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奇跡の年越し

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今年は明るいうちに仕事納め、詣で納め 2025は個人のことでお腹いっぱい、 仕事はよりおもしろいことに。 成人式。 本当に誇らしいほどちゃんと育ったことは奇跡としか言いようがな く、恩返しをしなければなりませんね。未来に。 父の突然の死。考えなければならないこと・ やらなければならないことが激増し おそらくはそれも原因となって、 謎の病気を発症。4ヶ月近く入院(治りそうにないですね)。 さらに忙しくなって、入院中の平均睡眠時間は3時間を切る ( ヨーロッパを征服してないのはなぜ?) 他にも、同程度の不幸があって、いろいろあって… 年越しを迎えられたのはまた、奇跡です。 --- 私のことはいいとして、 人の学びについては、AI の進化もあって、熱々ですね。 AI がどれだけ進化しても、むしろすればするほど 最終的には人間が、理解し、判断しなければならない。 情報の量が増え、範囲が広がり、複雑さが増している状況です。 より本質的な「学び方」が求められることになってしまいました。 (テストや受験のための勉強では、歯が立たないでしょうね) 巷に溢れる「勉強法」は、 暗記の仕方がほとんどで、 あとはテンプレート的なマネジメント系。 そもそも「人が何かを理解する」とはどういうことなのか? 他者の介入などによって、 意図的にコントロールできるものなのか? (自由意思はあるのか・・・みたいな話に近づいていくのですが) どうして私と話すと、人は賢くなるのか?  (笑) システムが高度に発展するのに合わせて 人も進化していく方向に時代を後押しし、 私の子どもたち(!?) がちょうど未来と出会えるようにしていきたいです。 もう一つは、 私も含めた高齢者が最後まで社会や未来に貢献すること。 つまりは、積み重ねた経験やスキルを、 より確実に未来へ継承していくあたらしい伝統( 永遠に未完であり続けるプロジェクト)が必要ですね。 特に、入院中、たくさんの高齢者を見て、 これはやばいと思いました。 (入院してよかったことの一つです) まあまあ 子どもたちに支えられ、多くの方々にも支えられ、 なんとか、なんとか。 感謝感謝です。 〜〜〜 今年のベスト・バイは、もちろん望遠鏡です! 東京都心から、星を見るなんて!

能動的な学びが生み出す、決定的な差

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 能動的な学びが生み出す、決定的な差 「この冬休み、何をどのくらい勉強して、何をゴールとしますか」 『冬のチキチキ勉強し放題祭り』の参加者一人ひとりに最初に問いかけるのは、こんな質問です。小学1年生でも社会人でも、ここから一緒に考えていきます。 私が子どもたち接する際に大切にしているのは、 「自分で考えて、自分で実行して、その結果をまずは自分が受け取ること。そして誰かにお裾分けすること」 「先生の言うとおりがんばったら、90点取れた!」なんて【成功体験】… 悲し過ぎますよね。 その子は将来、 誰かに言われるがままに実行することを、自ら求めるようになってしまうのではないでしょう か (より深刻になると、誰かを奉り、より忠実に励むことで幸せを感じる…) 。 「無事、名門校に入れておめでとう!」なんて【成功体験】… 悲し過ぎますよね。 その子は将来、 ブランドで身を固めることに必死になり、素晴らしい外見と、実際の自分の中身との差に苦しむことになりはしないでしょうか。 「俺は、誰々と友達だ」 「自分がうまくいかないのは、⚪︎⚪︎のせいだ!」 「これは自分のものだから、絶対に人に渡さない」 悲し過ぎますよね。 これらはすべて、自分では何かを生み出す自信がないことの裏返しです。 苦労して何かを作り出すよりも、自由にやって失敗するよりも、無理はしないで既存のものを守ることが大切だと「教育」された結果です。その子にはなんの罪もないのは当然ですが、それを「教育」してきた側も決して悪気があったり、無知だったわけではありません。短期的な成功が長期的にはマイナスになることは人間社会ではよくあることで、時代の変化が激しくなれば、その入れ替わりも起こりやすいということだと思います。 自信・・・ もし仮に一人になったとしても、なんとか考えて、行動して、道を切り拓き、何かを生み出せるという「自信」。かっこ悪いけれど、それが「自信」だと私は思います。 そして、そのための「能動的な学び」です。 「能動的な学び」は、楽しいです! 対象(何を勉強するか)は、なんでもOK! 対象選びが重要なのではありません。好きなことを深掘りしてもいいですし、なんの興味もないことでも、むしろ嫌いなことに挑戦するということでも大丈夫です。絶対にサポートします。 何に取り組むとしても、取り組んでいる「自分」に注目しまし...

