2017年10月7日土曜日

東京の大学で英語でディベートしてそうな部 潜入調査計画

  今回我々は独自の調査により、駒場の杜に潜むという同胞の棲息を示す確たる証拠を得た。更なる調査を進めるために、特別潜入チームを組織する。数々の難関基準に合格し、最後は適当にクジで選ばれた3名の隊員に、今回の任務を依頼する。

  • ミッションコード: ZZZ02(寝るな!)
  • 隊員コードネーム: U, M, Y (? まさか!? U.M.A.の類いではあるまいな?)
  • 潜入決行日時: 2017年某月吉日

【ミッション】
  東京の大学で英語でディベートしてそうな部に潜入し、彼らの生態について聞き取り等、調査を行う。
また、今後の研究のため友好関係を築くこと。
(街でたまたますれ違ったら挨拶できる程度)

【先行調査でわかっていること】
  • 井の頭線、駒場東大前駅付近に生息している
  • 生息域は、杜の中である
  • 駒場の杜には、かなり危険で飢えている野生生物が存在するかもしれない
  •  
  • 彼らは毎週●曜日の夜に集会(祭礼のようなものか?)を行っている
  • 彼らは元々同胞であったが、長い間特殊な環境で暮らしてきたため、独自の言語(かなり英語に近いらしい)を使用している。英語で通じる。中には一部日本語を解する者もいるかもしれない
  • ディベートという独特のコミュニケーション手段を用いている
  • 食事は、我々と変わりないが、かつては辞書を食する者もいたらしい
  • 趣味は、誰かを言い負かすこと(なのか?)
  • 宗教は、論理とレトリック(なのか?)
  • 彼氏・彼女がいるかは不明(ディベートが恋人だったりはしないだろう。デートがディベートだったりはするのか?)
  • 数年前まで、諸君と同様、中学校に通っていた者もかなりいるらしい
  • どうしてその世界に入り込んでしまったのかは、不明
  • ゆくゆくは、進化するらしい(今何段階目か、どのような形態に進化するかは個体により異なる)

【調査行程】
  • 18:15 井の頭線駒場東大前駅改札にて、□□隊員と合流する(決して遅れぬように。遭難の危険がある)。その後、駒場の杜についても並行調査をしてもらう。カメラを渡す。郷に入っては郷に従え。彼らが普段食しているものを共に食す。帰りは駅まで、□□隊員が同工数旅程ではあるが、万が一に備え、自分たちでも道順を覚えておくこと!木の枝を折ったり(おそらく怒られる)、道々お菓子を撒いておいても無駄である(おそらく野生生物が食べつくす)。

  • 18:50 集会場へ潜入。友好的な態度を示しつつ、聞き取り調査などを行う(英語なら通じる)。

  • 19:00 自己紹介。長(おさ)の許可を得、自己紹介を行う(英語なら通じる)。その後、ディベートなる村の歓迎行事(?)に参加する。(作戦会議など)

  • 20:00ごろ? ディベートが白熱してくると危険な場合がある(?)ため、頃合いを見計らって、お礼を言って退出。その後、駒場東大前駅で□□隊員とも別れる。各自、保護者に連絡すること。□□隊員は私に連絡をする。

  • 後日: 自分たちでも、英語もどきで、ディベートもどきをやってみよう!

【準備】
  • 電車代、調査票<後述>、(携帯電話などの通信機器)
  • 杜の中は、現地通貨(?)しか通用しない可能性があるため、中での取引はすべて□□隊員を通じて行うこと(よって、中で使うお金は不要)
  • 服装は特に制約はないが、ある程度動きやすく、露出が多すぎないもの(襲われる危険はそれほどないと思うが)
【調査票】
  • 彼らと接触できる貴重な機会を有効に活用するために、調査票を事前に準備しておくことを強く強くお勧めする
  • 自己紹介: できればちょっとおもしろく、印象に残るもの
  • 聞き取り調査を行うための質問事項: いろいろと
以上である。

