2017年9月15日金曜日

調べてみました。青山プレップの生徒は、要領の良いタイプ?ほんとかな?

 学びを遊びに、学びを遊びに。
20年後の未来のために、新・碧山プレップスクールです。

大人向けビジネス雑誌PRESIDENTの中におもしろい特集があったので、ちょっと調べてみました。

『なぜやる気が長続きしないのか?性格タイプ別試験の結果を最大化する法』

A: 「完璧主義」タイプ
B: 「要領がいい」タイプ
C: 「自己中心」タイプ
D: 「指示待ち」タイプ

今週来た子全員に、ここにあるYes-Noチャートで診断してもらいました。

結果は・・・
A: 20%
B: 60%
C: 12%
D:  8%

圧倒的に、B(要領がいいタイプ)
ほんとかな?
ぼく自身が、要領のことばかり子どものころに考えていたので、本当はあまりお勧めしないんだけどな。。。


その後、みんなにそれぞれのタイプのページを読んでもらいました。
□ 思い当たる節があるかな?
□ だったら、どういう対策があるかな?

めっちゃ当てはまる!という子もいれば、そうかな?という子も。
ただ、おおむねは、あてはまるというか、
とても簡単な診断なので、血液型占い程度だとは思います。

それでも、自分にとって参考になることがあればOK!


「わかったつもりになっている」なんてことは、誰でもあること。
ぼくが生徒さんたちに話していることのほとんどは、
「わかったつもり」→「もう少し深くわかる」
とすること。

自覚を持ってもらうためには、良いきっかけだったかなと思います。





2017年9月14日木曜日

久しぶりに(10年で3人目)ご遠慮いただくことにしました。

学びを遊びに、遊びを学びに。
20年後の未来のために、新・碧山Fプレップスクールです。


「アルバイトの面接が変だ」
変わったことを聞いているつもりはないのですが、
時々言われてしまいます。
軽く食事をしながら、20歳以上で好きであれば、軽くお酒も。
そして、ほぼ雑談をします。
学校でやっていること、将来展望、身の回りのこと、社会のこと、
その子に合せて、スポーツの話題になったり、文学の話になったり、
科学の話になったり、映画の話になったり、ゾンビの話になったり・・・

ぼくは、相手の人となりを知りたいと思っているだけで、
人を選抜する気持ちがありません。
だから、落とすための面接ではありません。
ほとんどは、友達や先輩からの紹介ということもありますが、
どの生徒さん、どんな生徒さんと相性がよさそうかな?と
それだけを考えたいので、
緊張していたり、覚えてきたことを話されても困るのです。

それは生徒さんの最初の面談でも同じ。
ぼくには、人を選抜する気持ちがありません。
いろいろな子がやってきますが、
それぞれの良いところがあり、欠点もあり、性格もあり、気分もあります。
そして、その子を成長させるためには、
そういうものをうまく使っていかなければならないと思います。

アルバイトの大学生も、20歳そこそこ。
まだまだ何者でもありません。
いろいろな性格がお互いに刺激し合って、
10年後、20年後、それぞれ成長して、幸せになってもらうために、
ここで、さまざまな学びを経験してもらう。
それが、ぼくがやっていることの意義じゃないかなと、
がんばって思っています。


だから今回はかなり悩ましく思いました。
プライドが高いことは良いこと。
だけど、自分の都合・主観だけを声高に主張して、
他人に迷惑を掛けている認識がない。決して謝れない。
挙げ句の果てには人のせいにする。

友達だったり、お金をもらう側だったら、
それでも付き合っていくしかないケースはありますが、
お金を払う側、生徒さんに対して責任を持っている立場としては、
やっぱり難しいかな。。。(飲みに行くのはOKです)

これからどうするんだろう?
まあ、そういう子に限って権力には従順だったりするから、
心配するほどでもないかな?


