2015年5月27日水曜日

作文が嫌いですか?

その先へ! 20年後の未来のために、新・青山Fプレップスクールです。


突然ですが、作文は好きですか?

学校は何故か異常に、作文(感想文)好きですよね。

   □ 本を読んだら読書感想文

   □ 遠足に行ったら感想文

   □ なんかあったら感想文

それ以外にも、ぼくの小学校は3年生からだったか、

4年間、毎日(365x4+1)

日記を書かなければなりませんでした。

これがもう、苦痛で苦痛で(笑)。



作文は、(ある程度)作り話。

感想文は、単なる個人の感想。

もちろん、できないよりもできたほうがいいです。

この人の話は面白い!と思われた方が、何かと人生得すると思います。


でも、そうであるならば、作文という形(文章)にする必要はなく、

学校では、みんなで発表しあえばいいと思うのです。

その方がよほど、トレーニングになるのではないか。

一学級の人数が少なくなっている今、できるんじゃないかと思うのです。



一方、文章を書く練習ももちろん必要です。

しかしそれは、「感想」でもなければ、「作文」でもないものが、

多くの(ほとんどの)人たちにとって必要なのではないでしょうか。

□ 事実を事実として述べる

□ 自分の意見を述べる

□ 事実と意見を、混同させずに、簡潔に、論理的に記述する


そのために、議事録や取材、インタビュー記事、小論文。。。

こういった文章の練習は、大いに不足していると思います。



今、『コミュニケーションスキル』、『プレゼンスキル』というものが、もてはやされています。

そのための、学校、塾、セミナー、教材、書籍など、多数巷にあふれています。

それはそれで、無いよりはあった方がいい。

しかし一方で、「うまいこと言ったもん勝ち」みたいな風潮を生みかねないと危惧しています。

中身は大事じゃなくて、表現さえ見栄えがするものであればいい。

それはある意味、人間の(悲しい)本質をついていることではあるのですが、

一方では、表現よりも中身が重要だね、と考えるのもまた、人間であると私は思います。



そんなことを思ったのは、最近、適度に抑制のきいたいい文章だな、

と思う本を読んだからです。

『山でクマに会う方法』

という本です。

素朴な文体が、筆者の人柄を表わしているようで、

読んでいて癒されます。







東京の大学で英語でディベートしてそうな部 潜入調査計画

  今回我々は独自の調査により、駒場の杜に潜むという同胞の棲息を示す確たる証拠を得た。更なる調査を進めるために、特別潜入チームを組織する。数々の難関基準に合格し、最後は適当にクジで選ばれた3名の隊員に、今回の任務を依頼する。 ミッションコード: ZZZ02(寝るな!) ...