なお、この文書は決して他人には見られないよう、読み終わったらすぐに保護者に依頼して処分してもらうこと。ただし、燃やしてはいけない(火事になる)。

≪調査票に関する詳しい内容はWebでは割愛≫


では、良い報告を期待している。
健闘を祈る。


新・碧山Fプレップスクール
I


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【真の目的】
  今回の経験を通じて、ぼくが彼らに学んで欲しいと思っていること。
○ 英語で話すことは恥ずかしくないし、むしろかっこいい
○ 知識ではなく、論理で対話を進めるというスタイル
○ 大学、大学生への憧れ
○ 顔と名前を覚えてもらうこと
◎ 初めてのこと、誰もやっていないことを、やってみた方が楽しい!

2017年10月3日火曜日

「仲間でわいわい」「儲かる・得する」以外の”愉しみ” (異世代対話は魅惑のタイムマシン&どこでもドア)

異世代との対話は、
10年20年前の自分との出会いであり、
10年20年後の自分との出会いである。
それ以上に、ありえなかった未来への扉であるかもしれない。
タイムマシン&どこでもドアの発見です。

だから、その「今現在」に集中して、立場を超えて本気で語り合う。必ずしも居心地の良いものではないけれど、ずっと心に引っかかり続ける。それが、異世代・異文化との対話です。

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世の中が高度に複雑化、専門化している現在。
専門領域が少しでも違えば、お互い何をやっているのかさっぱりわからないとういことは、よくあります。インターネット、SNSの発達などにより、同好の士が集いやすい状況には拍車がかかっています。しかしそれは、「タコツボ化」しやすい環境が整いすぎているとも言えるでしょう。

だからこそ、
自分とは異なるものの見方・考え方、文化、価値観が存在することを知ること。そこからより幅の広い柔軟な発想が生まれ、自分の「勉強」や「お仕事」にも活かすことができる。それが、ぼくの目指す【学び方改革】です。

学びを、「学校」という狭い世界の、限られた「勉強」というものに狭めなければ、
観るもの・聴くもの・出逢う人、何からでも誰からでも、学ぶことができる。ヒントとチャンスが転がっています。

それを実感しやすいのが、自分をアウェーの環境に置いた時。タコツボから足を踏み出した時です。

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ぼくは外で人と会う時、
なるべくアルバイトの学生も連れ出すようにしています。時間に余裕のある時、中学生や高校生を、近所のカフェやギャラリーに連れ出すこともあります。顔と名前を覚えてもらい、自分は何者か、何をしたいのか。ここでは何をやっているのか、どんな歴史があるのか、どんな未来を想像しているのか。雑談だけではもったいないです。

逆に大人の側も、日常に忙殺される中で、自分が何をしているのか、何をしてきたのか、これから何をするのか、子どもにもわかるように話す機会はあまりないのではないかと思います。子どもたちを少し知ることで、家での会話のヒントになったり、これから結婚したり子どもを持つ人たちにとっても勉強になることは多いと思います。商品や企画のヒントが得られるかもしれません。

社会全体としては、いわゆる多様性を認める寛容さを育てること、脱タコツボ化による新しい製品やサービス、仕事とプライベートと学びの適切なバランス化。想像力に富んだ人材の育成、地域コミュニティの再生、斜めの絆、、、なんか良さそうな言葉はいくらでも並べることができます。


古い友達と昔話に花を咲かせるのも良いと思います。
「あいつどうしてる?」話は盛り上がるでしょう。
会社の同僚で集まって、会社や上司の悪口を言うのも、まあ気晴らしになるでしょう。
同業者が集まって今後の「ビジネス」の下地を作ることも大切なのでしょう。
同好の士が集まって、他人にはまったくわからない話をするのはとても楽しいと思います。