2017年9月7日木曜日

”教育”は免罪符。(または愛があれば許される論)

学びを遊びに、遊びを学びに。
20年後の未来のために、新・碧山プレップスクールです。


「教育目的でやった」

といえば、一般レベルでいえばたいてい許される。

そう、何でも学びであり、教育なのです。

◆ バカなことをすれば往復ビンタをされる
◆ 自分が体罰で育った人は暴力を肯定しやすい
◆ やる気も才能も無いガキどもをリードして何かをさせるって本当に大変
◆ 目的が正しい、愛があるといえば、すべてが許されると思っている人が結構いる
◆ 法律違反だからダメ、っていう人が結構いる
◆ 専門家じゃないからいいんだ、という人も結構いる
◆ 「俺ファースト」はある意味うらやましいなあ


ぼくたちは、何を学び、どこへ向かうのだろう。


==========

そう、すべては教育のため。
● ふざけたやつは、殴れば済むのか?
● 殴られないと人は学ばないのか?
● 法律に書いてあるからダメなのか?

そんな単純ではないと思います。
そして、ぼく自信にはほとんど、「自分がこうしたい」というものを
持たないようにしています。
あくまでも、その子の未来にとって、最適なものを提供できるか、
それを考え始めたら精一杯です。


ある言動が、相手に対してどのような影響を、短期的・中長期的に与えるのか。
自分の限界まで、リアルタイムで考えて子どもたちと接するようにしています。
10人いれば、10人の受け取り方がある。
1人の子でも、その日の気分やちょっとしたことで反応がまったく異なる場合がある。
(だから当然、大教室でたくさんの子どもたちにいっぺんに、とかは無理)

あらゆる選択肢の中で、自分が今行おうとしている言動が、
長期的に最適なのか?
それはもう、ぎりぎりの判断です。
殴って済むならば、そんな楽なことはない。
でもそれが、あらゆる選択肢の中で最適と言えるのか?
単に自分が「ムカついて」いるだけではないだろうか?

「ダメなことはダメ」と機械的に判断すれば良いのか?
それが本当に最適解と言えるのか?
単なる責任逃れと言えないだろうか?


例えば手段として暴力を使うことは、
自分の生い立ちや価値観から考えて、ないと思うけれど、
可能性としては、ある。
だけど、それはもう、最後の最後の最後の手段。

そこまでしなくても良い方法が、その手前で必ずあるはずだと
ぼくは思います。


「俺ファースト」に考えればもっと楽なんだけど、
じゃあ、自分の子どもをそんな人に預けたいかと言えば、
まあ、それも一つの経験であり、学びのチャンスかなあ・・・

2017年8月10日木曜日

学力格差、モチベーション格差の根っこ

学びを遊びに、遊びを学びに。
新・碧山Fプレップスクールです。

◆ やる気が起きない
◆ モチベーションが持続しない

子どもたちだけでなく、大人も、
やる気、モチベーションに関する悩みを持っている人が多いように思います。

どうやったらやる気が起きるのか、モチベーションが持続するのか。たくさんの書籍も出ていますし、ぼくもできるだけは目を通すようにしています。

結局は、やる気やモチベーションなんて、表面化した「結果」にすぎず、
それを操作しようというのは間違っているでしょう。
結果ではなく、原因の方に注目すると、
○ 必要性を感じていない
○ ある程度長期間における損得勘定ができていない
○ すっかり忘れてしまっている
など

したがって、よくある方法としては、
○ 目的・目標を明確にする
○ アメとムチ(小さな成功を積み重ねる)
○ 見える化

だけど、もっといえば、
◎ やる気やモチベーションに依存しない方法
を考えることの方が重要だと思います。
いわゆる、「習慣化」というやつ。

そのためには
◎ 例外を設けない
◎ 忙しいとき、疲れているときこそ、少しやってすっきり終わる
むしろ、時間が無いときや、今までだったらやっていないよな、
というときこそ、【チャンス!】と思えるとイイかな。

だんだん中毒になっていくはずです。


だけど、もっといえば、
最初に戻るようですが、目的・目標をもう一度考えてみましょう。
もっと大きなレベルで。

★ 自分は、自分の一生を掛けて、いったい何をやりたいのか?

