは、

たくさんいろんな角度から話をしながら、

100%わかるってことは、ない (ぼく自身も100%ではきっとない)

その子がわかっているところから、

枝を伸ばし、羽を伸ばし、、、

2014年3月6日木曜日

学校選びが、とても悩ましい件 (中学入試編)

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。


どこかの、かっこいい学校に入ることが、
勉強の目的ではない。


そうはいっても、どこかの学校を選ぶ必要は出てきます。

ぼくもよく相談を受けるのですが、
とても悩ましいと思っています。



今回は、中学入試編として、
今時点で感じていることをまとめておきます。


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東京および近郊で、中学を選ぶとすれば、選択肢は主に、以下のようになります。
A: いわゆる御三家と呼ばれる学校に代表される難関私立校
B: 大学の付属校
C: 中堅の私立校
D: 女子校
E: 公立中学
F: 中高一貫の公立中学


ぼくが知っている限り (つまりは、そこに通った生徒さんを見たり、生徒さんから聞いたこと) で、
それぞれの良いところ、物足りないところを挙げると、
以下のようになります。


A: いわゆる御三家と呼ばれる学校に代表される難関私立校

   ○ 授業内容は、さすがと思えるものが多く、
     そういう環境で勉強できることは、幸せだろうな。

   △ 授業内容は、かなり抽象的な高度なレベルになるので、
     一度ついていけなくなると、挽回が大変。
     すると、特に男子なんかは、勉強じゃない方向に意識が向いてしまうことも。
     ○成で成績が下の方でも、世間的には勉強かなりできる方だからね
     逆に、ギターやサッカーが、○布で一番うまくても、世間的には・・・
     中学生であれば、いろんなことに興味を持つことはいいと思いますが、
     そして、勉強も別にやれば、遅くとも高3までには追いつけるであろうに、
     投げ出さないでね。


B: 大学の付属校

   ○ こちらも、考えられた授業や、先生の意気込みを感じる授業があります。

   △ 生徒側が、そのテンションについていけないことが、ままあるかなあ。。。
     ある意味、既得権者になってしまって、
     このまま大過なく、ほどほど、そこそこやっていればいい、
     ということが、先輩などを通じて、伝わっているんじゃないかなと感じます。
     おもしろがって、「よーし、やってやろうじゃないか!」と思えれば、
     もっと楽しめるんじゃないかなと思います。


C: 中堅の私立校

   ○ 受験実績を上げたいという学校側の思惑があるのでしょう。
     受験の指導に力が入っていると思います。

   △ 一方では、受験に出ることを、パターンとして身につけさせよう、
     予備校チックな印象です。
   

D: 女子校

   女子校は、ちょっと特殊だなと思っていて、別立てにしています。

   ○ こちらも、受験指導に熱心だなと思います。

   △ とにかく、とにかく、宿題が多い。
     どうして?と思うくらい、宿題が多いです。
     じっくり意味を考えるとか、心からわかるという前に、
     宿題片付けなきゃ、という意識が優先してしまうのではとちょっと気がかり。


E: 公立中学

   ○ 本来の姿として、公立にはがんばってほしいです。

   △ が、実際には、塾に遠慮しているのか、
     管理業務が忙しいのか、
     いろんな子がいて大変だと思うけど、
     もうちょっとがんばれ!と思うこと、多々あり。
     でも、本当に、一番がんばってほしい!!