言語化で解像度が上がる?わけなかろ

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言語化で解像度が上がる?わけなかろ #さみしい夜にはペンを持て  小学生の頃 何か書きたい気持ちはあるんだけど、 「なんて言っていいかわからん!」 と思うことがよくあった 中学高校と進むうちに そういうことは徐々に減っていったのだけど なぜなんだろうと思っていた a. 書きたいことを書けるだけの語彙や表現を身につけた b. 書きたい何かが、言葉に飲み込まれてしまった 私はどちらかというと、b を疑っている 借りてきた言葉、他人のモノマネでわかったような気になっただけ 難しいのは、 何かを理解するためには言語を用いるのが一般的で、絵画や音楽や踊りや料理などよりもよほど正確に伝えることはできる。 もう一つは、所詮私たちは「わかったような気になる」ことしかできないということ。 結果的に、 言語をさまざま用いて、 図や記号、数字などの助けを借りて、 なんとかお互いの「共通認識」があるかのように思い込むことでこの社会は成り立っている だから、言語表現はもちろん大事なんだけど… 一方で、言語にした瞬間に、もともと生々しくあった何かから、たくさんの情報が滑り落ちてしまう 解像度は、確実に落ちてしまっているはず 言語にする前の何か、言葉にならない何かは いったい何処へ行ったんだろう… 無意識レベルでは残ってるんじゃないか いつかそれを取り出すことはできるのだろうか 子どもをたちを見てると、そんな何かが にゅるっと出てきそうで それはそれでちょっと怖い

受験勉強のお供に

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(東京港区青山から私が撮った夜空です) 目で見ることはできなくても 何千万、何億年前に星から生まれた光が 今この瞬間にも私たちに届いているという事実 不思議な不思議な事実を受け入れさせる 圧倒的に冷たい美しさ (本当はものすごく熱い) これを見せた後に pale blue dot  (ボイジャー?の撮った地球の写真) を見せるところまでが一連の流れ

復活の【チキチキ勉強し放題】祭り!

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ちらほらとご要望があったので 復活します! 【 チキチキ 勉強し放題 祭り 】 趣旨: 勉強は喜んで、楽しんで、ありがたくするものです。 だれも止められない! 何をどれだけ勉強してもいいですよ! トコトン付き合います。 さあ、年末年始は何を勉強しようか? 期間: 12/20(土)~1/12(月・祝) 24日間(3週間あまり) 対象者: だれでも 勉強内容: なんでも ご予約くださいませ。 03-3478-7199 新・青山Fプレップスクール

『僕には鳥の言葉がわかる』は、何度でもおいしい

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  #僕には鳥の言葉がわかる には騙されるな 著者である鈴木俊貴先生は、シジュウカラの言語研究で世界的に知られる動物行動学者。 優しく軽妙な語り口。笑える研究者の生態。エモすぎる先生との思い出。"この親にしてこの子あり"の家族話。ギャグを放り込んだ後の「決まったぜ」感。華々しい世界デビュー… 子どもにも読みやすく、イラストもかわいい… 研究者の書く一般書の標準フォーマットとして、たくさんの研究者が、世界のおもしろさを紹介してくれたらと思います。 ただ、そんな優しそうな鈴木先生の狂気の面こそ 本書の読みどころではないかと思うのです。 【3か月間苦労して収集したデータをすべて捨てる !? 】 なぜ? それは、実験を「 美しく 」するため 紹介されている数々の実験デザインは、 「なんか、動物って、話してるよねー」 「うちの⚪︎⚪︎ちゃん(ペット)はおしゃべりできるよ」 という素朴な感想を、研究成果として結晶化していくプロセス。 実験デザインの美しさこそ、本書の最大の読みどころだと思っています。 子どもたちにも、そこをぜひ読んでほしい。 本気で生きるきっかけになる  実験の細かいところはちょっと難しいので手助けはしますが、 また、その子の興味のあることに置き換えて読んだりもしますが、 「 小さなアイデアを美しい結晶とする 」 そのプロセスを疑似体験できるよ!