失敗や、恥ずかしいことも含めて、
一生が、【1つの作品】になるために、今何をすべきか?



小林秀雄の「無常といふ事」にあった
記憶するだけではいけないのだろう。思い出さなくてはいけないのだろう。
という言葉を、改めて考えてみるのが良いと思います。



2017年8月3日木曜日

夏休みといえば。。。読書感想文

田中君、ありがとう。山本さん、ありがとう。斉藤さん、ありがとう。みんな!ありがとう!

あー、この仕事はじめて、良かった!!


どうもー、
学びを遊びに、遊びを学びに、プレップあおやまです。


え、何?
夏休みの宿題の、読書感想文が書けない?
そもそも読んでない?


ふっ、ダメ小学生。


じゃあ、質問です!

チャイロコツグミは、本を読みますか?
ポール・ヴァレリーは、他人の作品を読みましたか?


いい?
ポール・ヴァレリーはむしろ、本を読むことは批評の妨げになるとまで言ったのよ。


読むんじゃない、

書くの。



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(もう限界なので、戻ります)


『読んでいない本について堂々と語る方法』(Pierre Bayard)



タイトルは挑発的ですが、読書に関する1つの明確な考え方を示しています。
読書にも、いろいろあっていい。ぼくの好きな考え方です。

◆ 共有図書館
◆ 内なる書物
◆ 幻影としての書物
などのアイディアで、読書について考えていきます。

そして、「方法」としては
○ 気後れしない
○ 自分の考えを押しつける
○ 本をでっち上げる
○ 自分自身について語る


さあ、今年は読んでいない本について、
できれば、この本について読まずに、

感想文を書いてみましょうか?(笑)



2017年7月20日木曜日

「好き」に理由は必要か?(因果律の限界、または迂闊のすヽめ)

遊びを学びに、学びを遊びに。新・青山Fプレップスクールです。



好き」に理由は必要か?「なりたい!」に訳などあるのか?


算数が好き、医者になりたい、建築家になりたい(そのために東大に行きたい)、映画監督になりたい(そのために海外の大学に行きたい)、世界平和に貢献したい・・・

子どもたちは気軽に(うっかりと、迂闊にも)こんなことを言うものです。そんな時、ぼくは「どうして?」とはまず問いません。
「いいね!」「楽しそうだね!」「どんな映画をつくろうか」「それだったら、こういうアイディアがあるんだけど、どう?」・・・
ひとり一人とちゃんと話をする時間が、恵まれている。

「好き」に理由はいらない。
矮小な例で申し訳ないけれども、
ぼくは野球が好きで、ヤクルトが好きで、生き物が好きで、ドラえもんが好きで、スイカが好きで、夏が好きで、歴史が好きで、美しいものが好きで、「本当のこと」を考えることが好きで、仕事が好きで、特に今の仕事は好きで・・・
でもはっきり言って、理由を聞かれると困ってしまう。きれいにカッコよく説明できる理由なんてない。

逆の(ちょっと意地悪な)言い方をすれば、
簡単に理由を挙げられるようなものなんて、本当に好きなのかな?
あの人はかっこいいから、可愛いから、背が高いから、お金持ってそうだから、胸が大きいから、優しいからって、、、本当にその人のこと好きですか?
巨人は強いから好き(ごめんなさい。最近は強くない)な人は、本当に巨人が好きなのでしょうか?


