それでも、『能力があって、勇気のあって、いつもニコニコしている子』

その先へ! 20年後の未来のために、新・青山Fプレップスクールです。



小さな塾を、細々とやっています。
一人ひとりのことをできるだけ理解して、指導に反映させるようにしています。能力や興味以外にも、その子の持っている背景、マインドセットから、その日の気分まで、ちょっとしたことで子どもの集中力や理解力が変わってしまいます。

当然の成り行きとして、だんだん半分ぼくにとっての友達、後輩、同僚、子どもみたいに感じてきます。だから、学校の成績や受験の結果以外に、もっとその子の将来に責任があるのではないかと。

いろんな子がいます。
勉強のとてもできる子もいれば、数年分遅れているなと思われる子もいます。お金持ちのおうちの子もいれば、そうでない子もいます。厳しそうなご家庭の子もいれば、そうでないご家庭の子もいます。誰とでもすぐに友達になれる子もいれば、一人でいるのが好きな子もいます。

20年後には、みんなまったく別々の場所で、別々の人生を送っているのだろうと思います。
国際的な舞台で活躍している子もいるでしょう。地味な仕事だけれども責任をもって周囲から信頼されている子もいるでしょう。自分で事業を起こして世の中に新しい価値を提供している人もいるでしょう。温かい家庭を築いて子育てを頑張っている子もいるでしょう。

それぞれの未来に、何が待ち受けているのかは、今時点では想像がつきません。
先日こんなWebサイトの記事を読みました。

<優秀さとは何だろう>成功者を生み出せなくなったテレビ業界の危機
http://blogos.com/article/106671/


一昔前(就職難の時代)ごろから、就職活動と、実際の仕事のギャップが話題にされていました。
曰く、就職活動においては、志望理由や入社後に何をしたいのか、など語らせるが、実際に入ってみるとそんなことは全然やらせてもらえない。結果として短い年数で会社を去る若者が増えていると。






確かに企業は、営利目的の団体であり、個人の夢を実現する場所ではありません。また、細かく専門化された分野に分かれており、協調して進めることを当然要求されます。
もしかしたら、言われたことを粛々とやる人間の方が歓迎され、学歴エリートの『良い子』だけ作っていけばいいのかなあ。。。その子にとってもそれが幸せなのかなあ。。。



本当にそうなのかな?
もしそうならば、ぼくは今の仕事は辞めようと思います。


ぼくは、
能力があって、挑戦する勇気があって、いつも心には希望をもって、
自分のゆとりを周囲の人と分かち合うような若者を、これまでも、これからも、
送り出していきたいと思っています。
そして、その子たちの本当の「優秀さ」は、
テストの点数ではなく、面接の受け答えでもなく、
挑戦して結果を出した時に示されるものであると思っています。


そういう、「優秀予備軍」が活躍できる社会が広がっているといいなと思います。



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