でも、まったくそうではない。
あんまり盛り上がらないかもしれないし、楽しかったかと言われると微妙。
「ビジネス」にはならないでしょう。
そんなところに時々顔を出して見るのは、長い人生・大きな社会を考えた時に、
ちょっとの変化をもたらすかもしれない。
そして、そのちょっとの変化は、バタフライ効果をもたらすかもしれません。
『反脆弱性』(ANTI FRAGILE)です。
(少しの不安定さを許容することで、より大きな安定を得る)


注意事項:
ただ、注意しなければならないこともあります。
お互いがお互いに対して素人であるわけですから、
論理的、建設的な話の進め方ができる必要があります。
また、当然部外者にとっては難しいことがたくさんありますが、
難しい=面倒臭い、諦めるという態度ではなく、
難しい=真剣に考える価値があるからおもしろい!という態度である必要はあると思います。
「答え、正解」を求めている人も合わないと思います。
最低限のセフル・マネジメントも必要です。


#写真は、下北沢のギャラリーです


2017年9月28日木曜日

一番厳しい評価者にさらされる。

「いやー、厳しいなあ・・・」

ぼくにとって、一番厳しい評価者は
一人一人の子どもたちです。

子どもたちは、残酷です。容赦がありません。忖度してくれません。辛抱もしてくれません。感情のまま行動し、発言します。仲良くしておけば将来仕事もらえるかも・・・下心もありません。
それに加えて、成長が著しい(変化が大きい)。

一方ぼくも、こういう性格ですので、
媚びたり、ご機嫌を取ったり、その場を単におもしろいと思わせたり、逆に脅したり・・・と、したいとも思わないし、その能力もありません。子どもなんて適当にごまかせるだろうとは思えません。また、他にできることがないから仕方なくこの仕事をしているわけではないと思っていますし、ゼニカネ欲得でやっているわけではないというプライドもあります。10年後20年後に振り返って、「良かったな」と思われるために、今何ができるか?
お互い(!?)、未来のある一人の人間 vs. 一人の人間として。

結果として10年間、毎週毎週、60~100人の厳しい評価者にさらされ続けてきましたがいまだに、「いやー、厳しいなあ・・・」と思うことしばしばです。

いや、厳しい。


アルバイトをしてくれているのも大学生なので、彼らもまた成長段階です。

「覚えたことを話せば良くて、楽で時間を効率よくお金に換えられる」
と思われてしまっては、子どもたちにとっても、ぼくにとっても、そして何よりその学生にとっても、非常によろしくありません。特に、東大なんか行っているわけだから、小さくない割合で社会で責任を担う立場になっていく人たちなので。

授業後に時間があれば、できるだけいろんな話をしながら、今やっていることを正しいとらえ方をすることで、如何に将来にとってプラスになることか。いわゆる先生にならなくても、教える立場、教わる立場になることは、社会で生きていくことそのものであること。そのノウハウを実体験+理論で習得できる機会であること。(賢い人たちなので、概ねわかってくれているかな)


そして、ぼくも必死に彼らについて行くことで、成長させてもらっています。

逆に、子どもたちがいない時間は、
ぼーっとし過ぎかな。。。


そういう意味で、MBAのためのGMAT対策でいらっしゃる社会人の方々は、
みなさん大人なので、話が通じる。
ほっとします。


#写真は、下北沢のギャラリーです

2017年9月15日金曜日

調べてみました。青山プレップの生徒は、要領の良いタイプ?ほんとかな?

 学びを遊びに、学びを遊びに。
20年後の未来のために、新・碧山プレップスクールです。

大人向けビジネス雑誌PRESIDENTの中におもしろい特集があったので、ちょっと調べてみました。

『なぜやる気が長続きしないのか?性格タイプ別試験の結果を最大化する法』

A: 「完璧主義」タイプ
B: 「要領がいい」タイプ
C: 「自己中心」タイプ
D: 「指示待ち」タイプ

今週来た子全員に、ここにあるYes-Noチャートで診断してもらいました。

結果は・・・
A: 20%
B: 60%
C: 12%
D:  8%

圧倒的に、B(要領がいいタイプ)
ほんとかな?
ぼく自身が、要領のことばかり子どものころに考えていたので、本当はあまりお勧めしないんだけどな。。。


その後、みんなにそれぞれのタイプのページを読んでもらいました。
□ 思い当たる節があるかな?
□ だったら、どういう対策があるかな?