「好き」に理由なんてない。
むしろうっかり、迂闊にも「好き」だと思い込んでしまうところが、人間の人間でしかないところ。
AI が発達しても、そう簡単には「うっかりロボット」は生まれないでしょう。

理由が通用するのは、因果律が成り立つ世界。
それはごく短い時間、限定的な場面だけ(ただし、その中ではよく機能する)。
(『目でピーナッツ噛み機』をご存知でしたらありがたい)
いわゆる論理的思考というやつは、もちろん強力な武器だけど、
それしか武器がなかったら、機械に負けるぞ。
それどころか、欧米にすら勝てないぞ。(別に勝ち負けを競っているわけではないと思うけれど)
武器というものは、その弱点まで把握して使うものだ。
(しかし「迂闊」にも、限界を知らず、または限界がないと思って使うのもまた、人間なのだが


フィードバックが入って複雑系になると、(人間レベルの)論理的思考はあっさりと破綻する。
・ぼくが3分前に吐いた二酸化炭素分子は今どこにいるのか?
・10年後あなたの家族はどうなっているか?
・どうして源氏物語は一千年の歳月語り継がれてきたのか?
「偶然」を認めるか認めないかは難しいところだけれども、人間が宇宙のすべてを因果律で説明することは、不可能ではないか。
(しかし「迂闊」にも、それに挑戦するのもまた、人間なのだが)


歴史を紐解いても、人類の文明はいつも「迂闊さ」によって発達してきた。
・不死を求めて
・金を求めて
・便利さを求めて
・安心を求めて
欲深すぎるだろう、短慮にもほどがあるだろう。


それが人間なんだとすると、
むしろ「迂闊さ」こそ、大切に守り育てていくべきではないか。
うっかりその道を歩み始めることの厳しさを「教える」必要はない。
蛮勇が首を引っ込める機会を作ってはいけない。
人間はまたとても臆病なものなのだから。


一方でだからこそ、「考えてわかること」の大切さも同時に学ぶべきだし、
「嫌い」だと思っていることのほとんどは、単なる無知であることも知るべきである。
知りもしないくせに、「嫌い」と思うことは傲慢の始まりである。
(しかし「迂闊」にも・・・)


世の中、助さん角さんばかりじゃ味気ない。
だからうっかり八兵衛がいるんです。

そういう者に、ぼくもなりたい。
子どもたちに負けられない!

(いえ、最近の子どもたちは、むしろしっかりし過ぎなくらいなのですが)



とまた、変なことを書いてしまったものです。

2017年7月15日土曜日

「宿題出してほしい」なんて悲しいことを言わないでよお。

20年後の未来のために
遊びを学びに、学びを遊びに、
新・青山Fプレップスクールです。


ゆ:宿題を出してほしい

ぼ:悲しいことを言うねえ
   どうして宿題出してほしいの?

宿題という形にしたほうが良いこと
□ ここまでやればいいとわかりやすい
□ 宿題はもう終わったと言える

でもね、、、
目先、楽なことを求めて、自由であることを売り飛ばすようなことは、
他のバカな塾に通っているんじゃない、
うちに来て、ぼくと話をしているんだったら、ちょっと悲しいな。

小学生くらいだったら、仕方がないと思うし、
本当に自分でペースを作れない、本当に学習の基礎がない子であれば、
そういう場面もあるけれど、
「ゆ君はそうじゃないじゃない。自分でできるじゃない」

世の中には、むしろ喜んで奴隷になるような人もたくさんいるけれど、
うちで勉強した子にはそうなって欲しくないです。


自分で判断して、自分で行動することは、
◆ 面倒くさい
◆ 難しい
◆ 失敗もあるし、その責任を負わなければならない
だけどその代り、
自分の人生を自分の足で歩んでいける。


「楽」や「得する」しか自分の価値基準がないと、
寂しい人生になってしまうのではないかと、
後々、自分が生きている意味を感じられなくなるのではないかと心配。


一度しかない自分自身の人生は、
(少なくとも主観的には)自分で判断して行動できた方が良い。


新・青山Fプレップスクールは、
学びと遊びの文化創造組織体でありたいです。

調べてみました。青山プレップの生徒は、要領の良いタイプ?ほんとかな?

 学びを遊びに、学びを遊びに。 20年後の未来のために、新・碧山プレップスクールです。 大人向けビジネス雑誌PRESIDENTの中におもしろい特集があったので、ちょっと調べてみました。 『なぜやる気が長続きしないのか?性格タイプ別試験の結果を最大化する法』 A:...