選別から育成へ〈少子時代の教育〉 —— 今の入試は人権侵害!?

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選別から育成へ〈少子時代の教育〉 —— 今の入試は人権侵害!? 目次 1. はじめに:ガリレオ衛星が教えてくれること 2. 第一部:失われた「学び」 ├ 子どもの本来の姿 ├ 「選別」の始まり └ 入試という制度 3. 第二部:なぜ「選別」が機能したのか ├ 高度成長期のシステム └ 「リーダーと兵隊」モデル 4. 第三部:これからの時代 ├ 人口減少と多様化 ├ 「総力戦」の時代 └ 個人に求められること 5. 結び:大人が変わることから ⸻ はじめに:ガリレオ衛星が教えてくれること 現代では「常識」とされることが、過去には「非常識」だった例はいくらでもあります。 写真は、地動説を多くの人に実感させたガリレオ衛星です。 同じように、今の「常識」も未来には「ありえない!」と叫ばれるかもしれません。 ⸻ 第一部:失われた 学び 子どもの本来の姿 3〜5歳くらいの子を見ていると、 知らないことを知ったり、目の前の物事について考えたりすることは、 本来もっと自由で、もっと楽しい行為だったことを思い出します。 子どもたちは本当に学ぶことが大好きです。 学びと遊びはほぼ一体化しています。 「わかった!」「できた!」 あの瞬間を、私たちも毎日、何度も何度も経験していたのではないでしょうか。 ⸻ 「選別」の始まり しかし学校に通いはじめて何年かすると、 勉強は「点数」をめぐる不機嫌なものへと変わっていきます。 良い点なら安心、悪い点なら不安。 それはその点数によって、大人たちが、 そして大人を真似る子どもたちが「評価」し、「選別」しはじめるからです。 何より教育現場である学校自身が、率先して「選別」をしています。 ⸻ 入試という制度 「選別」がもっとも露骨に現れるのが、入試です。 考えてみると入試とは、かなり残酷な制度ではないでしょうか。 「この学校で勉強したい!」と思う子どもに対して、 「お前はバカだからダメだ!」 「お前には、うちのような素晴らしい学校で学ぶ資格がない(格に合わ不)!」 と言っているようなものです。 怖くありませんか? 子どもの気持ちを踏みにじり、学ぶ権利を奪い、 その根拠に「点数で測った格」を持ち出す。 いったい何時代の話でしょう。 ⸻ もちろん「施設が限られている」などの事情は理解できます。 では、「選別は...