めっちゃ当てはまる!という子もいれば、そうかな?という子も。
ただ、おおむねは、あてはまるというか、
とても簡単な診断なので、血液型占い程度だとは思います。

それでも、自分にとって参考になることがあればOK!


「わかったつもりになっている」なんてことは、誰でもあること。
ぼくが生徒さんたちに話していることのほとんどは、
「わかったつもり」→「もう少し深くわかる」
とすること。

自覚を持ってもらうためには、良いきっかけだったかなと思います。





2017年9月14日木曜日

久しぶりに(10年で3人目)ご遠慮いただくことにしました。

学びを遊びに、遊びを学びに。
20年後の未来のために、新・碧山Fプレップスクールです。


「アルバイトの面接が変だ」
変わったことを聞いているつもりはないのですが、
時々言われてしまいます。
軽く食事をしながら、20歳以上で好きであれば、軽くお酒も。
そして、ほぼ雑談をします。
学校でやっていること、将来展望、身の回りのこと、社会のこと、
その子に合せて、スポーツの話題になったり、文学の話になったり、
科学の話になったり、映画の話になったり、ゾンビの話になったり・・・

ぼくは、相手の人となりを知りたいと思っているだけで、
人を選抜する気持ちがありません。
だから、落とすための面接ではありません。
ほとんどは、友達や先輩からの紹介ということもありますが、
どの生徒さん、どんな生徒さんと相性がよさそうかな?と
それだけを考えたいので、
緊張していたり、覚えてきたことを話されても困るのです。

それは生徒さんの最初の面談でも同じ。
ぼくには、人を選抜する気持ちがありません。
いろいろな子がやってきますが、
それぞれの良いところがあり、欠点もあり、性格もあり、気分もあります。
そして、その子を成長させるためには、
そういうものをうまく使っていかなければならないと思います。

アルバイトの大学生も、20歳そこそこ。
まだまだ何者でもありません。
いろいろな性格がお互いに刺激し合って、
10年後、20年後、それぞれ成長して、幸せになってもらうために、
ここで、さまざまな学びを経験してもらう。
それが、ぼくがやっていることの意義じゃないかなと、
がんばって思っています。


だから今回はかなり悩ましく思いました。
プライドが高いことは良いこと。
だけど、自分の都合・主観だけを声高に主張して、
他人に迷惑を掛けている認識がない。決して謝れない。
挙げ句の果てには人のせいにする。

友達だったり、お金をもらう側だったら、
それでも付き合っていくしかないケースはありますが、
お金を払う側、生徒さんに対して責任を持っている立場としては、
やっぱり難しいかな。。。(飲みに行くのはOKです)

これからどうするんだろう?
まあ、そういう子に限って権力には従順だったりするから、
心配するほどでもないかな?


2017年9月7日木曜日

”教育”は免罪符。(または愛があれば許される論)

学びを遊びに、遊びを学びに。
20年後の未来のために、新・碧山プレップスクールです。


「教育目的でやった」

といえば、一般レベルでいえばたいてい許される。

そう、何でも学びであり、教育なのです。

◆ バカなことをすれば往復ビンタをされる
◆ 自分が体罰で育った人は暴力を肯定しやすい
◆ やる気も才能も無いガキどもをリードして何かをさせるって本当に大変
◆ 目的が正しい、愛があるといえば、すべてが許されると思っている人が結構いる
◆ 法律違反だからダメ、っていう人が結構いる
◆ 専門家じゃないからいいんだ、という人も結構いる
◆ 「俺ファースト」はある意味うらやましいなあ


ぼくたちは、何を学び、どこへ向かうのだろう。


==========

そう、すべては教育のため。
● ふざけたやつは、殴れば済むのか?
● 殴られないと人は学ばないのか?
● 法律に書いてあるからダメなのか?

