日本語おもしろい、難しい:「検討していない」ってどういう意味?

ネットニュースからになりますが。

東京への緊急事態宣言は「検討していない」 岸田首相

いや、検討はしてくれよ。 (宣言しろという意味では、まったくない)

言葉通りの意味として、さまざまなシミュレーションをして、危機的状況を想定して、関係者と確認事項・調整事項・課題・メリット・デメリット・・・いろいろあるでしょ、と。

むしろ当然検討はしているのに。「検討はしてるけれども、今はまだその時ではないと考える」とは言えないところが、おもしろいなあと。

政府が、「検討しています」というとそれは、やりますという意味に採られる。

一方で、一般のビジネスシーンなどにおいては、「検討しておきますね」と言われたら?

「ちょっと考えさせてもらいますわ」と言われたら?

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とここまで思ったところで、いやむしろ「言葉通りの意味」なんてないのでは? 言葉遊びするなよ! わかるだろ、察しろよ!

はい、まったくそのとおりでございます。

言葉も、数式も、物理法則も、、、絶対の真理を表しているわけではない。所詮、ぼくたちが想像できる範囲の比喩で、なんとなくやりくりしているものに過ぎないでしょう。それでなんとなくやっているのが、人間社会です。

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授業の半分は、今もオンラインです。

ホワイトボードなども使いますが、一番使っている道具は、言葉です。

ぼくの頭の中にある概念なり感覚を、ぼくの持っている語彙の中から一番適切であろうと思われるものを選び出し、言葉として並べる。

子どもたちはそれを受け取り、それぞれの自分のなかの語彙や経験と照らし合わせて、きっとこんなことを言おうとしているのだろうと、わかる(わかったふりをする)。

A君に伝わる説明は、Bさんには伝わらない。

A君はこの間はわかったようだったけど、今日はわかっていないようだ。

そういうことを、言葉だけでなく、表情やしぐさを通じてこちらで(勝手に)解釈して、説明の仕方を変えたり、言い方を変えたり、今日はやめておこうとしたり・・・

逆に、子どもたちにもいろいろな話(勉強の理解を説明、現状や進捗を説明、そのほか日々の出来事や感じたこと・・・)をしてもらっている。

伝わる言い方、伝わりにくい言い方ってあるよね。

言語以外にたくさんのものを共有している方が伝わりやすいね。

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オンラインが普及し、またマスク越しが当たり前となり、これからのコミュニケーションがどのように変わっていくのか、興味があります。都市人口が増え、国際化が進み、経済が目まぐるしく変化する現代において、他人を深く理解するよりも、物事を進めために必要なコミュニケーションというニーズのほうが高まってくると思われます。

そういう環境の中で、「察しろよ!」というのはなかなか難しい。それよりも、定型文でどんどん進めていく方が「効率」が良い。本心がどこにあるかよりも、立場やキャラとしての発言・やり取りのほうが重要になってくる。それで物事がどんどん進む。

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ひとつ、それを最初から練習しといた方がいいんじゃないの?

もう「キャラ・コミュニケーション」を前提として、「キャラ」としてふるまう練習を子どもの時から始めていいのではないか。いや、実際にもそうなっている。しかし自然状態では、何となく決まった「キャラ」を維持しなければならないので、いろいろ試せないのが良くない。いろいろなキャラを練習できる場を作ったらいいのではないか。

もうひとつ、それが進むと、内面とのギャップに悩むことになるのか。もしくは、内面なんてものも、そもそも必要なくなるのか。元々ないのか。

そんなことを考えています。

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話は最初に戻りますが、Yes/Noでしか判断しないというのも、コロナを経験したぼくたちは卒業したい。一人ひとりが判断力を持ったうえで対話を続ける、という形に子どもたちの未来がなることを期待して、今日もいろいろな話ができたらと思っております。




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