2017年9月28日木曜日

一番厳しい評価者にさらされる。

「いやー、厳しいなあ・・・」

ぼくにとって、一番厳しい評価者は
一人一人の子どもたちです。

子どもたちは、残酷です。容赦がありません。忖度してくれません。辛抱もしてくれません。感情のまま行動し、発言します。仲良くしておけば将来仕事もらえるかも・・・下心もありません。
それに加えて、成長が著しい(変化が大きい)。

一方ぼくも、こういう性格ですので、
媚びたり、ご機嫌を取ったり、その場を単におもしろいと思わせたり、逆に脅したり・・・と、したいとも思わないし、その能力もありません。子どもなんて適当にごまかせるだろうとは思えません。また、他にできることがないから仕方なくこの仕事をしているわけではないと思っていますし、ゼニカネ欲得でやっているわけではないというプライドもあります。10年後20年後に振り返って、「良かったな」と思われるために、今何ができるか?
お互い(!?)、未来のある一人の人間 vs. 一人の人間として。

結果として10年間、毎週毎週、60~100人の厳しい評価者にさらされ続けてきましたがいまだに、「いやー、厳しいなあ・・・」と思うことしばしばです。

いや、厳しい。


アルバイトをしてくれているのも大学生なので、彼らもまた成長段階です。

「覚えたことを話せば良くて、楽で時間を効率よくお金に換えられる」
と思われてしまっては、子どもたちにとっても、ぼくにとっても、そして何よりその学生にとっても、非常によろしくありません。特に、東大なんか行っているわけだから、小さくない割合で社会で責任を担う立場になっていく人たちなので。

授業後に時間があれば、できるだけいろんな話をしながら、今やっていることを正しいとらえ方をすることで、如何に将来にとってプラスになることか。いわゆる先生にならなくても、教える立場、教わる立場になることは、社会で生きていくことそのものであること。そのノウハウを実体験+理論で習得できる機会であること。(賢い人たちなので、概ねわかってくれているかな)


そして、ぼくも必死に彼らについて行くことで、成長させてもらっています。

逆に、子どもたちがいない時間は、
ぼーっとし過ぎかな。。。


そういう意味で、MBAのためのGMAT対策でいらっしゃる社会人の方々は、
みなさん大人なので、話が通じる。
ほっとします。


#写真は、下北沢のギャラリーです

2017年9月15日金曜日

調べてみました。青山プレップの生徒は、要領の良いタイプ?ほんとかな?

 学びを遊びに、学びを遊びに。
20年後の未来のために、新・碧山プレップスクールです。

大人向けビジネス雑誌PRESIDENTの中におもしろい特集があったので、ちょっと調べてみました。

『なぜやる気が長続きしないのか?性格タイプ別試験の結果を最大化する法』

A: 「完璧主義」タイプ
B: 「要領がいい」タイプ
C: 「自己中心」タイプ
D: 「指示待ち」タイプ

今週来た子全員に、ここにあるYes-Noチャートで診断してもらいました。

結果は・・・
A: 20%
B: 60%
C: 12%
D:  8%

圧倒的に、B(要領がいいタイプ)
ほんとかな?
ぼく自身が、要領のことばかり子どものころに考えていたので、本当はあまりお勧めしないんだけどな。。。


その後、みんなにそれぞれのタイプのページを読んでもらいました。
□ 思い当たる節があるかな?
□ だったら、どういう対策があるかな?

めっちゃ当てはまる!という子もいれば、そうかな?という子も。
ただ、おおむねは、あてはまるというか、
とても簡単な診断なので、血液型占い程度だとは思います。

それでも、自分にとって参考になることがあればOK!


「わかったつもりになっている」なんてことは、誰でもあること。
ぼくが生徒さんたちに話していることのほとんどは、
「わかったつもり」→「もう少し深くわかる」
とすること。

自覚を持ってもらうためには、良いきっかけだったかなと思います。





2017年9月14日木曜日

久しぶりに(10年で3人目)ご遠慮いただくことにしました。

学びを遊びに、遊びを学びに。
20年後の未来のために、新・碧山Fプレップスクールです。


「アルバイトの面接が変だ」
変わったことを聞いているつもりはないのですが、
時々言われてしまいます。
軽く食事をしながら、20歳以上で好きであれば、軽くお酒も。
そして、ほぼ雑談をします。
学校でやっていること、将来展望、身の回りのこと、社会のこと、
その子に合せて、スポーツの話題になったり、文学の話になったり、
科学の話になったり、映画の話になったり、ゾンビの話になったり・・・