そんな単純ではないと思います。
そして、ぼく自信にはほとんど、「自分がこうしたい」というものを
持たないようにしています。
あくまでも、その子の未来にとって、最適なものを提供できるか、
それを考え始めたら精一杯です。


ある言動が、相手に対してどのような影響を、短期的・中長期的に与えるのか。
自分の限界まで、リアルタイムで考えて子どもたちと接するようにしています。
10人いれば、10人の受け取り方がある。
1人の子でも、その日の気分やちょっとしたことで反応がまったく異なる場合がある。
(だから当然、大教室でたくさんの子どもたちにいっぺんに、とかは無理)

あらゆる選択肢の中で、自分が今行おうとしている言動が、
長期的に最適なのか?
それはもう、ぎりぎりの判断です。
殴って済むならば、そんな楽なことはない。
でもそれが、あらゆる選択肢の中で最適と言えるのか?
単に自分が「ムカついて」いるだけではないだろうか?

「ダメなことはダメ」と機械的に判断すれば良いのか?
それが本当に最適解と言えるのか?
単なる責任逃れと言えないだろうか?


例えば手段として暴力を使うことは、
自分の生い立ちや価値観から考えて、ないと思うけれど、
可能性としては、ある。
だけど、それはもう、最後の最後の最後の手段。

そこまでしなくても良い方法が、その手前で必ずあるはずだと
ぼくは思います。


「俺ファースト」に考えればもっと楽なんだけど、
じゃあ、自分の子どもをそんな人に預けたいかと言えば、
まあ、それも一つの経験であり、学びのチャンスかなあ・・・

2017年8月10日木曜日

学力格差、モチベーション格差の根っこ

学びを遊びに、遊びを学びに。
新・碧山Fプレップスクールです。

◆ やる気が起きない
◆ モチベーションが持続しない

子どもたちだけでなく、大人も、
やる気、モチベーションに関する悩みを持っている人が多いように思います。

どうやったらやる気が起きるのか、モチベーションが持続するのか。たくさんの書籍も出ていますし、ぼくもできるだけは目を通すようにしています。

結局は、やる気やモチベーションなんて、表面化した「結果」にすぎず、
それを操作しようというのは間違っているでしょう。
結果ではなく、原因の方に注目すると、
○ 必要性を感じていない
○ ある程度長期間における損得勘定ができていない
○ すっかり忘れてしまっている
など

したがって、よくある方法としては、
○ 目的・目標を明確にする
○ アメとムチ(小さな成功を積み重ねる)
○ 見える化

だけど、もっといえば、
◎ やる気やモチベーションに依存しない方法
を考えることの方が重要だと思います。
いわゆる、「習慣化」というやつ。

そのためには
◎ 例外を設けない
◎ 忙しいとき、疲れているときこそ、少しやってすっきり終わる
むしろ、時間が無いときや、今までだったらやっていないよな、
というときこそ、【チャンス!】と思えるとイイかな。

だんだん中毒になっていくはずです。


だけど、もっといえば、
最初に戻るようですが、目的・目標をもう一度考えてみましょう。
もっと大きなレベルで。

★ 自分は、自分の一生を掛けて、いったい何をやりたいのか?

失敗や、恥ずかしいことも含めて、
一生が、【1つの作品】になるために、今何をすべきか?



小林秀雄の「無常といふ事」にあった
記憶するだけではいけないのだろう。思い出さなくてはいけないのだろう。
という言葉を、改めて考えてみるのが良いと思います。



東京の大学で英語でディベートしてそうな部 潜入調査計画

  今回我々は独自の調査により、駒場の杜に潜むという同胞の棲息を示す確たる証拠を得た。更なる調査を進めるために、特別潜入チームを組織する。数々の難関基準に合格し、最後は適当にクジで選ばれた3名の隊員に、今回の任務を依頼する。 ミッションコード: ZZZ02(寝るな!) ...