F: 中高一貫の公立中学

   ○ 学校によって個性はありますが、良いなと思います。

   △ 御三家も同様ですが、入るのが大変。
     公立なんだから、もっと受け入れたらいいと思うんだけど、
     そうすると、普通の公立と一緒になっちゃうのかな。


ごく限られた情報源からの、所感でしかありませんが、
ただ、偏差値の高い学校に入ればいいと言っているわけではないことは、
そして、その子にとって、その子の近未来にとって、
何がベストな選択なのかを一緒に悩んでいることだけは、
おわかりいただけたかと思います。



究極的には、
学校の1割の時間をもらえたら、
どこに行っても、どうせ一長一短なんだから、
足りないところをフォローしてあげればいいんだなと思っています。
だから、どこに行ってもいいよ、と。


そのためには、金銭面をなんとかしなければ、、、なのですが、
税金は、払うばっかりで。
(幸か不幸か儲けも小さいので、偉そうに言えませんが)

親よりバカな塾

20年後の未来のため、青山プレップスクールです。


受験なんかを経験すると、よくわかること。


ぼくがどんなにがんばっても、
親のばかさには、なかなかかなわない
ってことです。


日々の中ではですね、
わりと、ぼくも健闘していると思うんです。

先々のことを考えて、
その子の特性や、周りの環境を考えて、
今、何を学ぶのがベストか?
今、何を伝えるべきか?

まあ、こっちはそれしか考えていないわけですから、
それ以外のこともたくさん抱えていらっしゃる、お父さま、お母さまに対しても
言えることがあったりするんです。



テストで点取るにはどうするかとか、
○○算は、どう解くか、
とか、そんなどうでもいい (あ、言っちゃった) ことでなくて。



何を褒め、何に対して 『ダメ!』 というのか、
その言い方はどうしたらいいのか、

困難に直面したとき、
そもそも、困難に遭わないように、こちらで準備しておくのか、
解決策を教えてしまうのか、一緒に考えるのか、突き放して自分で考えてもらうのか、

油断、慢心、怠け心が出てきたときに、
ガツンとやるのか、痛い目に遭うまで放っておくのか、もっと調子に乗らせるか・・・



100人いても、誰一人、同じ子はおらず、
一人ひとりも、その時々で違って見えることもあるので、
はっきりいって、大変です。

こんな大変なこと、バカじゃないとしないと思うんです。
賢い人は、手を出さないです(笑)。



でもどんな賢い人でも、いったん親となると、
そうもいかない生命の神秘。歴史のマジック。
その矛盾、その葛藤やいらだたしさ、
それでも見捨てようなんて考えてもみないし、
(仕事なら、見切りをつけることも大切なはず)
同時に存在する、何とも言えない充実感のようなもの・・・
そういう気持ちを共有しながら、『親よりバカ』を目指しています。



できることは、全部してあげようと思って、
あー、命削ってやってるな、と思うときもあります。



でも、でも、当たり前と言えば当たり前と言えるけれど、
共有している時間も、質も、
やっぱり圧倒的ですよね、親って。  (いまさらながら)
山よりも高く、海よりも深いです。。。

それを痛感しながらも、
でも、だからこそ、第三者だからこそ、できることもあるはず、
量と質で負けるなら、知恵と経験で勝負するしかない。


頭良さそうな塾ならたくさんあるだろうけど、
ぼくは、親よりバカな塾を目指しています。


2014年3月3日月曜日

『なめらかな社会とその敵』  なるほど、しかし詰め込み過ぎ?

20年後の未来のために、青山プレップスクールです。



この本も、ずいぶんと長く、『積ん読』してしまいました。


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ざっくり超概要

◇ 核と膜

   生物は、コントロールの主体となる核と

   個体と環境を隔てる膜からなる。

   多細胞生物になると、

   脳と皮膚が同等の役割を担う。

   社会においても同様、

   コントロールする主体である政府(国家)と

   他と隔てる国境が存在する。


◇ なめらかな社会

   従来の社会は、膜がはっきりしていた。(ステップ関数)

   膜の内側か/外側か、ON/OFF、1/0であった。

   著者が理想と掲げるなめらかな社会は、

   この膜の役割を、あいまいにする社会である。(シグモイド関数のモデル)

   一個人が、何かの組織なり、社会なり、国家に、完全に所属するのではなく、

   複数の組織に、分散的に、配分して所属する社会である。

   ◆ なめらかな貨幣(PICSY)

