2009年8月4日火曜日

「運動指導の心理学」 第一部



まえがき

卓越性と楽しさの中核としての学習

勉強は、試験に合格することを目指して、長期にわたって厳しい練習が行われる。それだけでなく、すぐれた思考力や発想は、多くの人に感動を与え、人々を勉強に惹きつける。

スポーツには感動はありますが、あまり勉強には感動はないですね、実際問題。
近年、勉強の能力と、楽しむ能力を高めることが、勉強のもっとも重要な目標と考えられるようになってきた。勉強の能力とそれを楽しむ能力の間には密接な関係があり、この両者とも学習をすることによってもたらされる。

例えば、泳げない人には水泳の楽しさは分からない。スキーのできない人にはスキーの楽しさは味わえない。同じように、勉強もそれを楽しむためには、その勉強ができるようになることが不可欠である。それだけではない、上手にできるほど、その勉強の持つ醍醐味をより深く味わうことが可能になる。下手な人もそれなりに楽しむことはできるが、上達するにつれてその勉強の持つ独自の楽しさをより深く味わうことができるようになっていく。

勉強の最大の楽しさは、子どもの”できた!”とか”やった!”という喜びの叫びに象徴されるように、勉強が上達していくことにある。これらの経験は学習なしには成立しない。

学習という言葉や意味に対する誤解は少なくない。

学習という言葉は、成績が向上することであるとか、勉強することと受け取られることが多い。この解釈はまったく間違っているわけではないが、非常に不正確で指導に携わる者の知識としてはきわめて不十分である。

たとえば、論理的思考などは、成長することで自然に育つ場合もある。逆にいくら勉強しても、学習できていない場合もある。



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