だらだらと、2030年デザイン事務所について
20年後の未来のために、青山プレップスクールです。
2030年デザイン事務所構想までの、経緯と言いますか。。。
これまで塾を5年弱やってきて、
5歳~50歳まで、200名ほど、それぞれの目的に合わせて、
20,000時間ほど授業をしてきて、
非常に消極的な姿勢で、やっています。
(営業もしないし、入れともあんまり言わないし、『○○ メソッド』を教えたり、
ばっちりカリキュラムを決めてそこに流し込むわけでもない)
できるだけ、同じ目線でそっと後ろから支えながら、
足りないところだけパッチをあてる、というイメージで。
これはこれで、 社会に必要な機能なのだろうなと思っていますので、
これはこれで、この形を維持したい。
一方では、
学校や他の塾、家庭や、その他子どもを取り巻く社会の
(ちょっと極端?)とも思える大きな流れには、
消極的スタンスだけでは、抗しきれない部分があり。。。
じゃあ、学校作るかというと、それもまた。。。
ただいずれにせよ、
少し子どもたちを方向付けしてあげる、 引っ張る機能もあった方が、
より完成形に近いかなと思っていたところです。
そこに、あの震災があり、事故があり、
あー、本当に、つるかめ算が人より速く解けたり、
それで学校入って、会社入って、
ただそうやってなんとなく社会のシステムに組み込まれていっても 、
一個人が、巨大な自然の力や、社会のシステムの前に、
なんとまあ無力なことか。。。
(いや、実際入れば違うと思うのですが、
大学生たちの話を聞いていると本当に彼らはそういうモードで。。 。)
とまあ、すっかり厭世的な気分になっちゃいまして。
そもそも、少子化で上の世代(団塊ジュニア)が重たい状況で、
多少なりともやる気と能力の高い子たちは、海外志向が強く、
そこまでの意欲に欠ける子(大抵そう)は、『安定』志向が強く、 、、
私がいつもサービスを考えるときは、
『もし、ぼくがこの子の親だったら、 長い目で見て充実した人生を送って欲しいなと思ったら、 どんなことをして欲しいかな』
という風に考えるのですが、
前述の、消極的なサポートだけでは足りないとすると。。。
やれ英語だ、ITだ、ロジカルシンキングだ、
いやディベートだ、いやいやクリティカルシンキングだ、、、
そういうわかりやすいものを思い浮かべられると良かったのですが 、
そんなもの後でどうにでもなる。
★ ちょっと遠い未来のことを想像して (自分でビジョンを描く)
★ あんまりカッチリし過ぎない程度に、 それを実現するにはどうしたらいいかな?
★ その時に、まず学校に行って、○○を習って、 と発想するのではなく、
★ いいからやってみる、やった上で、何が足りないのかを考える
スポーツでも何でもそうだと思いますが、人がものを習得するステップって、
まず教科書をすべて読んで、体系的に理解して、
ルールから、歴史沿革から、最新の動向から、全部理解して、、、 とは、やらないですよね。
ところが、今の勉強って、そんなことばっかりで、
問題を解くステップが、
1.題意を読みとって、状況を理解する
2.方針を立てる
3.必要な情報を拾いながら、解く (いわゆる『解き方』)
4.それをわかりやすく記述する
とあるとすると、3の話ばっかりで。。。
(同じ状況の同じパターンの問題ばかり繰り返すので、当然)
でも、ぼくが親だったら、何よりも、
1と2をできるようになって欲しいな。
それら諸々をまとめると、
★ 自分でビジョンを描く
★ ビジョンの具体化プロセスを考える
★ もし必要なら、それから勉強する
★ 単発の「楽しかったね」というイベントではなくて、
★ (望めば)ずっと継続してできる
そういう学びのスタイルが、それを実践する機会が、
現状足りてないならば、それをやろうかなと。
ここまで来るのが長かったですが、
それが、2030年デザイン事務所の話でして、
2030年デザイン事務所 事務方
井上 泰輔
2030年デザイン事務所構想までの、経緯と言いますか。。。
これまで塾を5年弱やってきて、
5歳~50歳まで、200名ほど、それぞれの目的に合わせて、
20,000時間ほど授業をしてきて、
非常に消極的な姿勢で、やっています。
(営業もしないし、入れともあんまり言わないし、『○○
ばっちりカリキュラムを決めてそこに流し込むわけでもない)
できるだけ、同じ目線でそっと後ろから支えながら、
足りないところだけパッチをあてる、というイメージで。
これはこれで、
これはこれで、この形を維持したい。
一方では、
学校や他の塾、家庭や、その他子どもを取り巻く社会の
(ちょっと極端?)とも思える大きな流れには、
消極的スタンスだけでは、抗しきれない部分があり。。。
じゃあ、学校作るかというと、それもまた。。。
ただいずれにせよ、
少し子どもたちを方向付けしてあげる、
より完成形に近いかなと思っていたところです。
そこに、あの震災があり、事故があり、
あー、本当に、つるかめ算が人より速く解けたり、
それで学校入って、会社入って、
ただそうやってなんとなく社会のシステムに組み込まれていっても
一個人が、巨大な自然の力や、社会のシステムの前に、
なんとまあ無力なことか。。。
(いや、実際入れば違うと思うのですが、
大学生たちの話を聞いていると本当に彼らはそういうモードで。。
とまあ、すっかり厭世的な気分になっちゃいまして。
そもそも、少子化で上の世代(団塊ジュニア)が重たい状況で、
多少なりともやる気と能力の高い子たちは、海外志向が強く、
そこまでの意欲に欠ける子(大抵そう)は、『安定』志向が強く、
私がいつもサービスを考えるときは、
『もし、ぼくがこの子の親だったら、
という風に考えるのですが、
前述の、消極的なサポートだけでは足りないとすると。。。
やれ英語だ、ITだ、ロジカルシンキングだ、
いやディベートだ、いやいやクリティカルシンキングだ、、、
そういうわかりやすいものを思い浮かべられると良かったのですが
そんなもの後でどうにでもなる。
★ ちょっと遠い未来のことを想像して (自分でビジョンを描く)
★ あんまりカッチリし過ぎない程度に、
★ その時に、まず学校に行って、○○を習って、
★ いいからやってみる、やった上で、何が足りないのかを考える
スポーツでも何でもそうだと思いますが、人がものを習得するステップって、
まず教科書をすべて読んで、体系的に理解して、
ルールから、歴史沿革から、最新の動向から、全部理解して、、、
ところが、今の勉強って、そんなことばっかりで、
問題を解くステップが、
1.題意を読みとって、状況を理解する
2.方針を立てる
3.必要な情報を拾いながら、解く (いわゆる『解き方』)
4.それをわかりやすく記述する
とあるとすると、3の話ばっかりで。。。
(同じ状況の同じパターンの問題ばかり繰り返すので、当然)
でも、ぼくが親だったら、何よりも、
1と2をできるようになって欲しいな。
それら諸々をまとめると、
★ 自分でビジョンを描く
★ ビジョンの具体化プロセスを考える
★ もし必要なら、それから勉強する
★ 単発の「楽しかったね」というイベントではなくて、
★ (望めば)ずっと継続してできる
そういう学びのスタイルが、それを実践する機会が、
現状足りてないならば、それをやろうかなと。
ここまで来るのが長かったですが、
それが、2030年デザイン事務所の話でして、
2030年デザイン事務所 事務方
井上 泰輔