      商品の購入代金が、販売者のみに渡るのではなく、

      商品に携わったさまざまな人に、電波的に伝わる電子的なネットワーク貨幣。

   ◆ なめらかな政治(分人民主主義)

      これからの社会問題は、一国の国内問題に限らない。

      民主主義も、伝播委任ネットワークを使って投票システムを構築する。

   ◆ なめらかな国際関係

      国家は、「敵」を想定することで、国内の結束を高めた。

      国家が定めた敵(公敵)に対して、個人は特別に敵視はしなくとも、

      国家として、自衛のための戦争を繰り広げている。

      公敵なき社会を目指す。

◇ コンピュータと人間(社会)

    チューリングの考えた万能機会主義時代から、

    アラン・ケイが描いた身体環境主義、

    インターネットの普及以降のネットワーク主義の特徴をそれぞれ明らかにし、

    リアルとバーチャルが併存するパラレルワールドを描く。



もっともっと縮めて言えば、

今あるコンピュータ技術を前提とすれば、

まったく新しい社会を設計できるんじゃないの?

ということ。

しかし、いろんな要素を詰め込み過ぎの感は否めない。

筆者のアイディアのギリギリ限界まで書ききっている、

全体像を知ってほしいという勢いを感じる。





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さて、一読しただけではありますが、

読みながら考えたこと。(必然的に、いろいろな話が混じりますが)


◇ ぼくたちは今、「社会がなめらかでないから、生きづらい」と感じているの?

そもそもの問題認識の話。

ぼく自身の問題なのか、ある組織(学校や会社)に、

すごくコミットしたことはないし、

(人と人、人と組織も、対等だ、と思っている)

もちろん、組織の中にいる時は組織を代表して

発言しなければならないことはあるが、

それがすべてではなかったと思います。

今、日本国に所属していますが、

日本のことはかなり好きだと思っているけど、

非才にして、政策に対して意見を求められたことも、

まして、取り上げられたことなどありません。

政府とは、同じ屋根の下にいても、最低限度しかコミュニケーションを

とらないし、互いに「養ってやってるのに・・・」と、思っている。

そんな程度の関係なのではないでしょうか。

もちろん、戦争や大災害など非常時はありますが、

ぼくたちの日常は、すでに相当「なめらか」なのではないでしょうか。


むしろ、「なめらか」になり過ぎて、

『膜』がどんどん溶けていってしまって、

『核』の求心力がどんどん弱まっていることに、

多くの人が不安を感じているのではないでしょうか。


新しい『膜』なり、『核』なりが求められている。

どの程度の求心力と、影響範囲、

どの程度の表面積と透過性を持つべきか


その研究のみに集中したとしても、相当広い研究対象だと思います。

あー、やってみたい。


ちなみにぼくは、

1つの実験として、100人程度の社会(塾)を作っています。

全員に目が届く中で、自分の責任範囲(道義的責任、社会的責任含め)の中で、

今暮らしていますが、とても暮らし心地がいいです。

規模を大きくすれば、経済的には豊かになるかもしれませんが、

( ↑ それすら、長期的に見ればアヤシい・・・)

お金のために、本来負えない責任まで負いたいかと言われると、

ぼくはそうじゃない。




組織やネットワークのデザインを、

生命からもっと学ぶべきという発想は、

とても共感します。


2014年3月1日土曜日

第一志望に合格しなかった、その事実を受け止めるところから出発しよう



20年後の未来のために、青山プレップスクールです。


いろいろな想いが、交錯する季節です。

先日は、第一志望に合格した子に向けて話したことでしたが、


今回は、そうでなかった子に対してです。


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ぼくはこの1年、○○君のことをよく見て来たから、

限られた時間の中で、完璧とは言えなくても、よくがんばった、

あと一歩のところまで行っただけでも、心の中では大したもんだと思っています。



ちょっと、昔話ね。 (昔と言っても、最近だよ)