ぼくは、相手の人となりを知りたいと思っているだけで、
人を選抜する気持ちがありません。
だから、落とすための面接ではありません。
ほとんどは、友達や先輩からの紹介ということもありますが、
どの生徒さん、どんな生徒さんと相性がよさそうかな?と
それだけを考えたいので、
緊張していたり、覚えてきたことを話されても困るのです。

それは生徒さんの最初の面談でも同じ。
ぼくには、人を選抜する気持ちがありません。
いろいろな子がやってきますが、
それぞれの良いところがあり、欠点もあり、性格もあり、気分もあります。
そして、その子を成長させるためには、
そういうものをうまく使っていかなければならないと思います。

アルバイトの大学生も、20歳そこそこ。
まだまだ何者でもありません。
いろいろな性格がお互いに刺激し合って、
10年後、20年後、それぞれ成長して、幸せになってもらうために、
ここで、さまざまな学びを経験してもらう。
それが、ぼくがやっていることの意義じゃないかなと、
がんばって思っています。


だから今回はかなり悩ましく思いました。
プライドが高いことは良いこと。
だけど、自分の都合・主観だけを声高に主張して、
他人に迷惑を掛けている認識がない。決して謝れない。
挙げ句の果てには人のせいにする。

友達だったり、お金をもらう側だったら、
それでも付き合っていくしかないケースはありますが、
お金を払う側、生徒さんに対して責任を持っている立場としては、
やっぱり難しいかな。。。(飲みに行くのはOKです)

これからどうするんだろう?
まあ、そういう子に限って権力には従順だったりするから、
心配するほどでもないかな?


2017年9月7日木曜日

”教育”は免罪符。(または愛があれば許される論)

学びを遊びに、遊びを学びに。
20年後の未来のために、新・碧山プレップスクールです。


「教育目的でやった」

といえば、一般レベルでいえばたいてい許される。

そう、何でも学びであり、教育なのです。

◆ バカなことをすれば往復ビンタをされる
◆ 自分が体罰で育った人は暴力を肯定しやすい
◆ やる気も才能も無いガキどもをリードして何かをさせるって本当に大変
◆ 目的が正しい、愛があるといえば、すべてが許されると思っている人が結構いる
◆ 法律違反だからダメ、っていう人が結構いる
◆ 専門家じゃないからいいんだ、という人も結構いる
◆ 「俺ファースト」はある意味うらやましいなあ


ぼくたちは、何を学び、どこへ向かうのだろう。


==========

そう、すべては教育のため。
● ふざけたやつは、殴れば済むのか?
● 殴られないと人は学ばないのか?
● 法律に書いてあるからダメなのか?

そんな単純ではないと思います。
そして、ぼく自信にはほとんど、「自分がこうしたい」というものを
持たないようにしています。
あくまでも、その子の未来にとって、最適なものを提供できるか、
それを考え始めたら精一杯です。


ある言動が、相手に対してどのような影響を、短期的・中長期的に与えるのか。
自分の限界まで、リアルタイムで考えて子どもたちと接するようにしています。
10人いれば、10人の受け取り方がある。
1人の子でも、その日の気分やちょっとしたことで反応がまったく異なる場合がある。
(だから当然、大教室でたくさんの子どもたちにいっぺんに、とかは無理)

あらゆる選択肢の中で、自分が今行おうとしている言動が、
長期的に最適なのか?
それはもう、ぎりぎりの判断です。
殴って済むならば、そんな楽なことはない。
でもそれが、あらゆる選択肢の中で最適と言えるのか?
単に自分が「ムカついて」いるだけではないだろうか?

「ダメなことはダメ」と機械的に判断すれば良いのか?
それが本当に最適解と言えるのか?
単なる責任逃れと言えないだろうか?


例えば手段として暴力を使うことは、
自分の生い立ちや価値観から考えて、ないと思うけれど、
可能性としては、ある。
だけど、それはもう、最後の最後の最後の手段。

そこまでしなくても良い方法が、その手前で必ずあるはずだと
ぼくは思います。


「俺ファースト」に考えればもっと楽なんだけど、
じゃあ、自分の子どもをそんな人に預けたいかと言えば、
まあ、それも一つの経験であり、学びのチャンスかなあ・・・

東京の大学で英語でディベートしてそうな部 潜入調査計画

  今回我々は独自の調査により、駒場の杜に潜むという同胞の棲息を示す確たる証拠を得た。更なる調査を進めるために、特別潜入チームを組織する。数々の難関基準に合格し、最後は適当にクジで選ばれた3名の隊員に、今回の任務を依頼する。 ミッションコード: ZZZ02(寝るな!) ...