【COTEN】ジェンダーギャップ解消調査

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先日、株式会社COTENさまより、『ジェンダーギャップ解消調査』の音源を頂戴し、一通り聞いたところです(COTENラジオの、かなーり初期からのリスナーで、子どもたちにも勧めまくってます!)。 職業柄、「お母さん」とお話をさせていただく機会が多いので、常にわたしの関心領域にある話題です。 調査は、 1. 現状の認識 (今、実際になにが起きているのか。諸外国(横糸)や歴史(縦糸)との比較) 2. 構造やメカニズムの理解 (なぜそうなっているのか) 3. 未来への提案 (これからどうするか) をコンパクト(20時間程度!)にまとめてくれています。 COTENさんは、おそらく膨大なリソースを投じて、(主に学術的調査から)多角的に調査・分析し、株式会社という立場から未来への提言をされています。こういう動きが広がれば、と切に思います。 わたしは、あくまで個々人の超ミクロな視点から、また子どもたちの視点から、この問題を考えています。 したがって、問題は大きく2つに分けられます。 一つは、今の「お母さん」たちに大変な負荷がかかっているということ。これは目の前の課題です。 もう一つは、今のスタイルをずっと続けていくつもりなのか。今の子どもたちが大人になる頃(10年、20年先)を想定して考えています。 まず、最初の課題についてですが、これは今まさに差し迫った課題であり、たとえば法律や制度をがんばって変えて、「5年後に良くなりますよ」では遅すぎるのです。できる人が、できる範囲で、できることをサポートする。残念ながらわたしにはそれしかできません。 自分のできることの小ささに無力感に苛まれることも少なくありませんが、だからこそ、二つ目の課題。子どもたちの未来のために、今なにができるのか。 学校の勉強はなるべくコンパクトに片付けてしまって(実際できる)、少しでも浮いた時間ができれば、未来につながるであろう、いろいろなお話をしています。それがまた、現在の勉強のモチベーションにつながる。そういうサイクルを100%で実現しようとしています。 未来についてのお話の中で、ジェンダーギャップも重要な話題です(女の子にとってはもちろんですが、わたしはむしろ男の子にとってこそ重要な話題だと思っています)。 やはり出発点は、現状認識です。 わたしたちは慣れきってしまって感覚が麻痺しています。「当たり前」や「常識...

本なら売るほど(リアル)

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「それ(今、手にとってる本)、気になるならあげるよ。本なら売るほどあるから」 と言ってきた身として、まさかこの台詞が本のタイトルになるとは! #本なら売るほど タイトルに釣られまくりで買ってみたら 中身は想像以上にすごかった 本の世界は、どこまでも広い こんな本屋さんがあったら、わたしもぜひ訪れてみたいです(たぶんありますよね、わたしが知らないだけで) そしてまた、積読が増えたのでした いろいろな本との出会い方があって そうだよね もっといろいろあっていいよね

理想

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  人の親となることを知ったとき、そしてそれが女の子であるとわかったとき、とても不安でした。緊張しました。「過ち」を再現してはならない。だけどそんなことできるのだろうか。 わたしが育ったのは、言い争いの絶えない、一年中真冬のように底冷えのする家でした。それはわたしにとっては、辛い苦しい、生まれてきたことを後悔するばかりの日々でした。 そんな思いを我が子もしてしまうのでしょうか。それはあまりにも… でも、どうやったら防ぐことができるのでしょうか。子育ての経験もありません。 結果としては、、、 派手なイベントや豪華なプレゼントなんかはなかったのですが、 けれど、一度も親子の言い争いはしていませんし、親として彼女を悲しませてしまったのは一度だけ(その一度については、今でも後悔しています)。もちろん、友だち関係などでの悲しみは、人並みに経験しているとして。 物心ついてからずっと、二十歳をすぎた今でも、毎週かなりの時間(数時間)、穏やかに、どうでもいい話をしています。ときには進路や日常で困っていることについての少しマジメな話もします。 いつもいつも、 「これは奇跡だ」と思っています。 娘にも妻にも感謝しています。 同時に、努力が報われたとも少しだけ思っています。 一般に子どもたちが、 「昨日、お母さんと喧嘩した」「お父さんとは話すことない」 なんて言ったりしているイメージがあります。マンガなどでもよく出てくる表現です。 家族のかたちは千差万別。100家族あったら100パターンあるので、何がいいとか悪いとか、そんなことは言えません。ただそれが、その家族の考える「理想」に近ければ、と思います。 そしておそらくは、、、勉強をするの/しないので言い争うという「理想」は、あまり掲げられていないだろうと思います… わたしにとっての「理想」は、「ちゃんと話をすること」でした。 感情や自己主張をぶつけ合うわけでもない、ただ甘やかすわけでもない、何を話したらいいかわからなくもならない・・・ そのために、わたしは「同じ土俵」ではない、といつも思っていました。 対等に話しますが、こちらには責任があるし、少し先も見える。 少し筋道を立てても考えられるし、少し勘も働く。 それを相手に伝わるように話すことも少し上手にできる。 シビアな話なんて滅多にあるものではないですが、いつかそうなったときにち...