ぼくも、大学受験は、第一志望はダメでした。 意外といけそうな気もしてたんだけどね。

ぼくなりに悩んで、でも、入れてくれると言ってくれたところに、行くことにしました。

結果的には、それはぼくに必要なことだったのだと思っています。

なんだかんだ言っても、あんなちゃれけた勉強で、東大なんか入ってたら、

ぼくみたいな性格だと、よほどよほど、鼻持ちならないロクでもない人間になっていただろうから。

別の観点から言えば、

ぼくもしつこいもので、1学期の間は、いくつかの大学に勝手に入っていって、

授業をのぞいてみて回ったの。 本当に求めているものはあるのかなって。

結果としては、(残念なことだけれども)、どこも大して変わらない。

じゃあ、とっとと卒業したほうがいいんじゃないかと思いました。

ちなみに、学生の浮かれ具合は、学校によってちょっと違ってておもしろかった(笑)。

別にここで人生決まるわけでも何でもない。

次の決戦にそうなえよう。



もう少し昔の話ね。

幕末。

吉田松陰が処刑される直前に、高杉晋作に言ったこと。

その頃晋作は、松陰を心酔していたから、先生が死ぬなら、俺も役人何人か殺して死ぬと思っていた。

それに対して、松陰先生は、

   『 死して不朽の見込みあらば いつでも死ぬべし。

    生きて大業の見込みあらば いつでも生くべし。』

きびしー。

これをぼくは、高校生の頃に知ったんだけど、

かなり困ったね。

   不朽の見込みも、大業の見込みも、ないですけど・・・

いまだにないけどね。(笑)

でも、どちらかといえば、どちらかとえいば、どちらかといえば (究極の選択)

不朽の見込みは、まったくないわけです。 どー考えても。

じゃあ、生きるしかないじゃないか。

大業とまではいかなくても、(自称)大業ならなんとか。(笑)



もっと昔の話ね。

『人間万事塞翁馬』

禍福は糾える縄の如しというのもあるけれど、

本当に、人生というタイムスパンで見れば、何が幸いで、何が不幸かなんて、

ちっともわからない。

ぼくの人生なんて、ほとんどその通りで、

いいかな・・・と思って調子乗ってると、ロクなことにならないし、

ダメだろう・・・と思って一生懸命頑張れば、なんとかなったり、それ以上だったりもする。

笑えるくらい、そのまんまだから、

ぼくも、ちったー学習したから、

『ダメだろう、無理なんじゃね?』 ってことばかりするようにしています。

それも、そのうち天の神さまか誰かに、ばれちゃうだろうけど。


もうちょっと、まじめな言い方をすると、

何が幸で、何が不幸かわからないんじゃなくて、

過去は変えられないけれど、未来は変えられるわけだから、

今をしっかりと見つめて、

そこから、どんな未来にするのか、ストーリーをつくっていくのね。

そのための、現時点、現状認識が間違っていると、

その後のストーリーは全部くるってくるからね。


だから、ちょっと嫌だけど、

第一志望に受からなかった、実力が足りなかった

という事実をしっかりと受け止めて、

そこから新しいストーリーが始まるんだという、

『覚悟』をもって、

与えられた場所と、自分の覚悟に導いてもらって、

これから進んでいって欲しいのね。



○○君の、この1年の成長偏差値は、70超えてると思います。

だからぼくは、これからの○○君に、とても期待をしているんです。

ということで、今のうちにサイン頂戴 (笑)。



卒業おめでとう。


東京の大学で英語でディベートしてそうな部 潜入調査計画

  今回我々は独自の調査により、駒場の杜に潜むという同胞の棲息を示す確たる証拠を得た。更なる調査を進めるために、特別潜入チームを組織する。数々の難関基準に合格し、最後は適当にクジで選ばれた3名の隊員に、今回の任務を依頼する。 ミッションコード: ZZZ02(寝るな!) ...